第24話 皇帝フェルディナント二世の笑い
【皇帝フェルディナント二世視点】
ウィーンの宮廷。
私は執務室の机に向かい、各地から届いた報告書へ目を通していた。
窓の外では秋の柔らかな陽光が宮殿の庭を照らしている。静かな部屋に響くのは、羽ペンが紙の上を走る乾いた音だけだった。
その静けさを破るように、扉の向こうから慌ただしい足音が近づいてくる。
「陛下! 朗報にございます!」
扉が開き、息を切らした使者が駆け込んできた。
「下プファルツへ赴いておりますコルドバ将軍の軍勢が、フランケンタール攻略を成し遂げました!」
「なに。あのフランケンタールが落ちたか」
私は羽ペンを置いた。
予想より早い。
フランケンタールは高い城壁と深い堀を備えた要塞都市である。まともに攻めれば、かなりの時間と犠牲を必要とすると考えていた。
「見事な手際だな。して、いかなる策を用いて城壁を突破したのだ? 大砲で崩したか?」
「いえ、それが……」
使者が言葉を濁した。
妙な反応である。
「申せ」
「はっ」
使者は意を決したように口を開いた。
「城壁と同じ高さまで土を盛り、巨大な坂を作ったそうにございます」
「……は?」
思わず聞き返してしまった。
「その坂を兵士たちが駆け上がり、そのまま要塞内へ雪崩れ込んだと……」
「…………」
私は使者から報告書を受け取り、目を落とした。
そこには確かに、信じがたい戦況が記されている。
敵の砲撃を土塁で防ぐ。
塹壕を一瞬で掘る。
要塞の堀を土で埋める。
そして最後には、城壁と同じ高さまで巨大な坂を築き、そこから兵を突入させた。
その全てを成し遂げた男の名も記されていた。
ラーグ・フォン・ハイリゲンローデ男爵。
「やはり、あの男か……」
思わず口元が緩む。
統一ヘッセンへ軍事通行許可と食料支援を求めた際、私から直々に戦地へ派遣するよう命じた男だ。
宮廷へ提出された『スキル残土』についての報告書によれば、戦場で大量の土砂を自在に出し入れする、極めて珍しい能力を持つという。
さらに、私が執筆を命じた『ラーグ式要塞理論』をまとめ上げ、献上してきた男でもある。
低く、分厚い土塁。
星形に配置された防御設備。
大砲による攻撃を想定した、新しい時代の要塞。
その理論は実用的であり、私は高く評価していた。
その男が。
今度は自らが広めた要塞というものを――。
土の坂で乗り越えた。
「くくっ……」
高い城壁が邪魔なら。
城壁と同じ高さまで土を盛ればよい。
理屈だけなら、子供でも分かる。
だが、普通の人間には絶対にできぬ。
「くくくっ……」
笑いが込み上げてくる。
「はっはっはっはっ!」
ついに私は耐えきれず、腹の底から笑い声を上げた。
高い天井へ、大笑いが響き渡る。
使者も近衛兵も、驚いた顔でこちらを見ている。
だが、笑わずにはいられなかった。
「傑作だ!」
私は報告書を机へ置いた。
「自ら新しい要塞の理論を広めておきながら、自らその城壁を土の坂で無意味にしてみせるとは!」
「は、はぁ……」
使者は困った顔をしている。
私は再び笑いそうになるのを堪えながら、ワインの入った杯を手に取った。
赤い液体を一口含み、ゆっくりと喉へ流し込む。
だが、笑ってばかりもいられない。
ラーグという男の価値は、もはや一人の新米男爵という範囲に収まらなくなりつつある。
彼は現在、統一ヘッセン方伯の配下だ。
しかし、このような力を持つ男を、一つの領邦だけに抱えさせておくのは惜しい。
(どうすれば、あの男を帝国へ強く結び付けられる……)
私は机の上に広げられた地図へ視線を落とした。
神聖ローマ帝国の南西。
現在、我が側の軍が攻めているプファルツ。
その領主フリードリヒは、私に逆らってボヘミアの王となった男である。
そして昨年、皇帝軍に敗れた。
私はすでに彼を反逆者とした。
今やプファルツそのものが、戦争の中にある。
「ふむ……」
私は地図の上に指を置いた。
もしフリードリヒを完全に追い出せば。
その後、誰がこの土地を治めるのか。
そこには、新たな問題が生まれる。
そして同時に、新たな機会も生まれる。
「プファルツを、ラーグ男爵に与えるというのも一興か」
自分で口にしてみる。
思った以上に面白い考えだった。
広大な土地。
多くの都市。
街道。
河川。
そして、数多くの要塞。
あの男なら、嬉々として土を掘り、道を作り、城を築くだろう。
いや。
本人は頭を抱えるかもしれぬ。
「くくっ……」
その姿を想像すると、また笑いが漏れた。
領地を与えれば、爵位も地位も重くなる。
責任も増える。
もはや、
「私はただの土方です」
などとは言っていられなくなるだろう。
そして何より。
帝国から与えられた土地を治める以上、帝国との関係は今よりもはるかに深くなる。
「ラーグ男爵……本当に底知れぬ男よ」
私は椅子の背へ体を預けた。
空いたプファルツの地図を眺めながら、あの土方の男爵が広大な領地を前にして頭を抱える姿を思い浮かべる。
「次は、何をやらかしてくれるのだろうな」
胸の奥に、久しく感じていなかった楽しさが湧き上がった。
戦争も政治も、退屈なことばかりではないらしい。
少なくとも。
ラーグ・フォン・ハイリゲンローデという男がいる限りは。
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