第23話 坂を作って登ろう!(フランケンタール攻囲戦)
【ラーグ視点】
聖暦一六二一年九月。
初夏には青々としていたハイリゲンローデ村の風景も、少しずつ秋の色を帯び始めていた。
「…………はぁ」
俺は領主館のテラスで、深く深くため息をついた。
目の前のテーブルには、一通の書状が置かれている。
見事な双頭の鷲が刻まれた封蝋。
神聖ローマ帝国皇帝フェルディナント二世陛下から届いた、正式な命令書だった。
『ラーグ男爵は下プファルツへ赴き、コルドバ将軍の指揮下でフランケンタール攻略を支援せよ』
「なんで俺が……」
ついこの前まで、
「今年は平和な年になればいいなぁ」
なんて考えていたはずなのに。
だが、皇帝陛下からの命令である。
平民から男爵になったばかりの俺が、
「嫌です」
で済ませられる相手ではない。
「情けない声を出さないでおくれよ、ラーグ」
「そうですわよ。久しぶりの大きな仕事ではありませんか」
振り返る。
レイラとミラが、妙に嬉しそうな顔で立っていた。
俺が抱える傭兵たちは、カッセルでの訓練を経て、今ではかなりまともな軍隊になっている。
出陣を知らせた時など、
「久しぶりに仕事だ!」
と歓声が上がったほどだ。
戦争に行きたくないのは、どうやら俺だけらしい。
「お前ら、もう少し平和を愛そうぜ……」
俺の呟きに答える者はいなかった。
◇◆◇
数日後。
俺たちは南西へ進み、下プファルツ地方のフランケンタールへ到着した。
そこではすでに、皇帝陛下を支援するスペイン軍が要塞都市を包囲していた。
その指揮官が、ゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバ将軍である。
案内された本陣の幕舎で、俺は初めて将軍と顔を合わせた。
「お前が、あの『残土』のラーグ男爵か」
歴戦の将軍は、俺を上から下まで眺めて眉をひそめた。
まあ、無理もない。
皇帝からわざわざ名指しで派遣された男が、どう見てもただの土方のおっさんなのだから。
「そうです。よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
コルドバ将軍の軍は、九月二十七日からフランケンタールを包囲し、砲撃を続けているという。
だが、相手はきちんと防備された要塞都市だ。
高い城壁。
その前に掘られた深い堀。
城壁の上には守備兵と大砲。
攻める側からすれば、近づくだけでも命懸けである。
俺は単刀直入に尋ねた。
「で、俺は何をすれば?」
「この要塞を落としたい」
コルドバ将軍が、幕舎の外へ視線を向ける。
遠くには、フランケンタールの高い城壁がそびえていた。
俺もそれを眺める。
「……城壁、高いですね」
「そうだ」
「じゃあ、とりあえず土を盛って、同じ高さにします?」
「…………は?」
将軍が固まった。
歴戦の名将が、実に間の抜けた顔をしている。
「いや、ですから」
俺は肩に担いでいたスコップを持ち直した。
「城壁と同じ高さまで坂を作って、そこから登ればいいんじゃないですか?」
「…………」
返事がない。
まあ、普通ならそうなる。
高さ十メートルを超えるような城壁まで、土を盛って坂を作る。
人間がスコップと荷車だけでやれば、とんでもない人数と時間が必要になる大工事だ。
でも。
俺ならできる。
「とりあえず、やってみますね」
◇◆◇
翌朝。
スペイン兵たちが遠巻きに見守る中、俺はフランケンタール要塞の前線へ立った。
城壁の上では、敵兵たちがこちらを警戒している。
時折、砲声が響き、黒い砲煙が秋空へ流れていた。
「よし、やるか」
俺は両手へ意識を集中させる。
これまで『残土』は、俺たちを守るために使うことが多かった。
土塁を築く。
砲弾を防ぐ。
道を作る。
だが今回は違う。
攻めるために使う。
「まずは、安全に近づける場所が必要だな」
地面へ手を向ける。
「『残土』」
ズゴゴゴゴッ!
大地から大量の土が消えた。
代わりに現れたのは、人の背丈よりも深い溝だった。
「なっ!?」
「一瞬で……!?」
周囲のスペイン兵から驚きの声が上がる。
塹壕だ。
その中を進めば、城壁から撃たれる危険を減らせる。
取り出した土は無駄にしない。
前線へ移し、砲兵たちのための足場と、分厚い土の壁へ変えていく。
ドォンッ!
敵の大砲が火を噴いた。
砲弾が唸りを上げ、こちらへ飛んでくる。
ズドォンッ!
土塁の表面が大きくえぐれ、土煙が舞った。
だが、それだけだった。
「土なら、壊されたらまた盛ればいい」
俺はえぐれた場所へ、新しい土を補充した。
「次は、あの堀だな」
要塞の前には深い堀がある。
攻める兵士にとっては、とんでもなく邪魔な障害物だ。
なら。
埋めればいい。
「『残土』!」
ザザザザザザッ!
収納していた大量の土砂を、一気に堀へ流し込む。
「お、おい……」
「堀が……」
「埋まっていくぞ……!」
何日も何週間もかけて埋めるはずの堀が、見る見るうちに土で満たされていった。
ほんの短い時間で、深い堀は平らな地面へ変わる。
「よし」
俺は城壁を見上げた。
最後に残ったのは、あの高さだ。
城壁の上では、守備兵たちが何か叫んでいる。
どうやら、ようやく俺が何をしようとしているのか気づいたらしい。
「でも、もう遅い」
両手を城壁へ向ける。
「『残土』!」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
大地が震えた。
収納空間に眠っていた莫大な土砂が、城壁の手前へ次々と吐き出されていく。
ただ積み上げるだけではない。
崩れないように斜面を作り、土を締め固めていく。
前世で何度も見た、盛土工事と同じだ。
ただし、その規模がおかしい。
土の山が大きくなる。
さらに大きくなる。
やがて、それは一つの巨大な坂道へ姿を変えた。
「…………」
誰も喋らない。
スペイン軍の兵士たちも。
コルドバ将軍も。
ただ、目の前で成長していく土の山を見上げていた。
そして。
巨大な坂の頂上が、ついにフランケンタールの城壁と同じ高さへ達した。
「よし、完成」
俺は額の汗を腕で拭った。
城壁へ向かって真っ直ぐ伸びる、巨大な土の坂道。
要塞が誇る高い城壁も。
そこまで登れる道があれば、ただの壁だ。
「将軍」
俺が振り返ると、コルドバ将軍がハッと我に返った。
「道は作りました」
「…………」
「あとは、あそこを登るだけです」
しばしの沈黙。
やがてコルドバ将軍の顔が、みるみる紅潮していった。
「おお……」
剣が抜かれる。
「おおおおおっ!」
剣先が、空高く掲げられた。
「全軍、突撃ぃぃぃぃぃっ!」
「うおおおおおおおおっ!」
地面が揺れた。
無数の兵士たちが、一斉に巨大な土の坂を駆け上がっていく。
「行くよ!」
「遅れないでくださいまし!」
レイラとミラも傭兵たちを率い、その流れへ飛び込んでいった。
高い城壁という最大の利点を失った要塞に、兵士たちが雪崩れ込んでいく。
俺はその光景を、坂の下から呆然と眺めていた。
「……本当に登っていったな」
自分で作っておいて、ちょっと引いた。
夕暮れ。
戦場を赤い光が包み、巨大な土の坂が長い影を伸ばしていた。
まともに攻めれば、難しいフランケンタール攻囲戦。
だがこの世界では、一人の土方が参加したことで、その結末は大きく変わることになる。
ドラゴンを土で埋めた。
城を土で守った。
そして今度は。
城壁そのものを、土の坂で無意味にした。
「……残土って、攻める時も便利なんだな」
俺はスコップを肩へ担ぎ、夕日に染まるフランケンタールの城壁を見上げた。
俺の『残土』は、ついに要塞そのものを土木工事で攻略するところまで来てしまったらしい。
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