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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第22話 近代化の波

【ラーグ視点】


 長く厳しかった冬が去り、真紅のドラゴンが嵐のように現れては去っていった春も過ぎた。

 俺の領地であるハイリゲンローデ村は、今やむせ返るような命の息吹に包まれている。


 初夏の風が、広大な平野を青々とした波のように揺らしていく。分厚く締め固められた星形要塞の黒い土塁にも、柔らかな草がびっしりと根を張り、眩しい陽光を弾いていた。


 水車小屋からは、ゴトン、ゴトンと穀物を挽く重い音が絶え間なく響いている。

 鼻をくすぐるのは、雪解け水をたっぷり吸った黒土の匂いと、夏草の青臭い香りだった。

 俺は領主館のテラスに座り、ひんやりとしたエールで喉を潤した。


「いやぁ、今年の夏は期待できそうですぞ、男爵様。麦の育ちが、今までにないほど良いのです」

「それは良かった。畑の石を退けた甲斐があったな」


 俺の向かいでは、村の名主であるハンスさんが、顔の皺をくしゃくしゃにして笑っていた。

 かつて石だらけだった痩せた畑は、俺が『残土』のスキルで邪魔な石をすべて収納し、別の場所から肥えた土を入れたことで、見違えるような農地へ生まれ変わった。


 さらに回収した大小の石は、建築資材として村人たちへ払い下げている。今では村のあちこちに、頑丈な石造りの家畜小屋や倉庫が建っていた。


 平和だ。


 戦火の匂いもない。ただの、のどかな農村の風景。

 俺が満足げにエールを飲んでいると、ハンスさんがふと思い出したように呟いた。


「そういや……最近、ゴブリンを見ませんな」

「ゴブリン?」


 ハンスさんは不思議そうに顎を撫でる。


「ええ。昔は夜中になると、家畜を狙って村の周りをうろついていたものですが」

「最後に見たの、いつだっけ?」

「はて……去年の秋でしょうか。冬を越してから、とんと姿を見かけませんな。まあ、厄介者がいなくなるのは良いことですが」

「ふうん……」


 俺は空になったジョッキをテーブルへ置いた。


 ゴブリン。


 前世で言えば、ファンタジー世界の代表みたいな緑色の小鬼だ。


 知能は低いが群れを作り、旅人を襲ったり、農村から家畜や作物を盗んだりする厄介な魔物らしい。

 言われてみれば、俺がこの村の領主になってから、ゴブリン退治の報告を受けた記憶がほとんどない。


 この間のメイアみたいなドラゴンは別として、ゴブリンすら出ないというのは少し不思議だった。



◇◆◇



 その日の午後。

 俺は護衛のレイラとミラを連れ、要塞の内側にある練兵場へ足を運んだ。


 ダァァァンッ!


 乾いた破裂音が、初夏の青空へ吸い込まれていく。

 鼻を突く、焦げた火薬の鋭い臭い。

 練兵場では、ハインリヒ隊長が率いる傭兵たちが、横一列に並んでマスケット銃の訓練を続けていた。


「火薬を込めろ!」

「構え!」

「撃て!」


 号令と同時に、銃口が一斉に火を噴く。


 俺が導入した教本に沿った訓練を繰り返した結果、彼らの動きは以前とは比べものにならないほど揃っていた。


 勝手に撃たない。

 勝手に動かない。

 命令に従い、集団で動く。


 俺はその様子を眺めながら、訓練の合間にハインリヒ隊長へ尋ねた。


「なぁ、隊長。昔はゴブリンが出たら、どうしてたんだ?」

「ゴブリンですか?」


 硝煙の臭いをまとったハインリヒ隊長が、少し考える。


「村なら冒険者ギルドへ依頼を出すことが多かったですな。駆け出しの冒険者には、ちょうどいい仕事です」

「アタイらも若い頃は、よくゴブリン退治で小銭を稼いだもんさ。夜中の森を歩き回って、泥だらけになりながらねぇ」


 レイラが懐かしそうに笑う。

 なるほど。

 いかにも剣と魔法の世界らしい。


「じゃあ、今は?」

「今ですか?」


 ハインリヒ隊長は、何でもないことのように肩をすくめた。


「銃兵を二十人も出せば十分でしょう。一斉射撃を浴びせ、残ったものを槍や剣で仕留めれば終わりです。冒険者を集めるより早く、確実ですな」

「……時代だなぁ」


 俺は思わず空を見上げた。

 昔なら若い冒険者たちが剣を手に、命懸けで森へ分け入っていた。

 それが今では、訓練された銃兵を二十人ほど派遣すれば終わる。


 ゴブリンという魔物は、脅威から害獣駆除の対象へ変わりつつあるらしい。

 だが、考えてみれば理由は銃だけではなかった。


 俺は村の周囲へ目を向ける。

 ゴブリンは昔から、森に隠れ、家畜を盗み、街道を通る旅人を襲って生きてきた。


 けれど、人間側の環境は、この一年で大きく変わっている。

 まず、開墾が進んだ。

 俺が畑の石を片っ端から回収したことで農地が広がり、村の近くにあった深い茂みや森も少なくなった。


 次に街道だ。

 カッセルへ続く道を整備したことで見通しが良くなり、旅人を待ち伏せできる場所が減った。


 家畜小屋も変わった。

 俺が取り出した石を使い、木造だった小屋が次々と頑丈な石造りへ建て替えられている。


 そして村そのものは、巨大な星形要塞に囲まれていた。

 夜になれば、訓練された銃兵たちが松明を掲げ、決められた順路を巡回する。

 さらに、とどめがある。


「…………」


 俺は遠くの丘を見た。

 ゴブリンが好んで住みつきそうな洞窟や深い穴。


 そういう場所のいくつかは、俺が『残土』の不法投棄……もとい、安全な処理場として、大量の土砂で埋めてしまっていた。


 住む場所がない。

 待ち伏せする場所もない。

 食料も盗めない。

 見つかれば、銃を持った兵士がやってくる。


(そりゃ、いなくなるわな……)


 誰かが、


「ゴブリンを絶滅させよう!」


 と命令したわけではない。

 俺だって、そんなことを考えた覚えはない。

 ただ農地を増やした。

 道を作った。

 家を丈夫にした。

 村を守った。

 兵士を訓練した。


 その結果、ゴブリンが生きていける場所がなくなっただけなのだ。


「この間来たメイアは、『最近の人間は銃を持ってて危ない』って言ってたよな」

「ええ。ドラゴンは賢い生き物ですから、時代が変わったことを理解しているのでしょう」


 ミラが静かに答えた。

 強大なドラゴンですら、人間との付き合い方を変えようとしている。

 だが、ゴブリンにはそれができなかった。

 今までと同じように生きようとして、いつの間にか人間の生活圏から押し出されてしまった。


「……近代化って、こういうことでもあるのか」


 俺の呟きは、硝煙の残る風に消えていった。



◇◆◇



 夕暮れ時。


 西の空が燃えるような茜色に染まり、その向こうから深い紫色の夜が静かに迫っていた。


 俺は星形要塞の分厚い土塁の上に立ち、少し冷たくなった初夏の風を浴びながら、広い平野を見下ろしていた。


 カラスが鳴きながら、遠くの森へ帰っていく。

 村では夕餉の準備が始まり、家々の煙突から白い煙が立ち上っていた。薪の燃える温かな匂いが、風に乗って漂ってくる。


「昔なら、この辺の森にもゴブリンがいっぱいいたんだよな」

「いましたわね。日が暮れれば、村の外は魔物の領域でしたから」


 隣に立つミラが静かに頷いた。

 反対側では、レイラが風に金髪をなびかせながら、退屈そうにあくびをしている。


「……別に、寂しくはないけどさ」

「当たり前だよ。家畜を食って、人を襲う連中だ。いなくなって清々したじゃないか」

「そうなんだけどさ……なんか、時代が変わったって感じがするな」


 俺は足元の土塁へ手を触れた。

 ひんやりとした、硬い土の感触。

 レイラの言う通りだ。


 ゴブリンがいなくなったことで、村人は安心して眠れる。

 街道も安全になった。

 俺がやってきたことは、間違っていない。

 けれど。


 剣と魔法と魔物が当たり前だった世界も、人間が知恵を絞り、技術を発展させていけば、少しずつ姿を変えていくのだろう。

 それは前世の地球で、人間の町や畑が広がるにつれて、野生動物が人里から姿を消していった歴史と、どこか似ている気がした。


「時代の流れ、か……」


 少しだけ、胸の奥を寂しい風が吹き抜ける。

 俺はもう一度、平和になったハイリゲンローデ村を見渡した。

 そして小さく息を吐き、領主館へ向かって歩き始めた。


 ――この頃を境に、ハイリゲンローデ周辺の記録から、ゴブリンという名は急速に姿を消していく。


 ファンタジーの象徴だった魔物すら、生活圏から押し出していく近代化の波。


 それは紛れもなく、俺自身がこの手で築き上げた『残土』の要塞都市がもたらした、時代の変化だった。


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