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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変えた俺の三十年戦争史~  作者: 塩野さち


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第21話 ハイリゲンローデの話せるドラゴンさん

【ラーグ視点】


 長く厳しかった冬が終わり、俺の領地であるハイリゲンローデ村にも、ようやく本格的な春が訪れていた。


 村を囲むように築かれた星形要塞。その黒く分厚い土塁には柔らかな緑の草が一斉に芽吹き、うららかな陽光を受けて絨毯のように輝いている。


 頬を撫でる風は、もう肌を刺すような冷たさを失っていた。代わりに運んでくるのは、名も知らぬ野花の甘い香りと、雪解け水をたっぷり吸った土の温かな匂い。


 小川のせせらぎと、のんびり回る二つの水車の音が、春の訪れを祝うように響いていた。

 俺は領主館のテラスで、温かい茶をすすりながら大きく背伸びをした。

 護衛のレイラとミラも、今日ばかりは物騒な武器を傍らに置き、春の陽気にまどろんでいる。


 遠い場所では戦争の足音が聞こえつつある。

 それでも、この村の時間だけは、どこまでもゆっくり流れているように思えた。

 そんな平穏が打ち破られたのは、突然のことだった。

 ぽかぽかと暖かかった陽光が、ふっと遮られる。


「ん?」


 俺が空を見上げる。

 青く澄み渡った春空を、巨大な影が覆っていた。


 バサァッ、バサァッ。


 空気を叩く、重々しい羽ばたき。

 次の瞬間、猛烈な風が吹き下ろし、テラスの布が激しくはためいた。


(まさか……!)


 背筋を、氷のような冷や汗が滑り落ちる。

 かつてカッセルの街で直面した、あの圧倒的な暴力の記憶が蘇った。


 燃えるような真紅の鱗。

 家一軒を優に超える巨大な胴体。

 空を覆い隠すほどの翼。


 紛れもない。

 ドラゴンだった。


「チッ……! こんな田舎村にまで出やがるのかい!」

「ラーグ様、お下がりください!」


 レイラが弾かれたように立ち上がり、愛剣を抜き放つ。ミラも黒い革鎧をきしませて双剣を構え、俺を庇うように前へ出た。


 二人の体から、肌がひりつくほどの殺気が立ち昇る。

 俺も、いつでも『残土』をぶちまけられるよう両手へ意識を集中させた。


 ズズゥンッ!


 巨大な体が、村の外れ――星形要塞のすぐ外側へ降り立った。

 大地が揺れ、乾いた土埃が舞い上がる。

 獣の荒い息遣い。


 風に混じって漂ってくる、わずかな硫黄の臭い。


「…………」


 真紅のドラゴンが、長い首をゆっくりとこちらへ向けた。

 黄金色の巨大な瞳が、俺たちをじっと見つめている。

 そして、太い腕よりも巨大な牙が並ぶ恐ろしい口が、ゆっくりと開かれた。


『あのぅ、すみません。ちょっと家畜を分けてもらえませんか?』


「…………は?」


 脳内へ直接響いたのは、鈴を転がすような若い女の声だった。

 しかも、やたら申し訳なさそうである。


「やたら低姿勢だな、オイ!」

「えっ? しゃ、喋った……?」

「どういうことですの……?」


 俺は思わず構えていた手を下ろした。

 今にも飛び掛かろうとしていたレイラとミラも、完全に虚を突かれて固まっている。

 真紅のドラゴンは巨大な体を少し縮こまらせ、もじもじと前脚を動かした。


『ハイリゲンローデの近くには、冬眠にちょうどいい洞窟がありまして。冬の間はずっと眠っていたんですが、春になって起きたら、お腹がペコペコで……』

「いや、そんなに図体デカいといっぱい食べるだろ? 村の家畜を全部食われちゃ困るんだよ」

『ああ……そうですよね。図々しかったですよね。ごめんなさい』


 巨大な爬虫類が、あからさまにシュンと首を落とした。

 見た目は凶悪な怪物なのに、なぜか近所の腹ペコな女の子に見えてくるから不思議だ。


「……はぁ。分かったよ。ちょっと待ってろ。カッセルで買ってきてやるから」


 俺はため息をつき、ミラを振り返った。


「ミラ、悪いけど馬を飛ばして、カッセルで牛を何頭か買ってきてくれないか。金なら出すから」

「わ、私がパシリですの!? 相手はドラゴンですわよ!?」

「でも襲ってくる気配はないし、ここで腹を空かせて暴れられても困るだろ」

「……分かりましたわ。すぐに行ってまいります」


 ミラは不満げに口を尖らせながらも、急いで馬の用意へ向かった。



◇◆◇



 ミラが戻るまでの間、俺は要塞の土塁の上からドラゴンさんと向かい合い、話を聞くことになった。

 すぐ横では、レイラが剣を抜いたまま、微動だにせずドラゴンを睨みつけている。


『私の名前はメイアといいます。よろしくです』


 メイアと名乗った真紅のドラゴンは、行儀よく伏せの姿勢を取り、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。


「あっ、どうも。残土のラーグっていいます」

『残土の……ああっ! あなたが!』


 メイアの黄金色の目が大きく見開かれた。


『この前は、仲間がカッセルを襲ってすみませんでした』


 長い首が、ペコリと下がる。


「ああ、あの時の……。いや、気にするなよ。結果的に俺も助かったし」


 俺は頭を掻いた。

 どうやら、俺が残土で生き埋めにしたあのドラゴンの知り合いらしい。


「それより、あんな危ないドラゴンって多いのか?」

『たまにいますねぇ』


 メイアは困ったように、鼻先からふうっと白い煙を吐いた。


『最近は人間も銃で武装していますから、不用意に近づくと危ないって、私たちの仲間内でも話題なんですけどね』

「へえ。ドラゴンも情報交換するんだな」

『ええ。でも、やっぱり「ドラゴン最強!」って信じてる頭の固いヤツが、たまにいるんですよ。時代は変わっているのに、困ったものです』


 呆れたように話すメイアの口調は、まるで近所で世間話をしているおばちゃんだった。

 まさかドラゴンの世界にも、時代についていけないヤツがいるとは思わなかった。

 人間が銃を使い始めたことで、ドラゴン側にも危機感が生まれているらしい。


「そっか。まあ、近所なら仲良くしよう」

『はい。私も気を付けます。あんな分厚い土塁に囲まれた村、見たことありませんもの』

「お互い平和にいこうぜ」

『それが一番ですね』


 なぜか意気投合してしまった。

 種族は違えど、平和を愛する気持ちは同じらしい。

 そうこうしていると、遠くから馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえてきた。


「ラーグ様! 連れてまいりましたわ!」

「おお、ご苦労さん」


 ミラが、何頭もの丸々と太った牛を引いて戻ってきた。

 牛たちは、目の前にそびえ立つ真紅のドラゴンを見るなり、恐怖で脚を震わせて動かなくなった。


『わぁ、美味しそう! いただきます!』


 メイアの黄金色の瞳が、嬉しそうに細められる。

 長い首を伸ばし、大きな口を開いた。


 パクリ。


 ゴクンッ。


「…………」


 一瞬だった。

 咀嚼する音すらない。

 見事なまでの丸のみだった。


 鼻を刺すような生々しい血の臭いが漂い、俺は改めて思い知らされる。

 いくら話が通じても、こいつはやっぱりドラゴンなのだ。


『ふう、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした!』


 食事を終えたメイアは、至極幸せそうだった。

 満足げに舌なめずりすると、立ち上がって巨大な翼を広げる。


 バサァッ!


 強烈な風圧が巻き起こり、周囲の草が大きく波打った。


『本当にありがとうございました。ラーグさん、また遊びに来ますね!』

「お、おう。またな」


 丁寧に礼を言い残し、真紅のドラゴンは春の青空へ力強く羽ばたいていった。

 見る見るうちに小さくなり、やがて赤い姿は雲の向こうへ消えていく。


「…………」

「…………」


 俺とミラは、ぽかんと口を開けたまま空を見上げていた。

 嵐のように現れ、牛を食べ、嵐のように去っていった。


「なあ、レイラ。なんか凄い体験だったな」


 俺が振り返る。


「…………」


 レイラは土塁の上で、愛剣を両手で構えたまま彫像のように固まっていた。

 額にはびっしりと冷や汗が浮かび、目は血走っている。


 考えてみれば、ドラゴンが現れてから飛び去るまで、こいつだけは一度も剣を下ろしていない。

 俺たちが普通に世間話をしている間も、ずっと一人で殺気を放ち続けていたのだ。


「おーい、レイラさん?」

「……終わったのかい?」

「おう。帰ったぞ」


 ガクンッ。

 レイラは膝から崩れ落ち、剣を杖代わりにして荒い息を吐いた。


「……気疲れしたよ、まったく」


 この日も、ハイリゲンローデ村は相変わらず平和だった。

 ただし、レイラの寿命だけは少し縮んだようだった。


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