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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第19話 国際政治と戦争めんどくせぇ

【ラーグ視点】


 復活祭の熱狂から数日が過ぎ、カッセルの街にも落ち着いた日常が戻りつつあった。


 冬の間に降り積もった雪は完全に溶け、冷たかった風には新緑の柔らかな香りが混じっている。ようやく春らしい、穏やかな季節がやってきたのだ。


 だからこそ、俺は警戒していた。


「…………」


 カッセル城の一角にある、豪華な小食堂。


 高い窓から差し込む春の日差しが、純白のテーブルクロスを明るく照らしている。その上には、香ばしく焼き上げられた大きなローストポークと、湯気を立てる焼きたてのパン、色鮮やかな果物が並んでいた。


 肉の脂と赤ワインの芳醇な香りが、食欲をそそる。


 俺の向かいでは、統一ヘッセンの主である方伯様が、優雅な手つきでナイフとフォークを操っていた。


 昼食への招待。


 平民上がりの新米男爵が、一国の君主と二人きりで食事をする。普通なら光栄の極みなのだろうが、俺には嫌な予感しかしない。


「方伯様。今日はまた、何か命令ですか?」


 俺がじっと見つめると、方伯様は切り分けた肉を口へ運び、ゆっくりとかんだ。

 そして極上のワインで喉を潤してから、さらりと言った。


「今回は戦争になるかもしれん」

「……この前、戦争終わったばっかりですよね?」


 俺は心の底から嫌そうな顔をしてしまった。


 冬の初めに、ダルムシュタットとの決戦が終わったばかりだ。ベルリンへの遠征まで含めれば、俺はこの一年で二度も戦争に巻き込まれている。


「せっかく平和な春が来たと思ったのに、またどこかと揉めてるんですか?」

「私ではない。皇帝陛下だ」

「ああ……神聖ローマ帝国皇帝ですか」


 この世界における、ものすごく偉い人。

 つい先日、俺に要塞の本を書けと無茶振りしてきた張本人でもある。


「でも、皇帝がいるなら、皇帝陛下が『戦争はやめろ』って全部決めればいいんじゃないんですか?」


 俺の素朴な疑問に、方伯様は小さく鼻を鳴らした。


「そう簡単ではない。帝国とは、こういうものだ」


 方伯様はパン籠から、小さなパンをいくつか取り出した。


「大きな一つのパンが、そのまま神聖ローマ帝国というわけではないのだよ、ラーグ」


 そう言いながら、小さなパンをテーブルの上へ並べていく。


「このパン一つ一つが、ヘッセン、プファルツ、バイエルンといった領邦(りょうほう)だ。それぞれに領主がいて、自分たちの土地を治めている」

「ほう」

「そして、それらをまとめる一番偉い人物が皇帝陛下だ」


 俺は並べられたパンを眺めた。


「じゃあ、皇帝陛下が全部の領地を直接治めてるわけじゃない?」

「そういうことだ。各領主は自分の法律を持ち、自前の軍隊まで持っている。皇帝陛下といえども、すべてを好き勝手に決められるわけではない」

「……つまり、大きな会社の社長というより、町内会長みたいなもんですか?」

「皇帝陛下を町内会長呼ばわりするな」


 方伯様が肩を揺らして笑った。

 不敬罪で首が飛ばなくてよかった。


「じゃあ、その町内会長……じゃなくて、皇帝陛下は、今どこで誰と戦ってるんですか?」


 方伯様は空いた皿を一枚、俺の近くへ置いた。


「我々の南西に、プファルツという国がある」

「南西……近いんですか?」

「近い」


 即答だった。

 嫌な言葉だ。

 近いということは、戦争の火の粉まで飛んでくるかもしれない。


「そのプファルツも、我らヘッセンと同じくプロテスタントの国だ」

「ああ、なるほど」


 俺はローストポークを切りながらうなずいた。

 カッセルもプロテスタント、正確には改革派の土地だ。先日の復活祭でも、大勢の人々が礼拝へ向かっていた。


「じゃあ味方ですよね?」

「いや」

「え?」


 俺のナイフが止まった。


「プファルツの領主であるフリードリヒは、皇帝陛下に逆らってボヘミアの王になった。だが去年、皇帝軍に敗れた」

「負けたんですか」

「うむ。さらに皇帝陛下は、彼を正式に反逆者とした。だから現在、皇帝側がプファルツを攻めている」


 俺は頭の中で話を整理した。

 プファルツの領主が皇帝へ逆らう。

 戦争になる。

 負ける。

 今度は自分の領地まで攻め込まれる。


「……まあ、そこまでは分かりました」


 そこで、ふと気づいた。


「待ってください。俺たちもプロテスタントですよね?」

「そうだ」

「プファルツも?」

「そうだ」

「皇帝側は、カトリックが多い?」

「そうだ」

「じゃあ俺たちは、どっち側なんです?」


 方伯様はワインを一口飲んだ。


「皇帝側だ」

「なんで!?」


 思わず声が裏返った。

 同じ宗教の国が、違う宗教の皇帝と戦っている。

 だったら普通は、同じ宗教同士で助け合うんじゃないのか。

 方伯様は、たまらなくおかしそうに笑った。


「くくっ……宗教と政治は別なのだよ、ラーグ」

「別って……」

「我ら統一ヘッセンは、つい最近、皇帝フェルディナント二世陛下から正式に認められたばかりだ」


 その顔から笑みが消えた。


「その直後に、皇帝陛下へ反逆したプファルツへ味方してみろ。どうなると思う?」

「あ……」


 ようやく分かった。


「俺たちまで反逆者扱いされる?」

「その通りだ」


 せっかく戦争に勝って統一したヘッセンが、皇帝から敵扱いされてしまう。

 そんなのは割に合わない。


「……あー、なるほど」

「やっと分かったか」

「政治って面倒ですね」

「今さら何を言っている」


 方伯様は肉を切りながら、さらに話を続けた。


「そして、カトリックの諸侯には『カトリック同盟』という軍事同盟がある。皇帝軍だけではない。彼らもプファルツと戦っている」

「じゃあ、プロテスタント側にも同盟があるんですか?」

「ある。いや――あった、と言った方がよいな」

「過去形?」


 方伯様が少し苦い顔をした。


「プロテスタント同盟は、現在崩壊寸前だ。プファルツへ味方すれば、皇帝陛下とカトリック同盟を同時に敵へ回すことになる。誰もそんな危険を冒したくないのだ」

「頼りにならねぇ!」

「そういうことだ」


 俺は天井を見上げた。

 なんとなく分かってきた。

 今は、皇帝軍とカトリック同盟が、皇帝へ逆らったプファルツと戦っている。

 ただし、同じプロテスタントだからといって、全員がプファルツの味方ではない。

 我が統一ヘッセンが、まさにそうなのだ。


「私はカトリック同盟へ入るつもりはない」


 方伯様の言葉に、俺は少しだけ安心した。


「じゃあ、戦わなくていい?」

「最後まで話を聞け」

「はい」


 嫌な予感が戻ってきた。


「統一ヘッセンはプロテスタントの国だ。それは変えぬ。だが、皇帝陛下には従う」

「つまり?」

「我々は皇帝側だ。もし皇帝陛下から正式な出兵要請が来れば、兵を出す」

「やっぱり戦うんじゃないですか!」


 俺たちの食事の手は完全に止まっていた。


「宗教のために戦うのではない。帝国内の反乱を鎮めるために協力する、という立場だ」

「言い方変えただけじゃないですか?」

「政治とは、そういうものだ」

「めんどくせぇ……」


 非常にややこしい。

 だが、ようやく俺にも立場が分かってきた。


「よし。じゃあ、皇帝陛下から何も言われなければ、俺たちは静観ですね」


 俺はようやく安心し、冷めかけたローストポークへフォークを伸ばした。

 その時だった。

 方伯様がテーブルに残っていた最後のパンを手に取る。


「これがヘッセンだ」

「はい」


 俺の皿のすぐ横へ置く。

 さらに、もう一つのパンを取った。


「そして、これがプファルツだ」


 コトリ。

 二つのパンが、ほとんど隣り合わせに並んだ。


「…………近くないです?」

「近いぞ」

「そこで戦争してる?」

「している」

「俺たちは皇帝側?」

「そうだ」


 嫌な汗が背中を伝った。


「皇帝から『お前ら近くにいるんだから、兵を出せ』って言われる可能性は……」

「高いな」


 俺は肉を食う手を止めた。


「…………」


 方伯様は平然とワインを傾けている。


「せっかく復活祭で、今年は戦争のない平和な春になればいいって思ってたのに……」

「残念だったな、ラーグ男爵」


 俺は両手で頭を抱えた。


「国際政治と戦争、めんどくせぇぇぇぇぇ!」

「はっはっはっはっ!」


 方伯様の大笑いが、高い天井へ響いた。

 人の気も知らないで、この人は本当に楽しそうである。

 ようやく笑い声が収まった、その時だった。

 コンコン。

 小食堂の扉が、控えめに叩かれる。


「入れ」


 重い扉が開き、初老の侍従が足早に入ってきた。

 その顔には、隠しきれない緊張が浮かんでいる。


「方伯様。お食事中に申し訳ございません」

「構わん。何事だ」

「ウィーンより、皇帝陛下の使者が参りました」


「…………」


 俺はナイフとフォークを、そっとテーブルへ置いた。

 ウィーン。

 皇帝陛下。

 使者。


 ここまでの話を聞いた後では、嫌な予感しかしない。


「……あの、俺、もう帰っていいですか?」


 俺が切実な思いで尋ねると、方伯様は満面の笑みを浮かべた。


「駄目だ」


 俺の平和な春は、こうしてあっけなく終わりを告げたのだった。


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