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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第18話 復活祭

【ラーグ視点】


 冬の間、カッセルの街を覆っていた重く冷たい雪は、とうに消え去っていた。


 柔らかな春の日差しが石畳を照らし、ヘッセンの平野を吹き抜ける風にも、もう肌を刺すような冷たさはない。代わりに、新緑の青々とした匂いと、冬の眠りから覚めた土の温かな香りが混じっている。


 春である。


 そして今日は、復活祭――オーステルンと呼ばれる大切な祝日だった。

 神の御子が死を克服し、復活したことを祝う日。

 カッセルの中心にある大きな教会からは、朝から荘厳な鐘の音が響き渡り、改革派の礼拝へ向かう人々の波が続いていた。


「戦争も終わったし、たまには祭りくらい楽しむか」


 俺は私服に身を包み、春の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 ダルムシュタットとの戦いは終わった。

 皇帝からの無茶振りだった『ラーグ式要塞理論』の執筆と出版も、ようやく一段落した。

 ハイリゲンローデ村を囲む星形要塞も形になり、久しぶりに手に入れた平和な休日である。


 せっかくの春の祭りなのだ。

 今日くらいは男爵という肩書きを忘れ、ただの土方のおっさんとして羽を伸ばしたかった。


 とはいえ。


「酒だ酒だ! 今日は飲むよ、ラーグ!」

「レイラ、朝から飲むんですの?」

「祭りなんだから当たり前じゃないか! キリスト様だって、こんなにいい天気なら一杯やりたくなるはずさ!」

「復活祭ってそういう祭りなの?」


 俺は思わずツッコミを入れた。

 白い麻のブラウス姿のレイラは、すでにどこかの露店で買ったらしい木のジョッキを片手に、上機嫌で歩いている。


 黒髪の双剣使いであるミラも、あきれたようにため息をついていた。

 ただし、その手にはちゃっかり串焼き肉が握られている。


「ミラだって食ってるじゃないか」

「これは朝食ですわ」

「祭りの屋台で朝食を済ませる奴があるか?」

「美味しいからよろしいのです」


 言い切った。

 まあ、楽しんでいるなら何よりだ。

 教会の厳かな雰囲気とは裏腹に、カッセルの街中はすでに宴会のような騒ぎに包まれていた。


 広場や大通りには、所狭しと露店が立ち並んでいる。

 焼きたてのパンの甘い香り。

 脂を滴らせながら直火で焼かれる豚肉やソーセージ。


 大きな樽から次々と注がれるエール。

 商人の呼び声、楽器の音、笑い声。


 子供たちは石畳の上を元気よく駆け回り、非番の兵士たちまで鎧を脱ぎ、昼間から赤い顔でジョッキを打ち鳴らしていた。


 もともとカッセルでは、こうした祭りの日になると市民が豪勢に飲み食いし、酒盛りに夢中になりすぎるらしい。


 方伯様からお叱りを受けることさえあるというのだから、相当なものだ。


(前世と大して変わらんなぁ)


 縁日。

 花見。

 理由をつけて集まり、食って飲んで騒ぐ。

 どうやら世界が変わっても、人間のやることは似たようなものらしい。


「ほら、ラーグ! ここの肉、うまいよ!」

「はいはい。あんまり飲みすぎるなよ。護衛なんだから」

「誰が酔い潰れるって? アタイの肝臓をなめないでおくれ」


 レイラが豪快に笑い、俺の背中をバシッと叩いた。


「いてぇ!」


 この女、本当に力が強い。

 俺も露店でエールを一杯買い、春の日差しの中で口をつけた。


(うまっ)


 喉を流れ落ちるエールの苦みが心地いい。

 目の前では子供たちが笑い、大人たちは食べ、飲み、しゃべっている。

 少し離れた教会からは、まだ鐘の音が聞こえていた。


 平和だ。

 今は、それだけで十分だった。


◇◆◇


 広場を抜けると、さらに人通りが多くなってきた。

 復活祭の翌週には、カッセル名物の年市が開かれる。

 春の訪れとともに、冬の間は雪や泥に閉ざされていた街道が再び使えるようになり、各地から商人や農民が集まってくるのだ。


 街のあちこちでは、すでにその準備が始まっていた。

 荷馬車へ積まれた布。

 革製品。

 農具。

 武器。

 袋いっぱいの香辛料。

 牛や羊の鳴き声まで聞こえてくる。


「さあさあ、南から届いた上等な布だよ!」

「鉄鍋はいらんかね!」

「そこの旦那! いい革が入ってるよ!」


 商人たちの張りのある声が、春の街へ響く。

 長い冬を越え、人々が待ち望んでいた活気が、カッセルへ一気に戻ってきたようだった。


「ずいぶんと人が増えましたわね。歩くのも一苦労ですわ」

「春だからな。商売人にとっちゃ、ようやく稼ぎ時が来たってことだろ」


 俺は人波を避けながら、手にしたジョッキを揺らした。

 雪が解ける。

 街道が乾く。

 馬車が通れる。

 商人が動く。

 物が流れる。

 建設屋だった俺からすれば、実に分かりやすい話だ。


 だが最近、軍事マニュアルを読み漁るようになったせいで、俺はもう一つの意味を知ってしまった。


(春になったってことは……冬営が終わる季節でもあるんだよな)


 冬の間は、軍隊もそう簡単には動けない。

 寒い。

 道は雪や泥に埋まる。

 兵士へ食わせる物も、馬へ食わせる草も不足する。

 だから多くの軍隊は、街や村へ入り、冬を越す。


 だが春になれば状況が変わる。


 雪が解ける。

 草が芽吹く。

 街道が乾く。

 馬車が動く。

 重い大砲も運べるようになる。

 商人が動き始めるのと同じように――軍隊もまた、動き始める。


「どうかしましたの、ラーグ様? 難しい顔をして」


 ミラが串焼きを片手に、小首をかしげた。


「いや……」


 俺は残っていたエールを飲み干し、青く澄んだ春の空を見上げた。


「今年は、戦争のない春になればいいんだがな」

「そうだねぇ。アタイも、しばらくは美味い酒と美味い飯だけを楽しみたいところさ」

「レイラは毎日楽しんでおりますでしょう」

「ひと言多いよ、チビ」

「誰がチビですの!」


 レイラとミラが、いつものように言い合いを始める。


「はいはい。祭りの日くらい喧嘩すんなって」


 俺は苦笑しながら、空になったジョッキを露店へ返した。

 カッセルは今、統一ヘッセン方伯のもとで大きな力を持っている。

 俺のハイリゲンローデ村には星形要塞もある。


 傭兵たちの訓練も順調だ。

 近隣の連中だって、そう簡単には手を出してこないだろう。


(まあ、杞憂ってもんだな)


 今日くらいは祭りを楽しもう。

 俺はそう決め、次の露店へ向かって歩き出した。

 暖かな日差し。

 鐘の音。

 酒と肉の匂い。

 笑い声に包まれたカッセルの街は、どこまでも平和そのものだった。


 仮にどこかに敵がいたとしても――。

 敵だって今日くらいは、復活祭を楽しんでいるだろう。

 そんな気がした。


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