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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変えた俺の三十年戦争史~  作者: 塩野さち


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第17話 ラーグ要塞理論の執筆依頼【ラーグ成り上がり編・完 次へ続く】

【ラーグ視点】


 空から、白い破片がひらひらと舞い落ちていた。


 冬の冷たい風がカッセルの街を吹き抜け、石畳の通りを薄っすらと雪化粧で覆っていく。吐いた息は白く、頬へ当たる風は針のように冷たかった。


 カッセル城。


 その一角にある重厚な扉を開けると、暖炉で薪がパチパチとはぜる音とともに、心地よい温気が俺を包み込んだ。


「よく来たな、ラーグ男爵」

「お呼びとあらば、どこへでも。方伯様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

「堅苦しい挨拶はよい。そなたの顔には、現場から無理やり引き剥がされた不満が書いてあるぞ」

「滅相もございません」

「ふっ。まあよい、楽にせよ」


 執務机の奥、深紅の絨毯が敷かれた部屋で、ヘッセン方伯が鷹揚にうなずいた。


 いや、今は亡きダルムシュタット方伯を討ち果たし、名実ともにヘッセン全土を治める『統一ヘッセン方伯』である。


 長年の宿敵を打ち破り、悲願の再統一を成し遂げたのだから、上機嫌なのも無理はない。方伯の手には、深紅のワインが注がれたクリスタルグラスが握られていた。


 俺は勧められるまま、革張りの椅子へ腰を下ろした。


「今日そなたを呼んだのは他でもない。先日の戦いにおける、事後処理についてだ」

「事後処理、ですか? ダルムシュタットの領地は、すでに方伯様の軍が制圧したと伺っておりますが」

「領地そのものはな。だが、問題は外にある」


 方伯はグラスを机へ置くと、一枚の羊皮紙を俺の前へ滑らせた。

 そこには、見たこともないほど豪華な封蝋の跡が残されている。

 黒い双頭の鷲。

 さすがの俺でも、その意味くらいは知っていた。


「皇帝……」

「そうだ。神聖ローマ帝国皇帝、フェルディナント二世陛下からの書状だ」


 思わず背筋が伸びる。


「我らヘッセンも、ダルムシュタットも、同じ神聖ローマ帝国に属している。皇帝陛下から見れば、今回の戦いは身内同士の争いに過ぎん」

「勝手に戦争して領地を奪ったとなれば、皇帝陛下も黙ってはいないと?」

「その通りだ。だから私は、先日の戦いの正当性と事の顛末を詳細に書き記し、ウィーンの宮廷へ使者を送った」


 俺は小さくうなずいた。

 先に戦争を仕掛けようとしたのはダルムシュタット側。

 カッセルは自衛のために戦い、その結果として勝利した。

 そういう大義名分である。


「結果から言えば、皇帝陛下は我がヘッセンの再統一を認めてくださった」

「おお。それは重畳ですね」

「うむ。ただし、一つ条件を出されてな」

「条件?」


 方伯の口元が、妙に楽しそうに持ち上がった。

 嫌な予感がする。


「皇帝陛下は、報告書に記されていた我々の戦法に大変興味を持たれたらしい。特に、ダルムシュタット軍を斜面で釘付けにし、十字砲火で粉砕した、あの奇妙な星形の砦にな」


 やっぱり。

 方伯の鋭い視線が、真っすぐ俺へ突き刺さった。


「ラーグ男爵。そなたが作り上げた要塞の構築法と、その防衛理論。それを一冊の本にまとめ、皇帝陛下へ献上せよとの仰せだ」

「…………」

「出版の許可も出た。ウィーンの宮廷へ献上するだけでなく、広く世へ出すことを皇帝陛下がお望みである」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 俺は肺の中の空気を全部吐き出すような、長く深いため息をついてしまった。

 一国の君主の前で。

 しかも、皇帝からの命令を聞いた直後に。

 我ながら、とんでもなく不敬である。

 だが、方伯は怒るどころか、たまらなくおかしそうに笑い出した。


「はっはっはっ! 貴族に列せられながら、私を前にして堂々とため息をつくのは、世界広しといえどもそなたくらいであろうな!」

「申し訳ありません。ですが俺、ただの土方ですよ? 本なんて書いたこともありませんし……」

「書くのだ。皇帝陛下の勅命である」

「ですよねぇ……」

「それに、あの要塞はそなたの頭の中にしか図面がないのであろう?」

「それは……まあ、そうですが」


 俺の『残土』のスキルと、前世の建設現場で覚えた知識を組み合わせて造った要塞だ。

 どこに、どれだけ土を盛るのか。

 どの角度で稜堡を配置するのか。

 どうすれば敵から撃たれにくく、こちらからは十字砲火を浴びせられるのか。

 細かい部分まで知っているのは、確かに俺しかいない。


「期待しているぞ、男爵。費用はすべて国が持つ。最高の紙とインクを用意させよう」

「……かしこまりました」


 断れるわけがない。

 俺は重い足取りで執務室を後にした。

 城の外へ出ると、雪はさらに勢いを増していた。

 冷たい風が頬へ吹きつける。


(本かぁ……)


 現場で土を掘っている方が、百倍気が楽だった。


◇◆◇


 数日後。

 ハイリゲンローデ村の領主館では、俺が机へ突っ伏しながら唸り声を上げていた。


「あー……ダメだ。全然進まねぇ」


 部屋には、新しい羊皮紙とインクの匂いが充満している。

 机の上には白紙の束。

 その横には、書き損じた紙。

 さらに羽根ペンが何本も転がっている。

 暖炉では赤々と薪が燃えているのに、俺の心は冷え切っていた。


「情けない声を出さないでおくれよ、男爵様。皇帝陛下からのご指名なんだろ?」


 あきれたような声とともに、湯気を立てる紅茶のカップが机へ置かれた。

 半裸で白いブラウス姿のレイラだ。

 先ほどはイライラして、つい乱暴に抱いたが、彼女は「キャーおかされるぅー」と喜んでいた。

 向かいの席では、双剣使いのミラが、俺の書き損じた紙を面白そうに眺めている。同じく半裸で「もっと」と喜んでいた。


「でも、不思議ですわね。ラーグ様は、ご自分の要塞の秘密を世に広めてしまってもよろしいのですか?」

「ああ。それなら問題ないよ」


 俺は疲れた目をこすった。

 以前、カッセルの本屋で大量の軍事マニュアルを買った時、ハインリヒ隊長が言っていた。


『本を持っていることと、兵を毎日訓練して体へ叩き込むことは別です。知っているだけで勝てるなら、誰も苦労はしませんよ』


 要塞だって同じだ。


「あの星形要塞は、俺の『残土』があるから短期間で完成したんだ。普通の人間が人力だけで同じものを造ろうとしたら、膨大な人数と時間、それに金が必要になる」

「なるほどねぇ。設計図があったところで、簡単には真似できないってことかい」

「そういうこと。だから隠す意味もない」


 問題は、そこではない。

 どうやって、この複雑な構造を他人へ伝えるかだ。

 俺は前世で、現場の作業手順書や施工要領書を読むのが好きだった。

 新しい重機を使う時も。

 初めての工法を試す時も。

 まずマニュアルを読む。

 何を、どの順番で、どう作業するのか。

 そこが明確なマニュアルほど、現場で役に立つ。


(……待てよ)


 俺は白紙の羊皮紙をじっと見つめた。

 文字だけで説明しようとするから難しいんじゃないか?

 先日買ったデ・ヘインの教練書だって、兵士の動きを大量の絵で説明していた。

 だったら――。


(要塞だって、図にすりゃいいじゃないか)


 その瞬間。

 頭の中で、何かがカチリとはまった。


「よし……」


「ん?」


 俺は椅子から体を起こした。


「ミラ。悪い、そこの定規を取ってくれ」

「はい、どうぞ」

「レイラ。インクの予備、出しておいてくれないか」

「アンタ、急にやる気になったねぇ」


 レイラがニヤニヤ笑っている。


「どうせ書くなら、中途半端なものは嫌なんだよ」


 俺は新しい羊皮紙を机いっぱいに広げた。

 羽根ペンへインクを含ませる。


 カリカリカリ――。

 静かな部屋に、ペン先が紙を走る音が響き始めた。


 まず、要塞全体を上から見た図。

 星形になるよう配置した稜堡。

 互いを守るよう交差する砲火。

 低く、分厚い土塁。


 敵の砲弾を真正面から受け止めないための角度。

 外堀。

 砲台。

 そして、土を簡単に崩さないための締め固め。


「ここは……いや、文章じゃ分かりにくいな」


 線を引く。

 数字を書き込む。

 断面図を描く。


「ラーグ、楽しそうだねぇ」

「そう見える?」

「最初の死にそうな顔が嘘みたいですわ」


 否定できない。

 いつの間にか、俺は完全に夢中になっていた。

 誰が読んでも理解できる。

 何をすればいいのか、一目で分かる。

 現場でそのまま使える。

 どうせなら、そんな完璧な『要塞構築マニュアル』にしてやる。


(そうだよ。これなら俺の得意分野じゃないか)


 本を書くと思うから難しかったのだ。

 これは施工要領書だ。

 そう考えた瞬間から、羽根ペンは止まらなくなった。


◇◆◇


 それから、しばらくの時が流れた。


 俺が書き上げた原稿はカッセルの印刷所へ運び込まれ、やがて一冊の分厚い本となって戻ってきた。


 表紙には、星形の幾何学模様。

 その上に、大きな文字が印刷されている。


『ラーグ式要塞理論』


「……本当に本になっちまった」


 ずっしりとした重みを両手で確かめる。

 最初の一冊は、皇帝フェルディナント二世陛下へ献上された。

 ウィーンの宮廷での評判は上々だったらしい。


 そして、皇帝と方伯の許可のもと、一般向けにも出版されることになった。

 そこで終わるはずだった。


 俺としては、皇帝陛下への宿題を片付けた。

 その程度の認識だったのだ。


 ところが――。


◇◆◇


 春。


 窓から差し込む柔らかな日差しの中、俺は領主館の執務室で目を丸くしていた。


「ラーグ様! またアムステルダムのルイ・デ・ヘール商会から、百冊の追加注文が来ておりますわ!」

「フランスからも注文の束が届いてるよ! 印刷所のオヤジが、嬉しい悲鳴を上げてぶっ倒れそうだってさ!」

「……マジで?」


 ミラとレイラが、それぞれ大量の注文書を抱えている。

 窓の外では、雪はとうに消えていた。


 村を囲む星形要塞の黒い土塁には青々とした草が芽吹き、その向こうでは農民たちが春の畑仕事を始めている。


「そんなに売れてるのか?」

「ええ。各国の君主や将軍たちが、こぞって買い求めているそうですわ」

「なんでも、ダルムシュタット軍を一方的にすり潰したって戦果が、ずいぶん尾ひれをつけて広まってるらしいよ」

「一方的って……いや、まあ、間違っちゃいないけど」


 俺は机の上に置かれた『ラーグ式要塞理論』を手に取った。

 パラパラとページをめくる。

 上から見た配置図。

 土塁の断面図。

 作業手順。

 必要な人員。

 砲を置く位置。

 敵へ十字砲火を浴びせるための射線。


 どう見ても、前世の施工管理マニュアルだった。


(現場の作業マニュアルが、こっちの世界でベストセラーになるとはなぁ……)


 俺は窓の向こうに広がる、平和なハイリゲンローデ村を眺めながら苦笑した。

 俺は軍事の天才なんかじゃない。

 ただの三十七歳の土方のおっさんだ。

 いや、新年になったから数え年で三十八歳だな。


 分かりやすい作業手順書を作った。

 ただ、それだけのつもりだった。

 だが後世の軍事学者や歴史家たちは、この一冊をそう簡単には扱ってくれなかった。


『ラーグ式要塞理論』。


 近代要塞建築の基礎を築き、ヨーロッパ各地の戦場から高い城壁を過去のものへと変えていった――。


 後にそう評される一冊は、こうして俺の趣味から生まれたのである。


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「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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