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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第16話 ハイリゲンローデ村の平和と、俺の新しい趣味、マニュアル集め

【ラーグ視点】


 初冬の澄んだ空気が、ハイリゲンローデ村をすっぽりと包み込んでいた。


 俺の領地となったこの村は、少しずつだが確実に姿を変えつつある。周囲には分厚く押し固められた黒い土塁が星形に巡らされ、その稜堡には、ルイ・デ・ヘール商会から買い付けた青銅製の大砲が鈍い輝きを放ちながら鎮座している。


 だが、そんな物々しい防衛施設の内側では、相変わらずのどかな農村の風景が広がっていた。


「ラーグ男爵様! こちらの畑も石集めが終わりましたぞ!」

「よーし。じゃあ、もらうぞ」


 俺は名主のハンスさんに声を返し、冷たい土の匂いが漂う畑へ手をかざした。


 ズズズズズッ――!


 一カ所にまとめられていた小石や岩が、次々と俺の見えない収納空間へ吸い込まれていく。石が消えた後には、冬の日差しを浴びた黒い土だけが残った。


 俺は領主になってからも、この『残土回収』の仕事を相変わらず続けていた。


 村人たちからは無償で畑の石や残土を引き取る。その代わり、村の外の人間やカッセルの商人から依頼された時は、きっちり銀貨をもらう。


 おかげで村の畑はどんどん耕しやすくなる。

 俺の懐には銀貨が入る。

 そして、要塞の材料となる残土や石まで貯まっていく。


(うん。実に素晴らしい)


 誰も損をしていない。


「……結局、領主になってもやってることは土方仕事だねぇ」

「まあ、ラーグ様が楽しそうなので、よろしいのではありませんか?」


 畑の端では、枯れ草の上に座り込んだレイラとミラが、湯気の立つ茶を飲みながらあきれたように俺を眺めていた。


「領主だって土は触るだろ」

「普通の領主は、朝から畑の石を集めて回ったりしないよ」

「そうなのか?」

「そうですわ」


 二人がそろってため息をつく。

 相変わらず平和な日常だった。

 だが、そんな俺にも最近、一つだけ大きな悩みがある。


 手に入れた大金で傭兵を雇い入れ、百人、二百人と兵の数が増えてきたのはいい。問題は、彼らが見事なまでの寄せ集めだということだった。


 槍を使う者。

 剣を振り回す者。

 マスケット銃を撃つ者。

 一人一人の腕は立つ。

 ところが集団で戦わせようとすると、動きがバラバラなのだ。


(兵隊って、人数をそろえりゃいいってもんじゃないんだなぁ……)


 俺には土木や建築の知識はある。

 だが、軍隊の動かし方なんてものは、さっぱり分からなかった。


◇◆◇


 その日の午後。


 俺はレイラとミラ、それに新たに傭兵隊長として雇い入れた古参の軍人ハインリヒを連れ、カッセルの街へ出ていた。


 目当ては、以前に築城術の本を買った本屋である。

 扉を開くと、小さな鈴がチリンと鳴った。

 薄暗い店内にはインクと古い紙、それに革表紙の独特な匂いが漂っている。壁際から天井近くまで書棚が並び、その隙間にまで分厚い本が積み上げられていた。


 前世の知識があるとはいえ、軍隊をどう動かせばいいのかなんて、皆目見当もつかない。


「男爵。アムステルダムの商人から、良い物が入荷しているそうです。この本を使いましょう」


 書棚を物色していたハインリヒ隊長が、一冊の大きな本を俺の前へ差し出してきた。


「これか?」


 ずしりと重い。


 表紙には細かい文字が並んでいた。試しにページをめくってみると、文字よりも目を引くものがある。


 絵だ。


 しかも、兵士の姿が何枚も何枚も描かれている。


「なんだこれ。絵ばっかりじゃないか」

「だからいいんです。これなら文字の読めない新兵にも教えられます」

「ふうん……?」


 俺は本を受け取り、じっくりと眺めた。


 オランダ語らしき文字で書かれたその本は、ヤーコプ・デ・ヘインという人物が著した『銃・マスケット・槍の操法』という教練書だった。


「一六〇七年に刊行されたものです。オラニエ公マウリッツの軍で行われていた訓練法を、百十七枚もの図にしてまとめたものだそうです」

「百十七枚も?」


 ページをめくる。

 マスケット銃を持った兵士の絵が、次から次へと現れた。

 銃をどう持つか。

 どう構えるか。

 火薬を入れ、弾を込め、火縄を扱い、そして撃つ。

 たった一発の弾を撃つだけなのに、その動作が驚くほど細かく分けられている。


「マウリッツ公の軍隊で使われていた、最新の訓練法です」

「ほう……」


 俺は別のページを開いた。

 確かに、これは分かりやすい。


「これなら、絵を見れば新兵でも同じ動作を覚えられそうだな」

「そのための本ですからな」


 感心してうなずいたところで、ふと疑問が浮かんだ。


「なあ。こんなの本にして、堂々と売っていいのか?」

「と言いますと?」

「軍隊の訓練法だろ? 機密情報みたいなもんじゃないのか?」


 ハインリヒ隊長が「ああ」とうなずいた。


「昔は同じことを言って、出版に反対する者もいたそうです。『敵に訓練法を知られるじゃないか』と」

「そりゃそうだ。敵もこの本を買えるだろ?」

「ええ。金を出せば買えます。現にフランス語版やドイツ語版も出回っておりますからな」

「ダメじゃん!」


 思わずツッコミを入れる。

 すると、歴戦の傭兵であるハインリヒ隊長は、口元にニヤリと笑みを浮かべた。


「本を持っていることと、兵を毎日訓練して体へ叩き込むことは別です。知っているだけで勝てるなら、誰も苦労はしませんよ」

「なるほどねぇ」


 後ろから本を覗き込んでいたレイラも、納得したようにうなずいた。

 すると、俺たちの話を聞いていた店主のオヤジが、商機と見たのか店の奥へ駆け込んでいった。


「男爵様! それでしたら、こちらもございますぜ!」


 ドサッ。

 さらに二冊の分厚い本が机へ積まれる。


「一六一五年にお隣で出たフォン・ヴァルハウゼンの『歩兵戦術書』! それから、我らがヘッセン=カッセル方伯モーリッツ様……おおっと、いまは統一ヘッセン方伯様ですな! その方が昔書かれた軍事教本もございます!」

「おっ、いいな。それも全部もらうよ」

「まいどあり!」


 俺は大量の軍事マニュアルを買い込み、ホクホク顔で本屋を後にした。

 前世でも、新しい重機のマニュアルや施工手順書を読むのは嫌いじゃなかった。

 いや。

 むしろ、こういうものは大好きだった。


◇◆◇


 数日後。


 ハイリゲンローデ村の星形要塞。その内側に作られた練兵場には、雇われた傭兵たちがずらりと整列していた。

 冬の冷たい風が吹き抜ける。

 吐く息が白い。

 俺はハインリヒ隊長と並び、兵士たちの前へ立った。手には、あの図解入りの教練書を持っている。


「いいか、お前ら! 今日から戦い方を変える! 全員、この絵の通りに動け!」


 ざわっ、と列が揺れた。


「はあ?」

「絵の通りって……俺ぁ俺のやり方で弾を込めるぜ」

「今さら新人みてぇな訓練やるのかよ」


 傭兵たちから不満の声が上がる。

 まあ、無理もない。

 今まで自分の腕一本で戦場を生き抜いてきた連中だ。そのやり方をいきなり変えろと言われれば、面白くないだろう。


 俺は手にした教練書をポンと叩いた。


「お前らのやり方はどうでもいい。現場にも作業の手順書ってのがあるだろ。それと同じだ。全員が同じ手順で動くんだよ!」

「ラーグ男爵! 軍隊を工事現場と同じように考えるのはやめていただきましょうか!」

「そういう意味じゃありませんわ!」


 ハインリヒ隊長とミラから、見事なステレオで怒声が飛んできた。


「いや、分かりやすいと思ったんだけどなぁ……」


 俺が頭をかくと、レイラが腹を抱えて笑っている。


 だが、訓練が始まると、俺の『作業手順書』という考え方も、そう間違っていないことが分かってきた。


「火縄を取れ!」


 ザッ。


 ハインリヒ隊長の号令に合わせ、一列に並んだ兵士たちが一斉に火縄へ手を伸ばす。


「火皿を開け!」


 ザッ。


「火薬を入れろ!」


 ザッ。


「構え!」


 チャキッ!


 動作を細かく分け、同じ号令で繰り返す。

 初めのうちは遅れる者もいた。

 火薬をこぼす者。

 左右を間違える者。

 昔からの癖で勝手な動きをする者。

 そのたびにハインリヒ隊長の怒声が練兵場へ響いた。


「違う! 全員そろえろ! 自分勝手に動くな!」

「へいへい!」

「返事は一回!」

「へい!」


 俺は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。

 面白い。

 実に面白い。

 今までは各自がばらばらの速度で弾を込めていた。当然、撃つタイミングもばらばらだった。


 ところが動作を細かく分け、絵の通りに何度も繰り返させると、文字の読めない傭兵たちまで、少しずつ同じ動きをするようになっていく。


 個人の腕だけに頼らない。

 全員を、一つの大きな機械みたいに動かす。


(これ、完全に作業手順書じゃないか)


 俺には、そうとしか思えなかった。

 そして数日後。


「構え!」


 ザッ!


 三十人の兵士が、一斉にマスケット銃を肩へ当てる。


「撃てぇ!」


 ダァァァァァンッ!


 すさまじい轟音が腹の底まで震わせた。

 火薬の焦げた匂いが鼻を刺し、真っ白な硝煙が冬の練兵場を覆い隠す。

 煙の向こうでは、的にしていた板へ無数の穴が開いていた。


「おお……」


 思わず声が漏れる。

 だが、ハインリヒ隊長は止めない。


「前列、下がれ! 後列、前へ!」


 ザッ、ザッ、ザッ!


 撃ち終わった兵士たちが後ろへ下がり、すでに装填を終えていた次の列が前へ出る。


「構え!」


 チャキッ!


「撃てぇ!」


 ダァァァァァンッ!


 再び轟音。

 再び白煙。

 号令。

 同じ動作。

 一斉射撃。

 交代。

 再装填。


 ばらばらだった傭兵たちが、次々と連携して火力を送り出していく。


「すげぇ……」

「やるじゃないか、ラーグ」

「ただの寄せ集めが、ずいぶん軍隊らしくなりましたわね」


 レイラとミラが感心したように兵士たちを眺めている。

 俺も大きくうなずいた。

 オランダ式の最新教練。

 ヘッセンに伝わる軍事知識。

 そして俺の現場主義による『作業手順書』。

 どうやら、この三つは思った以上に相性がいいらしい。


「いやぁ……マニュアル化って、本当に素晴らしいな」


 鼻をくすぐる硝煙の匂いを嗅ぎながら、俺は満足げに教練書を抱え直した。

 俺の新しい趣味――軍事マニュアルの収集と実践。

 その時の俺は、ただ面白がっていただけだった。


 まさかそれが後に、諸外国から『ハイリゲンローデの軍事革命』と呼ばれる精強な軍隊の第一歩になるとは、もちろん知る由もなかった。


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