第14話 ヘッセン再統一
【ラーグ視点】
冬の足音が近づく冷たい風が、ヘッセンの平野を吹き抜けていく。
丘の上から見下ろす街道には、赤と銀の縞模様をまとった獅子の旗が無数にひるがえっていた。ヘッセン=カッセル方伯が率いる大軍が、整然とした隊列を組んで南へと進軍していく。
槍の穂先が冬の薄日を受けて鈍く光り、何千という軍馬と兵士たちの足音が、地鳴りのように腹の底まで響いてきた。
向かう先は、南のヘッセン=ダルムシュタット領である。
先日、このカッセル周辺で行われた戦いは、俺たちが急造した二つの星形要塞と、方伯様が率いる本軍の挟み撃ちにより、見事な勝利に終わった。
最大の敵であったヘッセン=ダルムシュタット方伯は戦死。指揮官を失い、完全に崩壊した敵軍は、まともな抵抗もできずに散り散りとなって敗走した。
方伯様にとって、これは長年分断されていたヘッセン地方を再統一する、千載一遇の好機だった。軍の再編を急ぎ、息つく暇もなくダルムシュタットの制圧へと向かったのだ。
「で、俺はお留守番ってわけだ」
俺は街道に舞う砂ぼこりを見下ろしながら、小さく息を吐いた。
今回の戦いにおける俺の功績は、控えめに言っても絶大だったらしい。敵が狙っていた弱点の高地を先回りして要塞化し、見事に足止めしたのだから無理もない。
出陣の前、方伯様からは「カッセルの留守は頼んだぞ、ラーグ男爵」と、えらく重い言葉とともに後方の防衛を任されてしまった。
ただの土方のおっさんから、気づけば一国の留守を預かる要人にまで出世している。
(人生、本当に何が起きるか分からないものだ)
◇◆◇
その日の夜。
俺たちはカッセルの街にある、行きつけの酒場を貸し切っていた。
「いやぁ、まさかあの高地に作った変な形の砦が、あんなに役に立つとは思わなかったねぇ! 敵さん、面白いように斜面で立ち往生してたじゃないか!」
「ええ、本当に。私たちだけで三十門もの大砲を撃ちまくるなんて、傭兵稼業を長くやっておりますけれど、初めての経験でしたわ」
レイラがエールの入った大ジョッキをドンッとテーブルへ置き、豪快に笑う。向かいに座るミラも上品に微笑みながら、少し頬を赤くしてワイングラスを傾けていた。
今回の戦いで、メンヒェベルクとヴァインベルクの二つの砦を実際に守っていたのは、この二人と彼女たちが率いる傭兵たちだった。
俺が『残土』で作った分厚い土塁の上から、ルイ・デ・ヘール商会から買い付けた大砲を容赦なくぶっ放し、ダルムシュタット軍を斜面へ釘付けにしてくれたのだ。
「それにしても、ラーグ! お前さん、いつの間にあんな大掛かりなモンを作ってたんだ!」
隣のテーブルから、ダル親方が目を丸くして身を乗り出してきた。カッセルの建築ギルドを束ねる親方も、俺が極秘裏に進めていた要塞建設には度肝を抜かれたらしい。
「ちょっと土を固めに盛っただけですよ、親方。まあ、俺のスキルならではの突貫工事でしたけどね」
「ガッハッハ! ちょっと盛っただけで軍隊が全滅してたまるか! お前さんは本当に、底が知れねぇ男だぜ!」
親方が俺の背中をバシバシと叩く。
痛い。
薄暗いランプの明かりに照らされた店内には、香ばしく焼けた肉の匂いと、エールの甘苦い香りが充満していた。あちこちのテーブルでは、生き残った傭兵たちが肩を組み、大声で戦勝歌を歌っている。
敵は退けられた。カッセルは守られた。
そして今、ヘッセンは一つになろうとしている。
「なんにせよ、勝ったんだ。とりあえずは防衛できたんだから、めでたい日だ。今日は俺の奢りだから、好きなだけ飲んで食ってくれ」
「太っ腹だねぇ、男爵様!」
「お言葉に甘えさせていただきますわ」
俺も自分のジョッキを掲げた。
グラスがぶつかり合う澄んだ音が、店の喧騒へ溶けていく。俺の領地であるハイリゲンローデ村も、戦火に巻き込まれることなく無傷で済んだ。
冷たい夜風がガタガタと窓を揺らしていたが、酒場の中だけは熱を帯びた歓喜に包まれている。
その夜、笑い声が絶えることはなかった。
◇◆◇
翌朝。
昨夜の熱狂が嘘のように、カッセル周辺の平野には重く冷たい静寂が降りていた。
灰色の雲が空を覆い、吐く息は真っ白に染まる。風が吹くたび、鼻を突くのは硝煙の焦げた匂いと、鉄の錆びたような血の悪臭だった。
「…………」
俺は神妙な面持ちで、二つの高地の間に広がる平野へ立っていた。
視界の先には、無数の亡骸が転がっている。
黒焦げになった者。手足を失った者。土塁へ取り付こうとしたまま、斜面で折り重なるように倒れている兵士たち。
大半がヘッセン=ダルムシュタットの軍装だった。俺たちの砦からの砲撃と、カッセル本軍の銃撃によって命を散らした者たちだ。
戦争には勝った。
だが、その結果として残るのは、ただの巨大なゴミの山ではない。
かつて生きていた、人間たちの骸である。
「さて……やるか」
俺は使い慣れたスコップを地面へ突き刺し、小さく息を吐いた。
死体をいつまでも野ざらしにしておくわけにはいかない。疫病の温床になるし、何より後味が悪すぎる。
戦場の跡片付けもまた、生き残った者の大事な務めだ。
『残土』のスキルを使えば、遺体を直接収納することはできない。だが、土を動かすことはできる。
「『残土』」
俺が手をかざすと、ズズズズッという低い音とともに、平野の一角の土が大きくえぐり取られた。
遺体をまとめて埋葬するための、巨大な穴だ。
そこへ、カッセルの兵士たちや動員された村人たちが、無言で遺体を運び込んでいく。
華やかな戦勝会から一転、誰も口を利かない。ただ黙々と、泥にまみれた亡骸を土の底へ横たえていく。
「ラーグ……」
不意に背後から声をかけられ、振り返る。
いつもの白いブラウスに分厚い外套を羽織ったレイラが、静かに立っていた。その隣にはミラもいる。
二人とも武器は持っていない。どこか沈んだような、複雑な瞳で巨大な墓穴を見つめていた。
「嫌な仕事だねぇ」
「仕方ないさ。誰かがやらなきゃならない」
俺はそう答えながら、再び手へ意識を集中させた。
ある程度の遺体が運び込まれたところで、収納しておいた土砂を穴の上へ戻していく。
ザザザザッ、と黒い土が亡骸を優しく覆い隠していった。
(死なば皆、仏だったかな?)
前世の記憶の片隅にある言葉が、ふと頭をよぎった。
どんな悪人だろうと、敵だろうと、死んでしまえば皆、仏様になる。だから等しく弔ってやらなければならない。たしか、そんな意味だったはずだ。
(もっとも、ここでは仏なんて信じられていないけどな)
彼らが信じているのは、天国と地獄、そして唯一の神の教えだ。
それでも。
俺の中にあるおっさんの感性が、土に還っていく彼らへ静かな祈りを捧げずにはいられなかった。
「……どうか、安らかに」
俺は誰に聞こえるでもなく、小さくつぶやいた。
最後の土がかぶさり、平らになった地面を見つめる。
ヘッセン再統一という歴史的な偉業の裏で、こうして名もなき土方のおっさんが、無数の命を静かに土へ還している。
冷たい初冬の風が、新しく作られた巨大な墓標をなでるように吹き抜けていった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




