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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第13話 焦り

【ヘッセン=ダルムシュタット方伯視点】


 初冬の冷たい空気を切り裂くように、軍馬のいななきと、重い車輪のきしむ音が城の中庭へ響いていた。


 私は執務室の窓辺に立ち、眼下に広がる光景を満足げに眺めていた。

 ついに届いたのだ。


 ネーデルラントの大商人、ルイ・デ・ヘールから買い付けた大量の武器が。

 分厚い布をかぶせられた何十台もの荷馬車が、次々と中庭へ入ってくる。

 兵士たちが布を取り払った。

 その下から現れたのは、鈍い輝きを放つ真新しい青銅製の重砲だった。

 三十門。


 さらに、木箱へ詰められた五千丁ものマスケット銃。

 騎兵用のピストル。

 火薬。

 鉛玉。

 その他、戦に必要な大量の軍需品が次々と倉庫へ運び込まれていく。


(見事だ)


 これだけの火力があれば。

 カッセルなど恐れるに足らない。


「あとは兵に新しい武器の扱いを覚えさせ、高地を奪取する訓練を行うだけか」


 私は手元のグラスを軽く揺らした。


「カッセルの命運も、もはや尽きたな」


 赤いワインが、グラスの中でゆらゆらと揺れる。

 勝利の美酒を飲み干す日も近い。

 そう思った。

 その時だった。


 バンッ!

 背後の扉が乱暴に開いた。


「何事だ!」


 私は思わず振り返る。

 黒い外套をまとった密偵の長が、肩で激しく息をしながら立っていた。

 普段なら足音一つ立てず、影のように現れる男だ。


 その男が。

 明らかに狼狽している。


「申し訳ございません、御前。緊急の報告がございます」

「申せ」

「はっ」


 密偵の長は片膝をついた。


「カッセル周辺の高地を探らせていた者たちが……戻りません」

「何?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「戻らぬとは、どういうことだ」

「予定の期日を過ぎても連絡がございません。こちらから接触を試みましたが、反応なし。遺体すら発見できておりません」

「…………」


 ピキリ。


 こめかみの奥が痛んだ。

 私が狙っているのは、カッセルを見下ろす二つの高地。


 北のメンヒェベルク。

 そして南のヴァインベルク。

 そこへ送り込んだ腕利きの密偵が消えた。


「……気づかれたか?」


 思わず声が漏れた。

 私は窓へ近づき、遠い北の空をにらみつける。


(まずい)


 カッセルの最大の弱点。

 あの二つの高地。

 そこへ重砲を運び込み、市街と要塞内部を直接砲撃する。

 それこそが、私の考えた必勝の策だ。


 だが。

 もしカッセル方伯も高地の重要性に気づいたとしたら。

 兵を置く。

 陣地を築く。

 道を封鎖する。

 そうなれば、重砲を運び込むことすら難しくなる。


(時間を与えてはならん)


 敵が高地を固める前に。

 こちらが奪う。

 今ならまだ間に合う。


「訓練は中止だ」

「……は?」


 密偵の長が顔を上げた。


「全軍へ伝えろ。直ちにカッセル攻略へ向かう」

「ご、御前!」


 男が珍しく声を荒らげた。


「お待ちください! 兵たちは、まだ新しいマスケットの扱いに慣れておりません! 重砲も届いたばかりで、輸送の編成すら――」

「ええい、構わん!」

「しかし!」

「敵が高地を要塞化してからでは遅いのだ!」


 私は机を拳で叩いた。

 ガンッ!


「準備が整うのを待っている間に、最大の好機を失ってどうする! 全軍を動かせ!」

「……承知、いたしました」


 密偵の長が深く頭を下げる。

 私は再び、北の空へ目を向けた。


(まだ間に合う)


 そう。

 この時の私は。

 そう信じていた。


◇◆◇


 それから間もなく。

 我がヘッセン=ダルムシュタット軍は、凍てつく寒風の中を強行軍で北上していた。

 新しいマスケットの扱いに戸惑う兵。

 重砲を引く馬。

 ぬかるみに車輪を取られ、怒鳴り声を上げる砲兵。

 本来なら、もっと時間をかけて整えるべきだっただろう。


 だが、そんな暇はない。

 高地さえ先に押さえればいい。

 そこへ大砲を並べれば。

 勝てる。


 そして我が軍は、ついに目的地へ到着した。

 カッセルを望む二つの高地。


 メンヒェベルクとヴァインベルク。


「…………」


 馬上からその光景を見た瞬間。

 私は言葉を失った。


「……なんだ、あれは」


 丘の上に。

 何かがある。


 つい先日まで、何もなかったはずの高地。

 その頂に。

 小ぶりな砦が築かれていた。


「馬鹿な……」


 石造りではない。

 黒い土を、分厚く。

 そして異様なほど固く盛り上げた土塁。


 高さはそれほどない。

 だが。

 その形が異様だった。


 外へ向かって鋭く突き出した角。

 隣り合う土塁同士が、互いの前面を守るように配置されている。

 まるで大地へ巨大な星を描いたかのような、幾何学的な砦。

 それが。

 二つの高地に築かれている。


「いつの間に……!」


 そして。

 さらに私を苛立たせるものがあった。

 砦の上で、初冬の風にはためく旗。


「カッセルの旗ではない……?」


 赤と銀の縞模様の獅子ではない。

 土色の布。

 その中央に。

 銀色のスコップが二本。

 交差して描かれていた。


「…………」


 目を疑う。


「スコップ?」


 もう一度見る。

 どう見てもスコップだ。


「……ふざけおって!」


 私は思わず怒鳴った。

 どこの誰だ。

 よりによって、我が必勝の策を邪魔する場所へ陣取り。

 スコップなどというふざけた旗を掲げているのは。


「砦は小さい!」


 私は剣を抜いた。


「兵を分けろ! 両高地を同時に攻め落とせ!」

「はっ!」

「前進せよ! あんな土くれの砦など踏み潰せ!」


「オオオオオオッ!」


 鬨の声が上がる。

 ダルムシュタット軍の歩兵たちが、二つの高地へ向かって一斉に進み始めた。

 数はこちらが圧倒している。

 所詮は急造の小さな砦。

 近づいてしまえば。

 踏み潰せる。

 そう思った。


 次の瞬間。


 ドゴォォォォンッ!!


「なっ!?」


 丘が。

 火を噴いた。

 空気を引き裂く恐ろしい音。

 その直後。


 ドォンッ!


 先頭を進んでいた歩兵のすぐそばへ、巨大な鉄球が着弾した。


「ぎゃああああっ!」

「砲撃だ!」

「伏せろ!」


 土煙が舞い上がる。

 兵士たちの悲鳴が響く。

 だが。

 一発ではない。


 ドゴォン!


 ドォン!


 ドゴォォン!


「なんだと!?」


 星のように張り出した土塁。

 その複数の角から。

 大砲が一斉に火を噴いていた。


 一方向ではない。

 斜面を登る我が軍へ。

 右から。

 左から。

 正面から。

 砲弾が交差するように飛び込んでくる。


「十字砲火だと!?」


 あの砦。

 ただ土を盛っただけではない。

 最初から。

 敵を斜面へ誘い込み、複数方向から撃ち込むために作られている。


「大砲まで備えているのか!」


 私は砦の上をにらみつけた。

 火を噴く砲。

 その青銅の砲身。

 鈍い輝き。


「…………待て」


 見覚えがある。


「まさか……」


 私は振り返った。


 後方には。

 我が軍が必死に運んできた、最新の青銅製重砲が並んでいる。

 もう一度、丘を見る。


 同じだ。


 ほとんど同じ形。


「うおのれぇぇぇぇッ!」


 思わず絶叫した。


「ルイ・デ・ヘールッ! 敵にも売りおったかぁぁぁッ!」


 金さえ払えば、誰にでも武器を売る。

 分かっていた。

 分かっていたはずなのだ。


 だが。

 まさか同じ時期に。

 同じ場所で戦う相手へ。

 同じ大砲を売っているとは!


「商人めぇぇぇッ!」


 怒鳴ったところで、砲弾は止まらない。


 ドォン!


 また一発。

 斜面を登る兵の中へ砲弾が突き刺さる。


「怯むな!」


 私は声を張り上げた。


「進め! 砲撃など撃ち続けられるものではない! 土塁へ取り付き、白兵戦へ持ち込め!」


 兵たちが再び進む。

 倒れた仲間を乗り越え。

 砲撃の間を縫い。

 じりじりと。

 斜面を登っていく。


 やがて。


「取り付いたぞ!」

「登れ!」

「壁を越えろ!」


 我が軍の先鋒が、ついに土塁の下へ到達した。


(よし)


 私は拳を握った。

 大砲には死角がある。

 砦へ接近してしまえば、その威力は激減する。

 数ではこちらが勝っている。

 白兵戦なら。


(押し潰せる!)


 そう思った時だった。


「報告! 報告ぅぅぅッ!」


 背後から馬蹄の音が迫ってきた。

 血相を変えた伝令が、馬を飛ばしてやってくる。


「何事だ!」

「て、敵です!」

「敵なら目の前にいる!」


「違います!」


 伝令の顔が青ざめていた。


「側背より、ヘッセン=カッセル軍! 大軍です! 恐らく本軍かと!」

「…………何?」


 私は弾かれたように振り返った。

 冷たい風が吹き抜ける平野。

 その向こうに。

 土煙が立ち上っている。

 赤と銀。

 無数の旗。

 ヘッセンの獅子。


「馬鹿な……」


 騎兵。

 歩兵。

 マスケット兵。

 砲兵。


 カッセル本軍が。

 整然と隊列を組みながら、我が軍の側背へ回り込もうとしていた。


「なぜ……!」


 その瞬間。

 すべてがつながった。

 消えた密偵。

 突然現れた高地の砦。

 そして。

 待ち構えていたカッセル本軍。


「してやられた……!」


 私は歯を食いしばった。

 あの砦は。

 ただ高地を守るためのものではない。

 我が軍を引きつけるための陣地でもあったのだ。


 高地を奪わなければ、カッセルを砲撃できない。

 だから私は兵を丘へ向かわせる。

 分厚い土塁へ取り付くため。

 軍は斜面へ張り付く。

 動けなくなる。


 そこへ。

 カッセル本軍が襲いかかる。


(あの砦は……金床か)


 そして。

 カッセル本軍が、槌。


「私の軍を……挟み潰すつもりか!」


 完璧だった。

 高地を守り。

 敵を引きつけ。

 動きを止め。

 本軍で側背を突く。


 私は。

 まんまと、その中へ飛び込んだ。


(焦ったからだ)


 密偵が消えた。

 高地を取られる。

 そう考え。

 訓練を中止し。

 準備も整わぬまま。

 強引に軍を動かした。


「御前!」


 側近が叫ぶ。


「退却を! 今ならまだ――」

「退却?」


 私は乾いた笑いを漏らした。


「どこへ逃げるというのだ」


 前には。

 大砲を備えた、奇妙な土の砦。

 側背には。

 カッセルの本軍。


 しかも我が軍は二つの高地へ向けて兵を分けてしまっている。

 隊列を立て直す時間などない。


 退路は。

 急速に狭まりつつあった。


 銃声が響く。


 ダァン!

 ダァン!

 ダダダァン!


 兵が倒れる。

 馬が悲鳴を上げる。

 砲弾が大地をえぐる。


 我が軍が。

 じわじわと。

 すり潰されていく。


「…………」


 私は腰の剣へ手を伸ばした。

 長年。

 ヘッセンを統一することだけを考えてきた。

 カッセルを引きずり下ろし。

 我こそが真のヘッセンの主になる。


 そのために。

 密偵を送り。

 弱点を探り。

 国庫を開き。

 大砲を揃えた。


 完璧な情報。

 完璧な戦術。

 圧倒的な火力。

 勝てるはずだった。


「……ここまでか」


 私は剣を抜いた。

 シャキンッ!

 せめて。

 一国の主として。

 逃げ惑い、背中を撃たれて死ぬような無様な真似だけはするまい。


「者ども!」


 軍馬の手綱を握り締める。


「我こそは、ヘッセンの真の主!」


 剣を掲げた。


「ヘッセン=ダルムシュタット方伯なり!」


 残った兵たちが私を見る。


「私に続けぇぇぇぇッ!」

「オオオオオオッ!」


 私は軍馬の腹を蹴った。

 駆ける。

 迫り来るカッセル軍へ。

 赤と銀の獅子の旗へ。

 一直線に。

 その時。

 視界の端に。

 丘の上ではためく、ふざけた旗が見えた。

 土色。

 そして。

 交差する、二本の銀色のスコップ。


(あの旗……!)


 ダァァァァンッ!


 無数の銃声が重なった。


「ぐっ――!」


 体中に。

 熱い衝撃が走る。

 手から剣が落ちた。

 世界が大きく傾く。

 馬の背から転げ落ちた。


 ドサッ。


 頬に触れる。

 冷たい。

 初冬の土。

 鼻をかすめる、硝煙の匂い。

 遠くで。

 兵たちの声が聞こえる。


 だが。

 もう何を言っているのか分からない。


(あの……)


 薄れていく視界の中。

 最後まで見えていたのは。

 丘の上に翻る。

 銀色のスコップ。


(ふざけた……スコップの旗め……)


 それが、私がこの世で最後に抱いた、底知れぬ憎悪と、どうしようもない無念だった。


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