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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第11話 ラーグ式要塞の誕生

【ラーグ視点】


 澄み切った初冬の青空の下。

 ハイリゲンローデ村の周囲には、巨大な幾何学模様が浮かび上がりつつあった。

 俺は、自分の領地となったこの村に星形要塞を作ることにしたのだ。


 カッセルの本屋で買った築城術の本を片手に、毎日村の周囲を歩き回る。

 地形を測量して。

 図面を引いて。

 頭の中に完成形を思い描きながら、『残土』のスキルを使って土砂を吐き出す。


 ただし、土を山のように積み上げるだけでは駄目だ。

 雨が降れば崩れる。

 長い間、風にさらされても崩れる。

 前世の建設現場でも、盛り土をしっかり締め固めるのは大切な工程だった。

 そこで俺は、最近覚えた新しい使い方を試していた。


「よし。ここは少し角度をつけて……『残土』!」


 ズゴゴゴゴゴッ!

 見えない空間から、大量の黒い土が吐き出される。

 ただ積み上がるわけじゃない。

 俺が頭の中で思い描いた形に合わせ、土そのものがギュウッと圧縮されていく。

 そして、ガチガチに締め固められた分厚い土塁となって、地面へ定着した。


(よしよし。うまくいった)


 名付けて――。


(『ちょっと固めに土を盛る』だな)


 我ながら、分かりやすい名前だと思う。

 何日もかけてローラーで押し固めたかのような、恐ろしく硬い盛り土。

 それを何度も何度も繰り返す。

 ズゴゴゴゴッ!


 また一つ。


 ズズズズズッ!


 さらに一つ。


 低く。

 分厚く。

 外側へ向かって鋭く張り出すように。

 やがて村の周囲には、巨大な星を描くような土塁が形作られていった。


「ふう……」


 俺は額の汗を拭った。


「我ながら、いい仕上がりだ」


 目の前にそびえる稜堡(りょうほ)を見上げる。

 高い石壁を立てるのではなく、低く分厚い土塁で砲弾の威力を受け止める。

 さらに、外へ突き出した角から、要塞へ近づく敵を横から攻撃する。


 俺が買った築城術の本に書かれていた考え方を、自分のスキルで作りやすいように少しずつ変えていったものだ。


 後に、この築城法は――。


 『ラーグ式要塞』


 そう呼ばれることになる。

 低く分厚い土塁。

 鋭く張り出した稜堡。

 互いを守るように配置された砲撃地点。


 強固な防衛施設ではあったが、後世の軍事書には一つだけ大きな欠点も記されることになる。


 『構築には、大量の土系魔導士を必要とする』


(そりゃそうだ)


 俺は思わず苦笑した。

 現代の重機すら存在しないこの世界で、これだけの量の土を掘って、運んで、盛って、締め固める。


 普通にやれば、とんでもない人数と時間が必要になる。

 まして俺のように、一人で大量の土を出したり消したりできる人間が何十人もいるわけじゃない。


 俺一人だからこそできる。

 完全に規格外の築城法だった。


◇◆◇


 要塞そのものは、着々と形になっていた。

 だが、一つ大きな問題が残っている。


「大砲がないんだよなぁ……」


 星形要塞の真価を発揮するには、張り出した稜堡へ据え付ける火器が必要だ。

 村には優秀な鍛冶屋がいる。

 車大工もいる。


 だが、さすがに大砲までは作れない。

 どうしたものかと悩んでいた時、旅の商人が興味深い話を教えてくれた。


「ネーデルラントのアムステルダムに、ルイ・デ・ヘールという大商人がおりましてな」

「商人?」

「ええ。なんでも、金さえ払えば大砲でもマスケット銃でも、軍隊一つ分の武器をまとめて揃えてくれるとか」

「へえ……」


 国境を越えて軍需品を売りさばく、大商人らしい。

 つまり。


(金さえあれば、大砲が買えるのか)


 俺は宿舎の隅へ置いてある、重い革袋を思い浮かべた。

 ドラゴン討伐の報酬。

 金貨一万枚。

 その半分である、五千枚が俺の取り分だった。


「どうせ、使い切れないほどあるしな……」


 一生遊んで暮らしても、全部使えるかどうか分からない大金だ。

 だったら、自分の領地を守るために使った方がいい。


「よし。買おう」

「え?」

「大砲」

「……買うんですか?」

「買います」


 俺は即決した。

 こうして、アムステルダムのルイ・デ・ヘールへ使いを出すことになった。

 欲しいのは青銅製の重砲。

 それにマスケット銃。

 騎兵用のピストル。

 火薬と弾丸も必要だ。


(全部揃えば、かなり強い要塞になるぞ)


 要塞そのものが完成し、武器まで届けば。

 ハイリゲンローデは、小さな農村から難攻不落の要塞へと生まれ変わるはずだ。


◇◆◇


 数日後。

 俺は完成に近づいた星形要塞を、上から眺めてみることにした。

 村人に教えてもらった、西側の丘へ向かう。

 冷たい初冬の風が吹き抜け、枯れ草がザワザワと乾いた音を立てていた。


「いやぁ、いい眺めだねぇ! 絶好のピクニック日和じゃないか!」

「風は冷たいですけれど、空気が澄んでいて気持ちいいですわね」


 後ろを振り返る。

 レイラとミラが、大きなバスケットを抱えていた。

 完全にピクニック気分だ。


 村で焼いた黒パン。

 チーズ。

 干し肉。

 そしてワイン。

 護衛に来たのか、宴会しに来たのか分からない。


「お前らなぁ。一応、仕事中というか、俺の護衛中なんだけど」

「固いこと言いなさんな。こんな平和な村の裏山に、魔物なんて出やしないよ」

「ラーグ様も、あちらの切り株に座ってワインでもいかがです?」

「まだ昼だぞ……」


 二人は景色のいい場所に布を広げ、さっそく宴会の準備を始めてしまった。


「まったく……」


 俺は苦笑しながら、丘の端へ歩み寄る。

 そして眼下を見下ろした。


「おお……」


 思わず声が漏れた。

 ハイリゲンローデ村。

 その周囲を、俺が『ちょっと固めに盛った』黒い土塁が取り囲んでいる。


 鋭く外へ張り出した角。

 互いを守るように配置した稜堡。

 上から見ると、それらが見事な星の形を描いていた。

 まるで、大地そのものへ刻み込まれた巨大な模様だ。


「本当に、すごいもの作っちまったな……」


 自分で作ったものなのに、しばらく見入ってしまう。

 それから俺は、さらに遠くへ視線を向けた。

 西の方角。

 丘陵地帯の向こうには、ヘッセン=カッセルの大きな街並みが広がっている。


「ん?」


 その瞬間。

 背筋を、冷たいものが走った。


「ちょっと待て……」


 俺が立っているのは、カッセルを見下ろせる高地だ。

 ここからなら、街の構造が手に取るように分かる。


 分厚い土塁。

 深い堀。

 外へ張り出した稜堡。

 正面から見れば、確かに堅牢だ。


 無理に攻め込めば、大勢の兵が死ぬだろう。

 だが。


 この丘から見ると。


「丸見えじゃないか……」


 城壁の内側。

 市街地。

 兵舎。

 倉庫。


 そして、方伯の居城。

 全部見える。


(おいおい……冗談だろ?)


 俺は目を細めた。


 建設現場の感覚で考えても、高い位置から重要施設を丸見えにされるのは気持ちが悪い。

 まして、ここは戦争のある世界だ。


 もし。


 この丘に重砲を並べられたら。


(城壁を狙う必要すらないぞ……)


 頭の中で、嫌な想像が浮かんだ。


 ドォン!


 高地に並んだ大砲が火を噴く。

 砲弾は城壁を飛び越え、そのまま市街地へ降り注ぐ。


 兵舎。

 倉庫。

 家々。

 方伯の城。


 全部が直接狙われる。


(この丘から、一方的に撃ち下ろされるじゃないか……!)


 城壁をぶち壊す必要すらない。

 要塞の内側へ、頭上から砲弾の雨を降らせればいい。

 そうなれば、カッセルは火の海だ。


「まずいぞ、これ……」


 弱点が。

 モロ出しだった。

 俺が冷や汗を流した、まさにその時。


「そこかい!」

「甘いですわ!」


 背後から鋭い声が飛んだ。


「え?」


 ヒュンッ!

 空気を切り裂く音。

 振り返ると、ピクニックの準備をしていたはずのレイラとミラが、すでに武器を抜いていた。


 二人が同時に斜面の茂みへ飛び込む。

 レイラの剣が、銀色の弧を描いた。

 ミラの双剣が、その脇を黒い影のように走る。


「がっ……!?」


 茂みの奥から短い悲鳴が上がった。

 ドサッ!

 黒い革鎧を着た男が二人、地面へ崩れ落ちる。


「な、なんだ!?」


 俺が慌てて駆け寄った時には、すでに決着していた。

 レイラとミラが刃についた血を払い、剣を鞘へ戻す。


「どうやら、ネズミが紛れ込んでたみたいだねぇ」

「足音を殺して、こちらへ近づいてきましたわ」


 ミラがしゃがみ込み、倒れた男の懐を探る。


「恐らく、どこかの密偵ですわね」

「密偵?」


 俺は眉をひそめた。


「俺たちを狙ってきたのか?」

「さあねぇ」


 レイラは油断なく周囲を見回している。


「アタイらを尾行してたのか。それとも、この辺りの地形を探ってたのか」

「地形……」

「ダルムシュタットの手の者かもしれないねぇ」


 その言葉に、俺の胸がドクンと鳴った。


(地形を探ってた?)


 俺は、もう一度カッセルを見下ろした。

 敵の密偵。

 カッセルを見下ろせる高地。

 そして、あまりにも分かりやすい防衛上の弱点。


 もし敵も。

 この場所の危険性に気づいているとしたら。


「…………」


 急に、さっきまでの澄んだ景色が不気味に見えた。


(このままじゃ、カッセルが危ない)


 俺は振り返る。


「……ピクニックは中止だ。急いで村へ戻るぞ」

「あら。ワインを開けたばかりなのに」

「文句言ってる場合じゃない。すぐ馬を出してくれ」


 二人が俺の顔を見る。

 ただならぬものを感じ取ったのか、今度は何も言わずにうなずいた。

 急いで荷物をまとめる。

 そして俺たちは、丘を駆け下りた。

 胸の中では、嫌な予感がどんどん膨らんでいる。


 早急に。

 ヘッセン=カッセル方伯へ知らせなければならない。


 この高地が持つ危険性を。

 そして。

 カッセルが抱えている――上からの砲撃という、致命的な弱点を。


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