日常魔法ゼミの日常
◆◇◆日常魔法ゼミの助手 エンシルの視点◆◇◆
魔法研究所の廊下は、朝から少し騒がしい。
――バチッ。
遠くから、何かが弾ける音がした。
続いて、誰かの怒鳴り声。
「だから出力を上げろと言っているだろう!」
「上げてます!」
「それでか!?」
私は買ったばかりのパンを抱えて、足を早めて歩く。
今日も、いつも通りだ。
魔法研究所では、毎日のように魔法が使われている。
攻撃魔法
強化魔法
妨害魔法
回復魔法
そして、それらを防ぐ防御魔法
戦うための魔法を研究している研究室は多い。
実際、この世界では魔法といえば、まず戦闘を思い浮かべる人が多い。
私だって、魔法使いになりたかった。
だから魔法を勉強した。
でも――。
「魔力量が足りない」
何度も言われた言葉だ。
魔法を使うには魔力が必要だ。
なら、魔力が少ない私は、魔法使いには向いていない。
それは、あまりにも簡単な話だった。
色々なことを試した。
魔石。
魔道具。
魔法陣。
おかげで、小細工はうまくなった。
けれど、誰もそんな研究をしていなかった。
そして肝心の魔力は、もともとの個人差が大きい。
こればかりは、どうしようもない。
だから私は、この日常魔法ゼミに来た。
研究所の中でも、少し変わった場所。
そして、その研究室の扉には、まだ以前の名残がある。
『防御魔法ゼミ』
その文字の上から、
『日常魔法ゼミ』
と書かれている。
ここはアンス先生のゼミ室だ。
アンス先生はちょっと抜けている。
けど、魔力も多くて、自分のゼミまで開けている。
「……先生はいいな。」
扉を見ながら呟く。
「何が?」
「ひゃっ!」
突然、後ろから声をかけられ振り返る。
そこにはアンス先生が立っていた。
「おはよう、エンシル」
「お、おはようございます……」
「何を見ていたの?」
「いえ……扉を」
「そう」
先生は扉を見て、少し考えて、
「そろそろ書き直そうかな」
「三年目ですけどね」
「そうだね」
先生は特に気にした様子もなく扉を開けた。
「入ろう」
「はい」
研究室の中は、相変わらず散らかっている。
大きさも装丁もバラバラな本。
たくさんあるけど輝かない魔石。
くしゃくしゃの魔法陣の図案。
よく分からない金属片。
切断された、まな板だった木片。
そして、昨日私が作った魔力貯蔵器。
「……先生」
「なに?」
「これ、片付けたほうがいいですか?」
「どれ?」
「全部です」
「研究室だから、これくらいでいいよ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
せめて床の木片だけでも片付けておこう。
このゼミはこういった片付けが多い。
先生はテーブルの上の、小石を見ている。
「これ、昨日の?」
「はい」
私が作った魔石だ。
灰色で楕円形の、親指の先くらいの魔石。
知らない人が見れば普通の小石と思うだろう。
先生はその魔石を手に取る。
「まだ魔力が残ってるね」
「はい」
「少しだけです」
私は魔石を受け取った。
ほんの少しだけ、温かい。
「先生。これを使えば、魔力が少ない人でも、もう少し長く魔法を使えると思うんです」
「うん」
「だから、もう少し容量を増やして……」
「どうして?」
「え?」
「どうして容量を増やしたいの?」
私は少し考えた。
「……たくさん魔力を入れられたほうが、便利だからです」
「なるほど」
先生は頷いた。
「じゃあ、やってみよう」
「はい」
先生はそれ以上何も言わなかった。
私は机に向かう。
小さな魔石を台座に固定する。
魔力を流す。
…少しずつ。
……少しずつ。
魔石の表面が淡く光る。
私は慎重に魔力を送り込んだ。
普通なら、ここで魔力が漏れる。
けれど、これは私の研究の成果だ。
期待通り、魔力が留まる。
…もっと。
……もう少し。
――パチッ。
「わっ」
魔石が弾けた。
「失敗です」
「うん」
「やっぱり、容量が足りません」
先生は弾けた魔石を拾い上げた。
「違うと思う」
「え?」
「容量じゃない」
「でも……」
「もう一度やってみよう」
先生は魔石を新しいものに交換した。
「今度は、さっきの半分でいい」
「半分ですか?」
「うん」
「それだと、ほとんど入りませんよ」
「いいから」
私は言われた通りにする。
魔力を流して、止める。
物足りない。
魔力は中に留まっているが、少しだ。
「……入りました」
「うん」
「でも、これじゃ使える魔力が少なすぎます」
私は魔力を止めた。
先生が魔石を覗き込む。
「今の量、覚えてる?」
「……だいたいなら」
「だいたいじゃなくて、覚えて」
「え?」
先生は違う魔石を拾ってきた。
「もう一度、同じ量を入れてみて」
言われた通りに魔力を流す。
止める。
「……同じくらいです」
「そうだね」
先生は魔石を手に取った。
そして、じっと見ている。
「先生?」
「面白いね」
「何がですか?」
「いや」
先生は2つの魔石を机に置いた。
「まだ分からない」
「……?」
「もう一度やろう」
私は首を傾げた。
先生はいつもこうだ。
夢中になっていると、何も教えてくれない。
でも、不思議と嫌ではなかった。
先生と研究をしていると、自分が知らなかったことに気づける。
それが、少し楽しい。
「エンシル」
「はい」
「お昼にしようか」
「あ、パンを買ってありますよ」
「昨日のパン?」
「違います!」
「さすがにね」
「先生、私を何だと思ってるんですか」
「研究に夢中になると昼食を忘れる人」
「先生もですよね」
「僕は研究してるから」
「私も研究してます」
「じゃあ同じだね」
「……そういうことにしておきますね」
私はパンを取り出した。
先生はパンをかじりながら
机の上の紙をあさって、何か考えている。
ふと、その手が止まった。
「エンシル」
「はい?」
「さっきの魔石だけど」
「はい」
「明日までに、もう少し作ってくれる?」
「同じものをですか?」
「ううん」
先生は少し考えてから言った。
「同じ量の魔力を、できるだけ小さな魔石に入れてみて。」
「……分かりました」
「それが明日の宿題」
先生はそう言って、いつものように笑った。




