私だって魔法使い
◆◇◆日常魔法ゼミの助手エンシルの視点◆◇◆
翌朝。
私は研究室の机に、いくつもの魔石を並べていた。
『同じ量の魔力を、できるだけ小さな魔石に入れる』
この謎の宿題を、朝からずっと試している。
「……これくらいかな」
小さな魔石に魔力を流す。
…少しずつ。
魔力が魔石の中に入っていく。
そして、止める。
「……同じかな。」
昨日よりも小さい。
けれど、これ以上は難しい。
魔石の表面が、少し震えている。
「つかれたー」
私はため息をついた。
魔力量が少ない。
それは昔から変わらない。
だから私は、少ない魔力をどう使うかばかり考えてきた。
魔石に入れる。
魔法陣を使う。
道具に魔力を込める。
そうやって少しでも無駄を減らす。
そうしているうちに、私は魔法の「小細工」ばかり上手くなった。
憧れていた魔法使いとは違うけど……
「……私だって、一応は魔法使いなんだけどな」
助手とは言えど、研究所に所属している。
なら、魔法使いと呼べなくもない。
もう一度魔石を見る。
中に入っているのは、ほんの少しの魔力。
これだけでは、攻撃魔法を一発撃つこともできない。
「……やっぱり、少ないな」
「何が?」
「ひゃっ!」
まただ。
振り返ると、先生が立っている。
「おはよう、エンシル」
「お、おはようございます……」
「何をしてるの?」
「昨日の宿題です」
私は机の上に並べた魔石を指差した。
「同じ量の魔力を、できるだけ小さな魔石に入れるんですよね」
「うん」
「これが今のところ一番小さいです」
先生は魔石を手に取った。
「へえ」
「……小さいですよね?」
「うん」
「これ以上は、ちょっと……」
「じゃあ、やってみよう」
「え?」
先生は別の魔石を取り出した。
私が使っていたものより、さらに小さい。
「これに入れてみて」
「こんなに小さいのに?」
「うん」
「無理ですよ」
「どうして?」
「だって、容量が……」
先生は首を傾げた。
「本当に?」
「……え?」
「昨日も言ったけど、容量じゃないと思う」
先生は魔石を机の上に置いた。
「やってみて」
「……分かりました」
私は小さな魔石を台座に固定する。
魔力を流す。
少しずつ。
慎重に。
魔力を畳むように魔石の中に込めていく。
……入った。
私は少し驚いた。
「……入ってます」
「うん」
試しに、もう少し魔力を送る。
魔石が淡く光る。
けれど、昨日のように弾ける気配はない。
「まだ入るね」
「……はい」
もう少し魔力を流す。
…少しずつ。
……慎重に。
やがて、昨日と同じくらいの量になった。
「……昨日と同じくらいです」
私は魔力を止めた。
先生が魔石を覗き込む。
「どう?」
「……入りました」
「うん」
私は魔石を持ち上げた。
昨日よりずっと小さい魔石。
「どうして?」
先生は私の手元を見ている。
「同じくらい入ってるね」
「……はい」
「じゃあ、もう一個」
「え?」
先生はさらに小さな魔石を取り出した。
「先生」
「うん」
「これ、魔石というより……砂粒ですよ」
「そうだね」
「こんなのに入るんですか?」
「やってみよう」
「……はい」
私は魔石を見失わないように、羊皮紙に乗せる。
魔力を流す。
ほんの少し。
慎重に、少し流す。
流れを調整して、もう少し押し込む。
魔力は確かに中へ入っていく。
昨日からずっと小さい魔石ばっかり相手にしてきた。
だからか、手応えを感じるようになっていた。
「……入った」
「うん」
…もう少し。
……さらに少し。
魔力は漏れない。
弾けない。
私は、無意識に息を止めていた。
「……まだ入ります」
「そうだね」
そこで先生が、私の手を止めた。
「もういいよ」
「え?」
「今ので十分」
「でも、もっと入ります」
先生は小さな魔石を覗き込む。
「エンシル」
「はい」
「昨日、魔石に魔力を入れたとき、どうやってる?」
「……どうやって?」
「うん」
「普通に、魔力を流して……」
「そのあと?」
「魔石に入れて……」
「どうやって留めてる?」
「たくさん魔力を入れます。」
「それだけじゃそんなに留まらない。」
私は魔石を見た。
確かに、大きな魔石なら留めやすい。
でも今、この砂粒に魔力が留まっている。
「じゃあ……どうして……」
「それを聞いてる」
先生は微笑んだトーンで会話してくれる。
「どうやってるの?」
「……分かりません」
「じゃあ、もう一度やってみよう」
「はい」
新しい魔石を置く。
魔力を流す。
私は自分の手元をじっと見た。
魔力が流れる。
中へ入る。
そして――
留まる。
「……」
私は、魔力の流れを追った。
流し込むだけではない。
押し込んでいるわけでもない。
魔石の中に入った魔力が、外へ逃げようとする。
私は、それを畳むように、向きを変えて、刻んでいる。
いや。
「……形を整えてる?」
「そう」
先生が答えた。
「たぶんね」
「たぶん……?」
「僕にもまだ分からない」
先生は少し考えてから続けた。
「でも、エンシルは魔力を魔石の中に入れるのが上手い」
「……」
「いや」
先生は言い直した。
「魔力を、そこに留めるのが上手い」
私は魔石を見る。
灰色の、小さな魔石。
私が今まで何度も魔力を込めてきたもの。
魔力量が少ないから。
魔法をうまく使えないから。
仕方なく身につけた、小さな技術。
「才能かもね」
「え?」
先生はあっさり言った。
「少なくとも、僕にはできない」
「……先生にも?」
「僕だって、これほど上手くはできないよ。」
私は思わず先生を見る。
先生は研究所でも有名な魔法使い。
変人として扱われているというだけではない。
魔力の多さや知識も評価されている。
ゼミを持つ研究者でもある。
そんな先生が。
「でも……」
私は魔石を握った。
「これは、言わば小細工で……」
「魔法だよ」
先生はそう言った。
「ちゃんと」
「……」
「魔力が少ないからって、魔法じゃなくなるわけじゃない」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
私はずっと、魔法使いになりたかった。
でも、自分には魔力がない。
だから。
私は魔法使いの端くれだと思っていた。
魔法を使える人たちの隣で。
小さな道具を作って。
魔法を補助する。
それくらいしかできない。
そう思っていた。
でも。
私がずっと続けてきたことも。
魔法だった。
「……先生」
「なに?」
「私、もっと試してみたいです」
「うん」
「もっと小さい魔石にも入れられるかもしれない」
「うん」
「魔石じゃなくても、できるかもしれません」
「そうだね」
「だったら……」
私は自分の手を見る。
「私だって……」
言葉が止まった。
先生は何も言わない。
ただ、待っている。
「……私だって、魔法使いでいいんですよね」
「もちろん」
私の中の、自分でもそう思い始めていた部分
それが、先生の言葉で包まれているようだった。
先生は笑った。
「じゃあ、次にいこう」
そのとき。
研究室の扉が開いた。
「おはようございます!」
「おはようございまーす」
入ってきたのは、二人の生徒だった。
「おはよう、ナリア、ウォンド」
「はい!」
「よろしくお願いしまーす」
二人はそれぞれ机に荷物を置く。
ナリア・コインエッジ。
ウォンド・ウィンドパス。
このゼミの生徒だ。
「エンシルさん、何してるんですか?」
ナリアが私の手元を覗き込む。
「ああ、これ?」
私は小さな魔石を見せた。
「ちょっと実験してたの」
「ほぼ砂粒ですね」
「うん」
「これも魔石ですか?」
「うん」
「……それだけです?」
「それだけ」
ナリアは首を傾げた。
「変なの」
「そうかな?」
私は笑った。
昨日までなら、恥ずかしかったかもしれない。
でも、今日は違う。
「不思議でしょ」
そう言って、私は魔石を机に置いた。
先生が、いつものように笑っている。
そして。
今日のゼミが始まった。




