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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第99話 数字の力

 


 その日の午後、監査使一行は領主館の会議室へ通された。


 広い部屋ではない。

 暖炉も一つ。

 窓際は少し冷える。


 だが机の上には、見せたい紙ではなく、見せるしかない紙が並んでいた。


 旧名簿。

 新表。

 配給控え。

 倉庫搬出記録。

 北門襲撃報告。

 鍋場の受領札。

 人員配置表。


 派手さのない束だ。

 でも、フェルドが今どう回っているかは、この束にしかない。


 アルノーが席につく。

 年配文官も、その後ろの書記官たちも続く。


 レオンは立ったまま口を開いた。


「午前中の現場で見てもらった通り、今のフェルドは余裕がない」

「だから今日は、“何がどれだけましになったか”だけ出す」


 年配文官が少し鼻を鳴らした。


「都合の良い数字だけでなく?」


「全部出す」

 とレオンは言った。

「足りてない数字も含めて」


 そこでセリスが、最初の束を前へ滑らせる。


「配給です」

「雪前の記録では、領都外への定期到達は十八村中六村」

「到達していても、量のばらつきが大きく、未着扱い同然の村が三つあります」


 レオンは次の紙を示した。


「今は十八村中十五村へ定期便を維持してる」

「ただし十分量じゃない。優先配分のままだ」

「残り三村は雪路の都合で毎回ではない」


 不足を先に言う。

 ごまかしはない。


 アルノーの視線が紙へ落ちる。


「領都内の救済は」

 と彼が聞いた。


 マルタが前へ出た。


「鍋場二か所」

「通常日は一日平均二百四十七食」

「吹雪の日は減りますが、それでも百八十は切らせていません」

「前は固定の鍋場自体、ありませんでした」


「数の根拠は」

 と年配文官。


 マルタは即座に木札箱を出した。

「受領札です。欠けもありますが、鍋の減りと器の返りで補正してます」

「誤差は出ます。でも、ゼロよりはるかにましです」


「ずいぶん自信がおありだ」

 年配文官が言う。


「飢える数え方よりはね」

 マルタは淡々と返した。


 空気が少しだけ張ったが、レオンはそのまま次へ進めた。


「治安」

 ドルクが記録板を置く。

「北門から谷口関まで、前月後半の襲撃確認は七」

「密輸路摘発と関所整理の後、今月は一」

「ゼロじゃない。だが隊商は戻り始めてる」


「内通線を切ったのが大きいです」

 フィアナが補う。

「通行札の流出、旧関所道の受け場、山側の補給線」

「この三つが繋がっていた時期と、今の記録を見比べてください」


 セリスが別の表を出す。


「こちらが偽造通行札の押収記録と、関所勤務表です」

「“偶然抜けた番号”が消えた時期と、襲撃減少の時期が一致します」


 アルノーはそこで初めて、背もたれへ深く寄りかからなくなった。

 紙をめくる速度が変わる。


「会計は」

 と彼が言う。


 レオンが一枚の表へ指を置いた。


「完全には戻ってない」

「でも、“どこで漏れてるか不明”な金と物はかなり減った」


 ヘルマンが低い声で言う。


「前は倉から出た物の行き先が、紙の上で消えておりました」

「今は少なくとも、消えたなら消えたと記録に残る」

「誤魔化しと不足は、似ておって違います」


 レオンは頷いた。


「今のフェルドは、足りない」

「でも、足りない場所は分かる」

「前はそこが分からなかった」


 それが一番大きいのだと、彼は思っていた。


 足りないこと自体は苦しい。

 でも、どこが足りないか分からない領地は、もっと早く死ぬ。


 アルノーが紙を閉じる。


「……見せ方としては上手いですね」

「混乱の最中から、立て直しの途中へ視点を移している」


「途中だから見せた」

 レオンは答えた。

「終わったふりをしたら嘘になる」


「しかし」

 年配文官が口を挟む。

「これは非常時の強権運営とも取れます」

「名簿の引き直し、配給の優先、門の管理、関所の整理」

「ベルクライン令嬢へ実務が寄りすぎているのでは」


 そこだった。


 フィアナは視線を上げる。

 怒ってはいない。

 ただ、準備していた顔だった。


「寄せたのではなく、集め直したのです」

 彼女は言う。

「前のまま分散していれば、途中で抜かれ、二重に請求され、届くべきところへ届きません」

「現状で切り分けるには、まず流れを見える形へ戻す必要がありました」


「ですが、一人に集中すれば」

 年配文官が続ける。


「集中していません」

 フィアナはすぐ返した。

「鍋場はマルタ、門と巡回はドルク、記録はヘルマン、新表の聞き取りは各村担当を置いています」

「私がしているのは、切れないよう繋いでいるだけです」


 その言葉のあとに、セリスが静かに一枚の一覧を差し出した。


「現行の担当表です」

「前月時点の実務集中と比較していただければ、むしろ分散の方が進んでおります」


 年配文官は紙を取ったが、すぐには言葉が出なかった。


 アルノーが代わりに聞く。


「では殿下」

「この改善は、いつまで持つと見ていますか」


 良い問いだと思った。

 認めたくない側でも、そこは外せない。


 レオンは少し考えてから答えた。


「今のままなら、持たない」

 会議室が静かになる。

「だから買付と路の維持と名簿の修正を並行してる」

「足りないから鍋を回し、足りないから門を止め、足りないから人数を把握し直す」

「要するに、持たせる途中だ」


 アルノーはその答えを、今度は否定しなかった。


 華やかな勝利ではない。

 完全再建でもない。


 でも、虚勢ではない。

 それだけは紙をめくるほど分かる。


 午後の光が少し傾いた頃、アルノーは最後に言った。


「明日、領民側にも少し聞きます」

「役所だけでは足りませんので」


「分かった」

 レオンは頷いた。

「その方がいい」


 言ってから、年配文官の顔が少しだけ曇るのが見えた。

 あまり行きたくないのだろう。

 現場の声は、都合よく整えにくい。


 会議が終わり、監査使一行が退室していく。


 最後尾の若い書記官だけが、一度振り返って机の上の束を見た。


 紙は多い。

 数字も多い。

 だがそこで語っているのは、派手な成功ではなく、前より死ににくくなったという種類の変化だった。


 それを、王都はどう読むのだろうか。


 彼自身、まだ分からないままだった。


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