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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第90話 言えなかった過去

 

 フィアナは、手元の紙を見た瞬間にそれと分かった。


 王都から送られてきた写し。

 忠告のふりをした噂。

 心配の形をした侮辱。


 捨てたつもりはない。

 だが、見返したいものでもなかった。


「どこで」

 と彼女は短く聞いた。


「文書箱の整理で出た」

 とレオンが答える。

「勝手に開いた。悪い」


「……いえ」

 フィアナは首を振った。

「隠していたわけではありませんから」


 それは半分本当で、半分嘘だった。


 隠してはいない。

 でも、自分から見せることもなかった。

 それだけだ。


 二人はそのまま実務室の隣の小部屋へ入った。

 応接用というより、短い打ち合わせに使う狭い部屋だ。

 暖炉は小さく、窓も高い。


 レオンは椅子へ座らず、机の端に紙を置いた。


「聞いてもいいか」


 フィアナは少しだけ目を伏せる。


「今さらです」


「今だからだ」

 とレオンは言った。

「次の王都便が来る前に、こっちでも揃えておきたい」


 仕事の言い方だ、と彼女は思った。

 その言い方に逃げ道を作られていることも分かる。


 話したくないなら、それでもいい。

 でも、話すなら今だと。


 フィアナはゆっくり息を吐いた。


「……最初から、悪く言われていたわけではありません」


 そう口にすると、思ったより声は平らだった。


「父が倒れる前までは、私はただの辺境伯令嬢でした」

「王都では目立たず、婚約話も、まあ普通に進んでいました」


「普通に?」


「家同士の都合としては、です」

 彼女は少しだけ口元を固くした。

「好かれていた、という意味ではありません」


 それはそうだろう。

 王都の婚約話に、本人の感情が先に来ることは少ない。


「父が崩れてから、領地の書類が全部こちらへ寄りました」

「最初はフェルドの中だけで済ませるつもりでしたが、冬前の補給と税の話は、王都と切れません」

「結局、私が行くしかなくなりました」


 王都。

 交渉の席。

 まだ若い令嬢が、一人で。


 レオンは何も挟まず聞いた。


「最初の席は財務院筋でした」

 フィアナは続ける。

「不作年だからこそ、追加の納付は難しいと伝えました」

「ですが向こうは、“王都も余裕がない”“各領が痛みを分けるべきだ”と」


「実際は?」


「フェルドに押しやすかっただけです」

 即答だった。

「遠い。弱い。父が出てこない」

「しかも私が代わりに座っている」


 それだけ条件が揃えば、王都の役人や貴族がどう見るかは想像がつく。


 軽く見られる。

 試される。

 断れば、生意気だと言われる。


 フィアナは暖炉の火を見たまま言う。


「最初の頃は、私もまだ言い方を選んでいました」

「ですが何度行っても、向こうは“令嬢に数字が分かるのか”という顔しかしない」

「それで、だんだん言い方を削りました」


「削った?」


「飾りを減らした、ということです」

 彼女は淡く言った。

「回りくどく言っても、肝心の部分だけ聞かれませんから」


 なるほど、とレオンは思う。


 この人の短さは、もともとの性格だけじゃない。

 遠回しにしても踏まれ続けたから、必要なことだけ残ったのだ。


「その頃から噂が増えた?」

 と彼は聞く。


「ええ」

 フィアナは頷く。

「一度、補給の席で兵站局の男爵へ、はっきり“無理です”と申し上げました」

「フェルドの備蓄を今出せば、冬の終わりに村が崩れると」


「正しい」


「王都では、可愛げがないと言われました」


 その一言が、妙に静かに刺さった。


 正しいかどうかではない。

 従いやすいかどうか。

 感じよく引くかどうか。


 王都が見ていたのは、そこだったのだろう。


「婚約先の家も、同じでした」

 フィアナは机の上の紙へ視線を落とす。

「辺境伯家が苦しいなら、なおさら王都側へ寄るべきだと」

「嫁ぐ前から、口の利き方と立ち位置を覚えるようにと言われました」


 レオンは眉を寄せた。


「それで?」


「覚える気がないと返しました」


 小さく、でも確かに冷たい返事だった。

 そして同時に、ひどく彼女らしかった。


「……嫌われるな、それは」


「ええ」

 フィアナは否定しない。

「ですから、そこからは早かったです」


 強情。

 冷たい。

 協調性がない。

 家のためにしか動かない令嬢。


 王都の席で便利な言葉は、すぐ広がる。


 フィアナはそこで一度、言葉を切った。

 まだ先がある。

 でもそこから先が、本当に言いたくなかった部分なのだと分かった。


 レオンは急かさなかった。


 暖炉の火が少し崩れる。

 小さな音がして、赤い火が奥へ落ちた。


 しばらくして、フィアナが低く言う。


「ですが、それだけならまだ良かったのです」


 レオンは顔を上げる。


 フィアナの指先は、机の端で静かに止まっていた。


 王都で疎まれた。

 貴族に嫌われた。

 婚約話が冷えた。


 そこまでは、彼にももう見えている。


 でも彼女がいちばん言いにくいのは、その先だ。


 領地を守るために、彼女自身が何を切ったのか。

 どこまで嫌われる側へ立ったのか。


 それはまだ、言葉になっていなかった。


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