第75話 治安再編
午後の会議は、いつもの実務室では収まりきらなかった。
地図を広げるため、古い食堂の長机が使われる。
そこへ集まったのは、ドルク、カイル、フィアナ、セリス、ヘルマン、マルタ。
さらに、領都近くの三つの村から代表も呼んだ。
兵だけで決める話ではない。
道の先で最初に異変を見るのは、たいてい村だからだ。
長机の中央に、フェルドの北道一帯の地図が広がる。
北門。
谷口関。
旧関所道。
伐採小屋。
山中の倉。
そして、その先の村々。
レオンは地図の端に手を置いた。
「盗賊を切っただけじゃ足りない」
誰も口を挟まない。
「今まで抜かれたのは、道が一本で、見る目が少なくて、門の中と外が切れてたからだ」
「だから組み直す」
ドルクが頷く。
「巡回の間隔を詰めますか」
「詰める」
レオンは答える。
「ただし長い巡回を減らす」
カイルが少し首をかしげた。
「減らす?」
「今までみたいに、大きく回る班を一つ置くと、空白が長い」
レオンは地図に線を引く。
「短い区間ごとに切る」
「北門から伐採小屋まで」
「伐採小屋から谷口関まで」
「谷口関から村口まで」
「それぞれを短い往復にする」
ヘルマンがぼそりと呟く。
「長く見回るのでなく、受け渡しみたいに回すわけですな」
「そうだ」
前世の配送表を思い出す。
全部を一人で抱えさせると、どこかで止まる。
区間で切れば、遅れも異常も見えやすい。
ドルクは地図を見ながら、少しずつ表情を変えた。
「兵の腕は要りますが、距離は持ちますね」
「その代わり、村にも目を借りる」
レオンは村代表を見る。
三人とも、すぐには頷かなかった。
当然だ。
今まで信用できなかった領主側から、見張れと言われているのだから。
最初に口を開いたのは、ラムゼ村の老人だった。
「見張れと言われましてもな」
「賊とやり合う力はございません」
「やり合えとは言わない」
レオンは答える。
「見たら伝えろ」
「誰に」
「近い巡回班へ」
フィアナがすぐ引き取る。
「村ごとに連絡役を一人置きます」
「合図の布、夜は灯り、雪の日は木札」
「決めた形だけで十分です」
老人は腕を組んだまま動かない。
別の村代表が低く言う。
「今までだって、言っても動かなかった」
部屋が少し冷えた。
事実だからだ。
反論のしようがない。
フィアナはその視線を受け止めたまま言った。
「だから今、門と巡回を先に組み直しています」
「伝えても無駄だった前の形へ戻すつもりはありません」
「言葉だけなら何とでも」
「でしたら条件を付けてください」
フィアナは即座に返す。
「村が目を貸す代わりに、こちらも返すものを決めます」
レオンが横を見る。
彼女はもう、その場の空気を実務へ変えに行っていた。
「連絡役を出す村には」
フィアナは続ける。
「塩と火油の配分を優先します」
「巡回表も先に渡す」
「来るはずの班が来なければ、それ自体を異常として扱う」
老人の表情が少しだけ変わる。
負担だけではない。
返りがある。
そして、来るはずのものが来るかどうかを村側も測れる。
セリスが乾いた声で補う。
「要するに、村を見張り台として使うのではなく、流れの一部に入れるということです」
「難しく言うな」
とレオン。
「簡単に言うと?」
とカイルが聞く。
「今まで領主側だけで抱えて、抱えきれずに抜かれていた」
レオンは答えた。
「だから最初から、道にいる人間を仕組みに入れる」
それでようやく、村代表たちの顔から露骨な拒絶が少し薄れた。
ドルクが次の紙を広げる。
「通行の方はどうします」
「札を変える」
レオンは言う。
「古い様式は全部切る」
「今日から三日だけ、仮札を出す」
ヘルマンが目を細める。
「三日だけ?」
「長くするとまた真似される」
セリスが答えた。
「短い方が、流した札の価値がすぐ死にます」
「その三日で、新しい控え様式を作る」
レオンは続ける。
「門だけで終わらせない」
「倉の控えと巡回の控え、両方に印を残す」
マルタがすぐに反応した。
「第三倉でも受けを切るんですね」
「そう」
レオンは頷く。
「門を通っただけじゃ終わりにしない」
「倉に着くまでが一本の記録だ」
ドルクが低く唸る。
「やることが増えますな」
「増える」
「人は足りませんぞ」
とヘルマン。
「だから減らす場所も決める」
レオンは残党狩りの報告紙を机の端へよけた。
「山の奥まで広く追うのは今日で終わりだ」
「主線は切った」
「明日からは、荷の通る道を守る方へ兵を回す」
カイルが少し驚く。
「逃げた残りは」
「雪前に勝手な動きはしにくい」
ドルクが先に言った。
「飯を切られたまま山に残る方がきつい」
レオンは頷いた。
「今、優先するのは一人でも多く斬ることじゃない」
「荷が通る実感を作ることだ」
フィアナがそれを受ける。
「村側との調整は私がやります」
「ただし、今日中に全ては無理です」
「分かってる」
「では、まず北道の三村から」
彼女は地図に印を置いた。
「ここが通れば、次の便が届く」
次の便。
それがこの会議の中心だった。
戦の話をしているようで、欲しいのは結局そこだ。
届くべきものが届くこと。
それが戻らない限り、昨夜の勝ちにも意味が薄い。
会議は夕方まで続いた。
巡回区間。
連絡役。
仮札の様式。
受領の印。
夜間閉門の刻限。
雪の日の例外。
どれも地味だ。
でも一つ欠ければ、また抜かれる。
最後に、全員が疲れた顔で立ち上がった頃には、長机の上に新しい線が何本も引かれていた。
完璧ではない。
綺麗でもない。
でも、昨日まで何もなかった場所に、ようやく回すための形ができている。
その時、扉の外で兵たちの声が少しだけ大きくなった。
荒い。
張っている。
ドルクが眉を寄せる。
「……来ましたな」
「何が」
とカイル。
ドルクは短く答えた。
「血の話です」
会議が終わり、現実が別の顔で戻ってきた。
盗賊の首。
見せしめ。
吊るすかどうか。
戦の後には、必ずそっちの声が出る。
そして今夜は、それを無視して終われる空気でもなかった。
レオンは机の上の新しい巡回図を見たあと、扉の方へ向き直った。
せっかく道を組み直しても、ここで恐怖だけを置けばまた歪む。
だから次に決めるべきなのは、罰の重さより、この領地をどう静かにするかだった。




