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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第74話 関所の名簿

 


 昼前には、実務室の机が紙で埋まった。


 関所の勤務記録。

 通行札の控え。

 押収した荷札。

 倉から出た刻限表。

 そして、ヘルマンが倉庫から引っ張り出してきた古い様式帳。


 レオンは机の端に肘をつき、紙の山を見た。


 戦の翌日らしい光景ではない。

 でも、フェルドで欲しいのは武勇譚よりこの山の方だった。


「新しい記録はこっちです」

 とセリス。


「旧関所時代の様式はこっち」

 とヘルマン。


「押収した通行札と荷札は私が見ます」

 フィアナが座る。

「印の削り方に癖があります」


 マルタも控え板を抱えて立っていた。


「第三倉の搬出控え、残ってる分を持ってきました」

「量は少ないですが、袋数だけなら合わせられます」


 役割が揃う。

 それだけで、部屋の空気が少し締まった。


 レオンは一枚目の名簿を開く。


 北門。

 谷口関。

 旧関所道の見回り当番。

 ここ一月分。


 一見すると、普通だ。

 交代もある。

 穴も埋めてある。

 だからこそ嫌な感じがした。


「綺麗すぎる」

 と彼は言う。


 ヘルマンが鼻を鳴らす。


「綺麗な帳面は、大抵、誰かが手を入れております」


「名言みたいに言うな」


「実務の老人は、だいたいそういうものでして」


 レオンは北門の記録と、押収した通行札を並べた。


 同じ日付。

 同じ刻限。

 でも札番号の並びが一部飛んでいる。


「ここだ」


 セリスが横から覗き込む。


「三枚抜けていますね」


「抜けたまま、控えだけ残ってる」

 レオンは指でなぞる。

「再利用されたか、外へ流れたか」


「そして、その日に北門へ入っているのが」

 フィアナが別紙を見た。

「イェルクの息がかかった古参二人です」


 名前はすぐ出た。

 イェルク本人。

 門番の古参、バスロ。

 書記補のミケル。


 どれも、以前から空気の悪かった名前だ。

 でも名前が悪いだけでは切れない。

 今必要なのは、線だった。


「押収した袋の印は」

 とレオン。


 マルタが袋札を広げる。


「フェルド第三倉の印を削った跡が三つ」

「上から別の印が押されてます」


「どこの」


 マルタは少しだけ迷い、フィアナを見た。


 フィアナが受け取って、すぐ答える。


「境界向こうです」

「隣領の小商会印」


「名前までは?」

 とセリス。


「今の時点では断定しません」

 フィアナは首を振った。

「ただ、少なくともフェルド内ではありません」


 それで十分だった。


 領地の荷が、関所を抜け、山で積み替えられ、境界向こうの商印へ変わる。

 もう偶然ではない。


 ヘルマンが古い様式帳をぱらぱらめくる。


「面白いですな」


「どこが」

 とレオン。


「この通行札、紙そのものは古い正規札の残りを使っておる」

 老人は紙の端を示した。

「以前、様式変更の前に倉でまとめて保管した分です」


 セリスの目が細くなる。


「保管場所は?」


「北門脇の文書箱でしたな」


 それで繋がった。


 正規の紙。

 古い様式。

 一部だけ番号が飛ぶ。

 門の古参。

 山の倉。


 レオンは息を吐いた。


「抜いただけじゃない」

「最初から流す前提で持ち出してる」


 フィアナが別の紙を差し出す。


「こちらも」


 刻限表の裏。

 薄く走り書きがある。


 北二。

 夕刻。

 塩六。

 布四。

 受け、境界前。


「荷目だけか」


「ええ。でも倉の残数と合います」

 フィアナは答える。

「つまり、抜いた荷はばら売りではなく、先に割り当てられていた」


「受け先が決まってる」

 とセリス。


「じゃあ領都の有力商人もまだ繋がってるな」

 レオンが言う。

「前に倉を隠した連中の線が、全部切れてない」


 マルタが控え板を見ながら頷いた。


「第三倉の塩袋、最近また減り方がおかしかったんです」

「前より少しだけ、でも帳面と合わない日が続いてて」


「言わなかったのか」

 とドルクが聞く。


「確証がなかったので」

 マルタは眉を寄せる。

「前に大きくやったばかりでしたし、また同じことを言って違ったらと思って」


 レオンは首を振った。


「確証がない時に出る違和感の方が大事なこともある」


 マルタは少し驚いた顔をした。

 それから小さく頭を下げる。


 部屋の空気がまた動く。


 もう十分だった。

 全部の黒幕は見えない。

 でも、切れるだけの線は出た。


 イェルクたち旧関所組。

 抜けた札。

 山中の中継倉。

 境界向こうの商印。

 領都側の残り火。


「押さえる」

 とレオンは言った。


 ドルクがすぐ反応する。


「北門ですか」


「北門と谷口関」

 レオンは答える。

「それと文書箱」

「出入りを止めすぎるな。正規便まで死ぬ」


「加減が難しいですな」

 とヘルマン。


「知ってる」


 全部止めれば楽だ。

 でも、それをやればこちらも飢える。

 必要なのは封鎖じゃない。

 通すべきものだけ通す形へ切り替えることだ。


 フィアナが静かに言う。


「では、拘束は限定で」

「イェルク、古参二人、書記補一人」

「まずはそこからでしょう」


 セリスが続ける。


「関与の薄い下役まで広く掴むと、逆に穴が開きます」


「そうだな」

 レオンは頷く。

「今欲しいのは見せしめの数じゃない」

「門が機能する形だ」


 ドルクが腕を組んだまま聞く。


「兵は足りますか」


 足りない。

 それは全員分かっていた。


 今いる兵で拘束も捜索も巡回もやれば、どこかが薄くなる。

 そして薄くなったところから、また抜かれる。


 レオンは机の紙を見下ろした。


「……足りないなら、足りない前提で回す」


 フィアナが顔を上げる。


「何を考えていますか」


「残党狩りだけで終わらせない」

 レオンは言う。

「巡回路、通行の切り方、村ごとの見張り」

「全部組み直す」


 ドルクが眉をひそめた。


「一気にやりますか」


「今しかない」


 戦の直後は、人も空気もまだ動く。

 そこで形を入れないと、また古い流れへ戻る。


 セリスが紙束を整えながら言う。


「では、次は治安そのものの再編ですね」


「そうなる」

 とレオンは答えた。


 その時、扉の外で兵が一礼した。


「北門の拘束、終わりました」


 早い。


 でも、それで終わりじゃない。

 むしろここからだった。


 レオンは立ち上がる。


 門を押さえた。

 名簿も揃った。

 次は、抜かれない仕組みを先に置く番だ。


 さもないと、今日の捕縛も明日の穴になる。


 机の上には、まだ紙が山のように残っていた。

 そして、その山の向こうに、これから組み直すべき道が見え始めていた。



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