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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第71話 崩れる山賊団

 


 ヴォルフと呼ばれた男が姿を見せてから、倉の崩れ方はさらに速くなった。


 前へ出る者。

 後ろへ逃げる者。

 中で喚く者。

 急に黙る者。


 全部が揃っていた。


 レオンは前面へ兵を寄せすぎないよう、何度も指示を飛ばした。


「扉の正面に立つな」

「左右へ散れ」

「逃げる先だけ見ろ」


 倉の中に残っている人数は、もう最初より少ない。

 だが少ないから楽になるわけでもない。


 少人数の方が、切り捨てる判断は早い。


 その時、裏手から合図が上がった。


 二度。

 短く。


 フィアナがすぐ反応する。


「右下です」


 さっき見ていた獣道だ。


「正面は囮か」

 とレオン。


「おそらく」

 フィアナは斜面を見ながら言う。

「ここを知っている者なら、最後は尾根道ではなく沢筋へ落ちます」

「尾根は見通しが良すぎる」

「追われる側には不向きです」


 前面では、ちょうど別の動きが起きていた。

 倉の扉から二人が飛び出し、槍の前でそのまま武器を捨てたのだ。


「降る! 降る!」

「こっちは雇われただけだ!」


 一人は本気で怯えている。

 もう一人は、まだ周囲を見ている。


 レオンは兵にだけ告げる。


「縛れ」

「殺すな」


 それで十分だった。


 今、前で降る者が出れば、中の連中はさらに割れる。


 案の定、倉の奥から怒声が飛んだ。


「裏切るな!」

「誰が金を払うと思って――」


 最後まで言い切れなかった。

 別の音が重なったからだ。

 棚でも倒したのか、重い響きが倉の中で転がる。


 ドルクが低く言う。


「殿下、行きます」

「右下を追えば、首領格に当たる」


 レオンはフィアナを見る。


 彼女は暗がりの斜面を見たまま、わずかに首を振った。


「そのまま追うと外されます」

「沢へ落ちたように見せて、途中で炭焼き道へ折れるはずです」


「根拠は」


「右下の獣道は、冬前の雨で一度崩れています」

「荷を持たないなら通れますが、二人以上では遅い」

「現場慣れしているなら、途中で捨てます」

「その先の炭焼き道なら、谷沿いへ抜けられる」


 早い。

 迷いがない。


 レオンは即座に決めた。


「カイル」

「お前は炭焼き道だ」


 若い巡回兵が目を見開く。


「見えてるのは沢筋です!」


「だからそっちは囮だ」

 とレオンは言った。

「フィアナを信じろ」


 カイルは言葉を飲み込んだ。

 悔しさとも焦りともつかない顔になる。


 でも、頷いた。


「……はい!」


 二人を連れて、暗い横道へ消える。

 足音はもう前ほど乱れていない。


 ドルクがその背を一瞬見て、口元をわずかに動かした。


「育ちますね、あいつ」


「今夜を越えればな」


 その返しに、ドルクは笑わなかった。


 前面の扉が大きく開く。

 今度は中から四人がまとめて出てきた。

 うち二人は荷を捨てている。

 残る二人は短剣と斧。


 だが目がもう、戦う目ではない。

 何を守るか決まっていない目だ。


 兵が押し返す。

 一人が転び、もう一人が仲間を踏みつけて進もうとする。

 その背に、倉の中から声が飛んだ。


「荷札だけ持て!」

「紙だ、紙を残すな!」


 直後、別の男が怒鳴り返した。


「知るか!」

「俺はここで死ぬ約束はしてねえ!」


 そして本当に、刃が仲間へ向いた。


 短い。

 一振りだけだった。


 腹を切られた男が膝を折る。

 斬った方も、すぐ前面班の槍に叩き落とされた。


 崩壊だった。


 秩序がないから強い集団もいる。

 でも今のこいつらは違う。


 秩序がないのに、仕事だけで繋がっていた。

 だから利が消えると、一番先に仲間を切る。


「殿下!」

 右から声が飛ぶ。


 カイルではない。

 炭焼き道へ出していた別の兵だ。


「影、三つ!」

「一つが先です!」


 レオンは反射的に斜面を見た。

 木立の切れ間を、黒い影が走る。

 先頭は背が低めで速い。

 後ろ二つは、荷か武器を引きずっている。


 ヴォルフだ。


「ドルク!」


「分かってます!」


 巡回隊長が二人を連れて走る。

 正面へ残す兵は最低限。

 追う人数も多くしない。


 ここで全員を動かせば、倉の残りが散る。

 欲張れば両方逃がす。


 レオンはその場を動かず、短く命じる。


「前はそのまま固めろ」

「降るやつは縛れ」

「倉に火だけはつけるな」


 それから、フィアナへ目を向けた。


「炭焼き道の先は」


「谷へ折れる前に、古い橋跡があります」

「橋は落ちていますが、人一人なら飛べる」

「ただし、その先は狭い」


「詰まるな」


「ええ」

 フィアナは頷いた。

「だから、止めるならそこです」


 レオンも走り出した。


 前へ出すぎないと決めていた。

 その判断は変えない。


 でも、捕まえるべき首が動いた以上、受ける場所までは行く必要がある。

 全体の順番を見るためにも。


 冷えた夜気が肺へ刺さる。

 山道は暗い。

 土はぬかるみ、足場は悪い。


 前で何かがぶつかる音がした。


 誰かが、橋跡に辿り着いたのだ。


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