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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第66話 動いた影

 


 昼を少し過ぎた頃、最初の報せが戻った。


 北門から二里ほど進んだ分岐。

 そこで、囮の荷車を見ていた目があったという。


 伝えに来たのは若い巡回兵だった。

 頬が赤く、まだ息が荒い。


「道脇の伐採小屋です」

「閉じているように見えましたが、荷車が通る時だけ板がわずかに動きました」


 ドルクがすぐに地図を広げる。


「ここか」


 指が止まったのは、北道本筋から少し外れた古い作業小屋だった。

 今は使われていないはずの場所だ。


 レオンが聞く。


「人影は」


「はっきりとは」

 若い兵は言い淀んだ。

「ですが、荷車の後に小屋裏から二人、山へ上がるのが見えました」


「門からの合図を受けて動いた?」

 とセリスが言う。


「断定はできません」

 と兵は首を振る。

「ただ、通る前から待っていたようには見えませんでした」


 レオンは地図の小屋を見た。


 待ち伏せというより、通過確認。

 食いつくかどうかを見てから、山へ流した動きだ。


「関所だけじゃないな」


 フィアナも同じ結論に至ったらしい。


「ええ」

 彼女は静かに頷く。

「門の中で止まって終わりではありません」

「外で受ける手がある」


 その時、別の伝令が入ってきた。


 今度はカイルだった。

 若い巡回兵で、ここ最近はドルクの下でよく動いている。


「谷手前の見張りからです」

 カイルは一礼すると、すぐ報告に入った。

「荷車の後ろを、荷を持たない馬が一頭だけ追いました」


「誰が乗ってた」

 とドルク。


「顔までは見えません」

「灰色の外套で、身を伏せていました」

「ただ、道なりではなく、途中で旧関所道へ切れています」


 フィアナの視線が上がる。


「旧関所道?」


「はい」

 カイルは地図の脇を指した。

「今はほとんど使われません」

「山の裏へ抜ける細道です」


 レオンはその線を頭の中でつないだ。


 北門。

 伐採小屋。

 旧関所道。

 そして山。


 ただの野盗が、そこまで滑らかに動くか。

 答えは薄い。


 セリスが淡々と言う。


「門で見て、外で継ぎ、山へ渡す」

「連携としては十分すぎるほど綺麗ですね」


「綺麗すぎる」

 とレオンは呟いた。


 前の輸送隊が襲われた時もそうだった。

 止め方が先にある。

 荷の価値も読まれている。

 道の癖まで知っている。


 それは偶然の重なりじゃない。

 仕組みになっている。


 ドルクが机を軽く叩く。


「追いますか」


「追う」

 とレオンは言う。

「ただし、荷車はまだそのまま進ませろ」


 カイルが少し驚いた顔をした。


「襲われるかもしれません」


「襲わせるために出した」

 レオンは短く答える。

「荷を取る瞬間じゃなく、その後を見る」


 ノアが壁際から腕を組んだ。


「取った後、どこへ流すか」


「そうだ」


 奪うだけなら、そこらで袋を裂いて終わる。

 でも今の敵は違う。

 前回も塩と布を選び、車ごと持っていった。

 つまり、受け先がある。


 フィアナは地図の旧関所道を指でなぞった。


「……イェルクたち旧関所組は、表向きにはもう権限を失っています」


「でも道は知ってる」

 とレオンが言う。


「はい」

 フィアナの声は冷えた。

「誰よりも」


 彼女の表情は大きく変わらない。

 だが、その静かさの奥で怒りが締まっていくのが分かった。


 領地の道。

 門。

 通し方。

 本来なら、飢えを減らすために使われる知識だ。


 それを逆に、抜く方へ回している。


「旧役人側の残党ですね」

 とフィアナははっきり言った。

「倉、徴税、関所」

「切ったつもりでも、根まではまだ残っている」


 セリスが補う。


「しかも外へ売る線まで残っているなら、領内だけで完結していません」


「隣領か」

 とノアが言う。


「その可能性は高い」

 レオンは頷いた。

「前の荷も、取った割に領内へ流れた形跡が薄い」


 自分たちで使っていない。

 なら、外へ出している。


 そこまで見えた時、三つ目の報せが届いた。


 囮の荷車は谷手前で一度止められたが、まだ完全には噛まれていないという。

 道脇に倒木。

 御者が降りて確認したところで、山側に影。

 しかし、すぐには矢は飛ばなかった。


「見てるな」

 ドルクが低く言う。


「値を見てるんだろう」

 とノアが返した。

「荷の薄さか、護衛の数か、それとも後ろの気配か」


 レオンは窓の外を見た。


 冬前の空は低い。

 日が落ちるのは早い。


 このまま夕方へ入れば、向こうにとっても動きやすい。

 そして、こちらも動ける。


「カイル」


「はっ」


「お前は北門へ戻れ」

「今朝抜けた若い門番、どこへ消えたかを見ろ」

「問い詰めるな。顔を覚えるだけでいい」


「分かりました」


「ドルク」


「はい」


「山へ上がった二人と、旧関所道へ切れた馬」

「その線を離すな」


 ドルクの口元が少しだけ硬くなる。


「やっと、追うべき相手が形になってきましたね」


「まだ顔じゃない」

 レオンは言う。

「流れだ」


 顔だけ捕まえても、別の手が伸びる。

 欲しいのは、その先だ。


 フィアナが地図を畳まずに言った。


「もし山の奥に受け場があるなら」

「ただの焚き火場や見張り小屋ではありません」


「分かってる」


「道を知る者がいて」

「荷を選ぶ者がいて」

「外へ流す相手がいる」


 レオンは頷いた。


 もう盗賊退治の話じゃない。

 領地の外へ向かう商いの裏道だ。


 その時、窓の外で鳥が二羽、山の方へ抜けた。


 無関係かもしれない。

 でも今日のレオンには、全部が合図に見えた。


 カイルが退出し、ドルクもすぐに動く。

 ノアは自分の側の耳を締めると言って去った。


 実務室に残ったのは、レオンとフィアナとセリス、そして地図だけだった。


 フィアナがぽつりと言う。


「思っていたより、深いですね」


「だろうな」


「……私が切った程度で終わるなら、ここまで綺麗には残りません」


 その声には、自分への苛立ちも少し混じっていた。


 レオンは首を横に振る。


「一人で全部見切れる領地なら、最初からここまで壊れてない」


 フィアナは何も言わなかった。

 だが、指先の力が少しだけ抜けた。


 セリスが乾いた声で締める。


「では、次は倉ですね」


「山の中の受け場か」


「ええ」

 セリスは頷いた。

「影が動いている以上、何もない場所へは向かわないでしょう」


 外はもう、夕方へ傾き始めていた。


 動いた影は、山へ消えた。

 なら次に見るべきは、その影が荷を置く場所だ。


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