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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第64話 囮作戦

 

 囮作戦の準備は、その夜から始まった。


 実務室の机には、似ているようで少しずつ違う三枚の計画書が並ぶ。

 荷の内訳。

 出発時刻。

 通す門。

 護衛の人数。

 休憩地点。


 どれももっともらしい。

 だが、全部が本物ではない。


 レオンは三枚を見比べた。


「一つ目は、関所側に見せる」

「朝出発、北門、布が多め」


 フィアナが頷く。


「二つ目は倉側です」

「昼前出発、西寄りの脇道、干し草中心」


 セリスが三枚目を指先で押さえる。


「三つ目は巡回兵側」

「薄明出発、兵は少なめ、谷手前で合流」

「一番危なく見える案ですね」


「だから食いつきやすい」

 とレオンは言う。


 ドルクが顔をしかめた。


「見せるだけならいいですが、実際にどれを出すんです」


「三つ目だ」

 レオンは答える。

「ただし、荷は空に近くする」


 そこはもう決めてある。


 本物の物資は載せない。

 樽には石と藁。

 袋には湿らせた古布と、見た目だけ整えた干し草。

 遠目には荷に見える。

 奪ってから気づく程度には本物らしい。

 だが、領地の命綱にはならない。


 それでも危険はある。

 矢は飛ぶし、人は襲われる。


 だからこそ、誰を乗せるかが大事だった。


「御者は俺の方で選びます」

 とドルクが言う。

「逃げ方の分かる奴にする」

「正面から荷を守ろうとする馬鹿は乗せません」


「頼む」

 レオンは頷く。

「荷を守るな」

「見ることを優先してくれ」


 ノアも呼んでいた。

 傷はまだ残るが、顔色は昨日よりましだ。

 机の端で三枚の計画書を見て、苦笑する。


「商いの席で見る顔じゃないですね」

「だいぶ性格が悪い」


「誉め言葉として受け取る」

 とレオンは返す。


 ノアは肩をすくめた。


「俺は構いません」

「どうせ次も狙われるなら、一回こっちの都合で噛ませた方がいい」

「ただし、商人側へまで細かくは下ろさないでください」

「変に広げると、どこから漏れたか分からなくなる」


「そこも同感です」

 とセリスが言う。

「耳を増やしすぎると、疑う意味が薄くなります」


 フィアナは三枚のうち、関所向けの紙を別に置いた。


「旧関所組へは、これを」

「ただし、全員ではなく二人だけに見せます」

「イェルクと、門番の古参一人」

「そこからどう動くかを見たい」


「露骨すぎないか」

 とドルクが言う。


「露骨でいいんです」

 フィアナの声は静かだった。

「今は彼らが“まだ内側だと思っている範囲”を見たいので」

「正面から糾弾するのではありません」

「選んで見せるだけです」


 レオンはその言い方を気に入った。


 見せる。

 押しつけるんじゃない。

 向こうが自分で拾った気になる形にする。


 その方が、たいてい人は余計な動きをする。


 ヘルマンも夜更けに呼ばれていた。

 老人は眠そうでもなく、三枚の紙を前にして渋い顔をしている。


「わしはこの手の芝居は好きではありません」

「ですが、古い役所ほど芝居に弱いのも事実ですな」


「どういう意味だ」

 とレオンが聞く。


「紙を見た時、人は“知っている側”の顔をしたがるのです」

 ヘルマンは細い指で計画書を叩いた。

「それが口の緩みになる」

「古い役人は特にそうです」


 経験から出た言葉だった。

 そして、たぶん外していない。


 レオンは席を立って窓の外を見た。

 領都の灯りは少ない。

 でも、前よりは少しだけ人の気配がある。

 ここでまた荷を抜かれ続ければ、その小さな灯りもすぐ消える。


「本命の荷はどうする」

 とノアが聞いた。


「止める」

 レオンは即答した。

「今は出さない」

「囮に食わせるために、本物まで動かす気はない」


 ノアが小さく頷く。


「それならいい」

「商人側にも、試験便の次を急ぎすぎるなと伝えます」


「助かる」


 ここで無理に本命まで出せば、また同じだ。

 領地は奇跡で立て直す話じゃない。

 積み上げだ。

 だったら、焦って削る理由はない。


 ドルクが計画書を折りたたむ。


「出すのは明朝で?」


 レオンは少し考えてから首を振った。


「夜明け前だ」

「薄明よりさらに前」

「見せる時間を減らす」


「でも、関所へ見せるのは先ですね」

 とセリスが言う。


「そこは今夜だ」

 レオンは答える。

「門を通す話は、事前に落としておかないと不自然になる」


 フィアナが短く息を吐く。


「では、動きます」

「私は関所側を」

「セリスは文面の整えを」

「ヘルマンは控えの分割をお願いします」


「ええ」

 とヘルマン。

「本物と偽物が混ざらぬよう、こちらでも印を変えておきます」


 役割が決まると、部屋の空気は少しだけ締まる。

 疑いだけの時間は終わった。

 今はもう、罠を動かす側だ。


 レオンは最後に全員を見た。


「一つだけ」

「今回の目的は、山賊を驚かせることじゃない」

「誰が、どの情報を山へ流したかを掴むことだ」

「だから追いかけすぎるな」

「噛ませて、線を見る」


 ドルクがにやりともせず答える。


「了解です」

「食いついた先で、縄を持つ」


 ノアも立ち上がる。


「商人は釣りより値踏みの方が好きなんですがね」

「今回は付き合いますよ」


 フィアナが扉へ向かう前に、ほんの一瞬だけレオンを見る。


「失敗すれば」

 彼女は静かに言った。

「こちらが、内通者を探っていると悟られます」


「分かってる」


「成功しても」

「敵は一人とは限りません」


「それも分かってる」


 短いやり取りだった。

 だが、その短さで十分だった。


 うまくいっても全部は終わらない。

 失敗すれば、逆に向こうが深く潜る。

 それでも、今はやるしかない。


 フィアナは小さく頷き、出ていった。

 セリスとヘルマンも続く。

 ドルクは囮役の兵を選びに向かう。

 ノアは商人側の耳を余計に増やさないために動くと言って去った。


 最後に一人残ったレオンは、机の上の三枚を見下ろした。


 同じようで違う紙。

 同じ領地の中で、違う耳へ落ちる嘘。


 こんなやり方は好きじゃない。

 でも、正面から殴っても届かない相手には、順番がある。


 窓の外では、夜がだいぶ深くなっていた。

 北門の方角は暗い。

 その暗さの向こうで、誰かがこちらの動きを待っているかもしれない。


 なら、今度は待たせる側に回るだけだ。


 レオンは一番端の計画書を折り、封へ入れた。


 夜明け前、偽の荷が出る。


 その時、最初に動くのが山か、門か。

 次の一手は、それで決まる。


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