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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第63話 内通者

 

 実務室へ戻ると、暖炉の火がついているのに空気は冷えたままだった。


 机の上には三つの紙束が並んでいる。

 輸送計画の控え。

 確認所の記録。

 そして、出発前に時刻と路線を知っていた人間の名前。


 多くはない。

 それがかえって嫌だった。


 レオンは一番上の紙を見た。

 南棟の客間で最終案を見た者。

 倉庫で積み込みに立ち会った者。

 北門で時刻を知った者。

 巡回時間を把握していた者。


 絞ったつもりだった。

 でも、絞った中に穴があるなら意味がない。


「……嫌な作業だな」


 思わず口に出る。


 向かいでフィアナが紙をめくりながら答えた。


「ええ」

「しかも、今の体制には一番効きます」


 新しい行政班は、やっと形が見えたところだ。

 マルタ。

 ヘルマン。

 ドルク。

 少しずつ拾った手が、ようやく回り始めている。


 その中で“内通者がいるかもしれない”と言えば、空気はすぐ痩せる。

 誰も喋らなくなる。

 疑いだけが残る。


 セリスが静かに言う。


「だからといって、目をつぶるわけにもいきません」

「今回の襲撃は、ただの偶然ではない」

「そこだけはもう切り分けていいでしょう」


 レオンも同感だった。


「新しい班を丸ごと疑う気はない」

「でも、時刻と路線を読まれてる以上、内側を見ないわけにはいかない」


 ドルクが扉の近くで腕を組んだまま言う。


「兵の口は絞れます」

「ただ、巡回の組み方を知ってるのは兵だけじゃありません」


「関所か」

 とレオンが言う。


「はい」

 答えたのはフィアナだった。

「今回の便で一番怪しいのはそこです」


 彼女は紙を一枚、レオンの前へ滑らせる。

 旧関所組の名簿だ。

 処断の時に役所側を整理したが、関所までは一気に替えられなかった。

 道を知る人間が必要だったからだ。


「旧役人側の残りが厚い」

 フィアナは淡々と続ける。

「しかも、道の癖と巡回の抜けを一番知っているのも彼らです」

「今の輸送体制に完全には入れていなくても、門の開閉と通過記録には触れられる」


 セリスが補足する。


「つまり、荷の全部は知らなくても」

「出た時刻と、どちらの道へ振ったかまでは読める」


「それで十分か」

 とレオンが言う。


「十分です」

 とドルクが答えた。

「山側が待ち伏せるなら、そこまで分かりゃ動ける」


 レオンは名簿を見下ろした。

 知らない名前が多い。

 だが一つだけ、フィアナが印をつけている名前がある。


「イェルク・ハイネ」


「旧関所責任者です」

 フィアナが言う。

「更迭まではしていません」

「今は表向き、帳面整理だけに下げています」


「表向き?」

 セリスが拾う。


「完全に切ると、関所の古い帳面が止まります」

 フィアナの声は少し硬い。

「道の慣習を知る人間が他に足りなかった」

「だから席だけ残した」


 責める気にはなれなかった。

 人が足りない以上、そういう灰色を抱えたまま回すしかない時もある。


 ただ、その灰色が今、敵側へ色を濃くしているかもしれない。


 ドルクが不満そうに言う。


「関所は昔から、自分たちだけで話を回す癖があります」

「門番、記録役、通行札の係」

「横で見てても、内輪の速さがある」


 ノアは同席していない。

 休ませた。

 だが商人側の話も昨夜のうちに取ってある。

 そちらでは、出発時刻そのものが漏れていた感じは薄かった。

 むしろ、門を抜けた後の道選びが読まれている匂いが強い。


 なら、商人より先に見るべきは関所だった。


「でも」

 とレオンは言う。

「新しい班に全く穴がないとも言い切れない」


 それが本音だった。


 マルタを疑いたくはない。

 ヘルマンも、ドルクもだ。

 でも、疑わないと決めるのはもっと危ない。

 今はまだ、小さな班だ。

 誰か一人の口が軽ければ、道はすぐ痩せる。


 その言葉に、部屋が少しだけ静かになる。


 フィアナが先に口を開いた。


「分かっています」

「ですが、最初に疑う順番は決めるべきです」

「今の私は、旧関所組を先に見るべきだと思います」


「理由は」


「彼らは道の抜けを知っている」

「それに、こちらが組み替えた巡回時間を、まだ“外から見ているつもり”で把握できる立場です」

「新しい班ほど近くなく、古い利権からも遠ざけられていない」

「一番、中途半端に危ない」


 綺麗な説明だった。

 そしてたぶん、当たっている。


 セリスが細い指で紙束を整える。


「では、真正面から問い詰めますか?」

「おすすめはしません」


「こっちが疑ってると知らせるだけだな」

 とレオンが返す。


「はい」

 セリスは頷く。

「しかも、本当に内通していれば、次からもっと深く潜ります」


 ドルクが笑わずに言う。


「山賊狩りより先に、口の狩りですね」


 レオンは少し考えた。

 討伐を急ぐのは簡単だ。

 兵を集めて山へ入れば、やっている感は出る。


 でも多分、また空振る。

 向こうは散る。

 そしてこちらの巡回だけ疲れる。


 それは勝ちじゃない。


「じゃあ逆に使う」

 とレオンは言った。


 フィアナが顔を上げる。


「使う?」


「こっちから情報を流す」

「本物じゃないやつを」


 セリスの目がわずかに細くなる。

 その反応だけで、意図は伝わったらしい。


「偽計画ですか」


「そうだ」

 レオンは頷く。

「誰に何を流したかを分ける」

「動いた先を見れば、どこから漏れたかは絞れる」


 ドルクが低く唸る。


「囮、ってやつですね」


「正面から山へ入るよりはましだ」

「向こうが食いつくなら、山より前に線が見える」


 フィアナはすぐには賛成しなかった。

 少しだけ考え、それから言う。


「危険はあります」

「囮といっても、人が動けば矢は飛びます」


「本物の荷は乗せない」

 とレオンは答える。

「それでも人の危険がゼロじゃないのは分かってる」

「だから、動かす人数も路線もこっちで選ぶ」


 セリスが静かに言う。


「偽の計画書を複数用意する方が良さそうですね」

「関所向け、倉庫向け、巡回向け」

「細部を少しずつ変えておけば、どこで噛まれたかが見えます」


「やるなら、それですね」

 フィアナももう一度名簿へ目を落とす。

「旧関所組の耳にだけ入る道。

 倉側にだけ見せる時刻。

 兵側にだけ伝える護衛数」

「どこが狙われたかで、漏れ元が分かる」


 レオンはそこで、ようやく腹の中の形が定まるのを感じた。


 疑って終わるだけなら、班は痩せる。

 でも、疑いを道具に変えられるなら違う。


「決まりだな」

 と彼は言う。

「次の便は、こっちから嘘を混ぜる」


 暖炉の火が小さく鳴った。


 外では風が強くなり始めている。

 冬前の空気だ。

 領地はやっと少し回り始めたばかりだというのに、もう次の穴が口を開けている。


 それでも、今回は塞ぐだけでは足りない。


 どこへ流れているか。

 その先まで掴まなければ、また同じことになる。


 レオンは名簿の上に手を置いた。


 欲しいのは、犯人の顔だけじゃない。


 この領地の外へ伸びる、漏れた情報の流れそのものだった。


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