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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第62話 山の影

 

 翌朝、レオンは北道の襲撃地点にいた。


 風が冷たい。

 まだ雪は積もっていないが、山から下りてくる空気は硬い。

 谷へ入る前の道は細く、荷車が二台並ぶ余裕もない。


 ここで止められたら、面倒だな。


 見ただけで分かる場所だった。


 倒木はすでに脇へ寄せられている。

 だが切り口は残っている。

 古くない。

 斧で何度も叩いた荒い切り方ではなく、狙って弱らせてから倒した感じだ。


 ドルクがしゃがみ込んで木口を見た。


「昨日今日じゃねえですね」

「先に半分入れて、最後に押した感じだ」


「待ち伏せ前提か」

 とレオンが言う。


「そう見えます」


 ノアも傷の手当てを受けたまま同行していた。

 顔色はまだ悪いが、自分で場所を指せる程度には戻っている。


「あの岩の陰に二人」

「山側の上にも動く影がありました」

「こっちが倒木をどけ始めた時には、もう見られてた」


 レオンは視線を上げる。

 山肌は荒い。

 木も岩も多く、潜む場所には困らない。

 しかも谷へ入る前だから音が返りやすい。

 下からの人数も読まれやすい。


「嫌な地形ですね」

 とセリスが言った。


「好きな奴はいるでしょう」

 とレオンが返す。

「人を止める側には」


 フィアナは道の端を見ていた。

 車輪の跡。

 引きずった跡。

 そして、細い足跡。


「荷車はここで傾き、そのまま引かれています」

「山へ真っ直ぐではなく、一度脇へ逃がしてから上げている」

「慣れてますね」


 ドルクが鼻を鳴らす。


「荷を捨てる側じゃなく、持っていく側の動きです」


 ただ奪って散ったなら、もっと痕が乱れる。

 だがここは、乱れ方に順番があった。

 止める。

 崩す。

 馬を怯えさせる。

 荷を切る。

 持てる分だけ運ぶ。


 慌てた襲撃じゃない。


 レオンは道の先へ少し歩いた。

 谷へ入れば、巡回は薄くなる。

 確認所からの目も切れる。

 そして山の向こうには、細い獣道と炭焼き跡の残る古道がいくつかあるとドルクは昨夜言っていた。


「前にも、ここで似たことが?」


「場所は違います」

 とドルクが答える。

「でも、北道の細いところで荷が消える話は昔からある」

「討伐も何度か出た」

「毎回、山を空振って終わってますが」


「空振り」

 レオンはその言葉を拾う。

「見つからなかったのか」


「見つからないか、見つけた時にはもう空か」

 ドルクは肩をすくめる。

「上が遅いんです」

「知らせが出てから集めて、動く頃には向こうが散ってる」


 セリスが小さく言う。


「散る、というより、先に知っていた可能性もありますね」


 その一言で、ノアが渋い顔をした。


「俺もそう思います」

「商人の荷だけじゃない」

「討伐の話も、あいつら先に知ってる感じがあった」


 フィアナが視線を上げる。


「商人側で、その手の噂は?」


「ありますよ」

 ノアは即答した。

「北の山には“煙の出ない火”があるって」

「こっちが動く前に、向こうだけ先に消えるって意味です」


 俗っぽい言い回しだ。

 だが分かりやすい。


 見張りがいる。

 伝える手がある。

 だから山は先に空になる。


 レオンは谷の先を見た。

 見えるのは灰色の斜面だけだ。

 でも、その向こうに何かがいる気配はある。


「大きい拠点があると思うか」

 とレオンが聞く。


 ドルクは少し考えてから答える。


「一つの城みたいなのはないでしょう」

「でも、荷を一度寝かせる場所はあるはずです」

「でないと、塩も布もあの速さじゃ消えない」


 ノアも頷く。


「奪った荷を、そのまま山で食うわけじゃない」

「流す先がある」


 その言葉が残る。


 ただの治安問題なら、山賊を叩けば終わる。

 でも、流す先があるなら違う。

 道で奪われた荷が、どこかの市で値札を付け直す。


 そこまで繋がっているなら、相手は盗賊だけじゃない。


 フィアナが道の土を指先で払った。


「見てください」

「この靴跡、底が揃いすぎています」


 レオンも腰を落として見た。

 粗いが、同じ形の跡がいくつかある。

 寄せ集めの農具靴なら、もっとばらつくはずだ。


 ドルクが眉をひそめる。


「古い兵靴に近いですね」

「払い下げか、流れ物か」


 兵。

 関所。

 巡回。

 そのあたりの匂いが強くなる。


 レオンは立ち上がった。


「山そのものを追っても、また空振るな」


「おそらく」

 とセリスが言う。

「今の段階で兵を増やしても、向こうは散るだけでしょう」


 ノアが苦い顔で笑った。


「だったら、また同じように狙われるのを待つしかない?」


「待つだけじゃない」

 レオンは答える。

「でも、先に山へ入るのは悪手だ」

「動けば、また見られる」


 ドルクが短く頷いた。


「なら、見る相手を変えるしかねえですね」


 その通りだった。


 山には影がある。

 だがその影は、勝手に生まれているわけじゃない。

 人が運ぶから濃くなる。


 なら、追うべきは山の中の黒さより、その前に動く情報だ。


 帰り道、レオンはもう一度襲撃地点を振り返った。


 ここは山賊の場所じゃない。

 誰かが、ここで止めると決めて選んだ場所だ。


 そしてそういう選び方をする相手は、山の地形だけじゃなく、こちらの癖も知っている。


 実務室へ戻る前に、レオンはドルクへ言った。


「討伐の古い記録、出せるか」


「古いのは散ってますが、掘れば何枚かは」

 とドルクが答える。


「掘ってくれ」

「空振りの回だけでいい」


 フィアナもすぐ続いた。


「関所の勤務記録も見ます」

「道の癖を知る人間がどこに残っているか、先に洗いましょう」


 山を見たから、逆に分かった。


 今、探すべきなのは山賊の顔じゃない。


 こちらの動きを、先に山へ届けている手だった。



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