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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第58話 値踏み

 

 値踏みは、最初から遠慮がなかった。


「十日で次便を出せと言われても無理ですな」

「雪前の北道は、日ごとに顔が変わる」


「塩は湿ればすぐ値が死ぬ」

「布は積み替えで傷む」

「干し草は嵩があるだけで儲けが薄い」


「しかも今のフェルドは、戻り荷が弱い」

「片道だけでは割に合いません」


 一つ一つがもっともだった。


 レオンは途中で口を挟まない。

 全部言わせる。


 雑に反論すると、その場だけは気持ちよく終わる。

 だが、次につながらない。

 前世で嫌というほど見た。


 全部聞いてから、切る方が早い。


「まず」

 とレオンは言った。

「十日で全量は出させない」

「出すのは試験便だ」

「しかも一便だけ」


 何人かが顔を上げた。


「量は絞る」

「北道本筋に全部を乗せない」

「止まった時に死ぬからだ」


 フィアナが地図へ手を置く。


「本筋は重い荷を優先します」

「小口は二筋目へ回す」

「同日に集中させません」


「二筋目の方が危ない」

 塩商がすぐ言う。


「本筋一本に集める方が今は危ないです」

 とフィアナが返す。

「襲われた時も、道が止まった時も、損が一度に出るので」


 ヘルマンが控えを差し出した。

 先日の第一便の記録。

 量は小さい。

 だが、損耗率と所要日数は出ている。


「こちらが前回の実績です」

 老人が言う。

「干し草は損耗一割弱、乾豆は一割未満、塩は積み方次第で差が出ます」

「大きな数字ではありませんが、勘だけで話すよりはましでしょう」


 その言い方に、保存布の商人がわずかに口元を歪めた。

 嫌いではない顔だ。


「で、儲けは」

 と干し草の男が聞く。


 そこはレオンが自分で答えた。


「冬便だけ見れば厚くない」

「干し草は一車で純利一割を切る」

「塩も道が荒れれば同じだ」

「だから冬便だけで儲けろとは言わない」


 塩商が眉をひそめる。


「薄いですな」


「薄い」

 レオンはあっさり認めた。

「でも、その代わり春で取り返せる形にする」


 セリスが一枚、別の紙を出す。


「履行した商人には、来春の積み場順を前へ」

「手数料は限定で一段軽く」

「戻り荷の優先照会権も付けます」

「帰りを空荷にしないためです」


「戻り荷?」

 と布商が聞く。


「毛皮、加工前の木材、春先の乾物」

 とレオンは答える。

「まだ量は細い」

「だが、最初の線を握った方が次で先に取れる」


 口髭の商人がそこで、初めて計算する顔をした。


「つまり」

「冬便は薄利、もしくは路線によってはほぼ作らず」

「その代わり、春からの先行権で回収させると」


「そうだ」


「大きい家が後から値で叩いてきたら?」


「その時は、先に履行した方を優先する」

「文にする」


 曖昧な約束ではなく、紙に落とす。

 その一点が効いたのだろう。


 商人たちの目が、ようやくレオンではなく文面へ向いた。


 ただし、全員が乗ったわけではない。


 干し草の男はまだ渋い顔だ。

 塩商は責任線を気にしている。

 保存布の商人は積み替え場所ばかり見ている。

 同じ商人でも、欲しい条件が違う。


 そこへドルクが前へ出た。


「護衛については、重装の兵列は出しません」

「目立つからです」

「巡回の時間と見張りを合わせます」

「戻り報告も途中で一度入れます」


「襲われたら?」

 塩商が聞く。


「全額補償はしない」

 とレオンが先に言った。

「できない約束はしない」


 また空気が止まる。


 若い王子なら、ここで耳触りのいい言葉を並べると思っていたはずだ。

 守ります。

 安全です。

 損はさせません。


 でもレオンは言わない。


「その代わり」

 と彼は続ける。

「どの路線で、どの荷目なら、どこまで領地が持つかを先に切る」

「曖昧なまま出して、後で揉める方が高くつく」


 フィアナが補足する。


「責任範囲を空欄にはしません」

「路線別、荷目別で最初から書きます」


「随分細かい」

 と口髭の商人。


「揉めるよりましです」

 とフィアナは即答した。


 短いやり取りだった。

 だが、その一言でまた空気が変わる。


 この二人は、情で押してこない。

 数字だけでもない。

 冬の現実と春の取り分を、一つの線で繋いで話している。


 厄介だ。

 だからこそ、聞く価値がある。


 しばらく押し引きが続いた。

 納期。

 路線。

 受領印。

 関所での確認。

 積み替えの立会い。


 その間、ずっと黙っていた若い商人が一人だけいた。

 深緑の上着。

 細身。

 目の動きが早い。


 レオンはその男が、数字の紙だけを見続けているのに気づく。


 やがて、その男が肘を外した。


「一つ、伺っても?」


「聞く」


「殿下は」

 男は少しだけ笑った。

「本当に、大きい家を通さない別の流れを育てる気ですか」


 それは値段の確認ではなかった。

 立場の確認だった。


 会談の空気が、そこで一段深く沈んだ。


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