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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第57話 取引の席

 

 商人たちを通したのは、領都の南棟にある小さな客間だった。


 暖炉は焚いてある。

 だが、料理は出していない。

 酒もない。

 薄い茶だけだ。


 歓迎の席ではないと、最初から分かるようにした。


 長机の中央にレオン。

 右にフィアナ。

 少し下がってセリス。

 壁際にはヘルマンが控え、必要な紙をすぐ出せる位置にいる。


 向かいに座った商人は六人。

 毛皮、塩、保存布、干し草、乾豆。

 扱う荷は違うが、顔つきは似ていた。


 丁寧だ。

 だが、期待はしていない。


 先日の買付で最低限の荷は動いた。

 だから席には来た。

 それ以上ではない。


 最初に口を開いたのは、灰色の口髭を整えた年嵩の商人だった。


「お招きに応じたのは、前回の支払いが滞らなかったからです」


 柔らかい声だ。

 ただし、中身は固い。


「ですが殿下」

「一度荷が着いたからといって、フェルド領が良い取引先になったわけではございません」


「分かってる」

 とレオンは答えた。

「だから、礼だけを言う席にはしていない」


 フィアナが机へ紙を並べる。

 受領確認。

 不足表。

 次の二十日で必要な荷目。

 それから、簡易な収支見通し。


 そこで何人かの目が少しだけ動いた。

 紙が出ると思っていなかった顔だ。


「今のフェルドは、金も信用も薄い」

 レオンはそのまま言う。

「そこは隠さない」


 塩を扱う商人が、わずかに鼻を鳴らした。

 正直すぎると思ったのだろう。


「ただ、薄いまま冬を越える気もない」

 レオンは紙の上を指で押さえる。

「今日は、今の不足をどう埋めるかと、春から誰が先に席を取るか、その話をする」


「春から、ですか」

 別の商人が目を細めた。

「ずいぶん先まで仰る」


「今だけの取引なら、こっちもそっちも続かない」

「冬便は薄利だ」

「なら、春の流れまで一緒に置かないと意味がない」


 その言い方に、向かいの空気が少しだけ変わる。


 商人たちは困窮した若い王子から、施しに近い願いを聞くつもりで来ていたはずだ。

 情けをかけてくれ。

 今だけ助けてくれ。

 そういう話を。


 だがレオンは、最初から席の話をしている。


「大きな商会は、もうこの領を切ったのでしょう」

 と保存布の商人が言った。

「それで、こちらのような小口を拾うおつもりですか」


「切ったというより、値を見てる」

 とレオンは返した。

「高く握れるまで待ってるだけだ」


 今度は、干し草を扱う男が小さく笑った。


「お若いのに、嫌な見方をなさる」


「嫌な見方じゃない」

「実際そうだろ」


 笑いは短く消えた。

 否定されなかった。


 フィアナがそこで口を開く。


「本日の話は、お願いではありません」

「皆さんが今、危ないと見ているフェルド領に、どこまで乗る価値があるか。その確認です」


 声音は冷たい。

 だが筋だけが通っている。


 商人たちは、そういう話し方を嫌わない。

 むしろ曖昧な善意より、よほど聞く顔をした。


「では伺います」

 口髭の商人が言う。

「殿下は、本当に商いの席に座るおつもりで?」


「座ってる」

 とレオンは短く答えた。

「だから紙を出した」


「大商会を敵に回しますぞ」


「最初から味方じゃない」


 一拍、沈黙が落ちる。


 暖炉の火がぱちりと鳴った。

 その音がやけに近く聞こえる。


 セリスが横から一枚の紙を出した。

 路線案だ。

 北道本筋と、そこから外した二筋目。

 積み場候補。

 確認所。

 小さく、だが実際に使う前提の紙だった。


「今すぐ全部を変えるつもりはありません」

 セリスが言う。

「ですが、便を分け、損を計算し、履行した商人には春以降の優先を与える案です」


 商人たちが、ようやく本気で紙に目を落とす。


 歓迎されているから座っているのではない。

 ここに座るかどうかで、春先の位置が変わるかもしれない。


 その可能性だけは見えたのだろう。


「……なるほど」

 と口髭の商人が言った。


 その声には、さっきまでの退屈さが少し減っていた。


「では殿下」

「値踏みを始めましょう」


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