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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第38話 あなたも同じです

 

 実務室の空気は、その一言で少し変わった。


 殿下も、同じです。


 レオンはすぐには返せなかった。

 同じ。

 何と、だと聞き返すまでもない。


 フィアナは机の上の紙へ目を落としたまま続ける。


「私が“冷たい令嬢”にされたように」

「殿下もまた、“無能な第三王子”として片づけられてきたのでしょう」


 暖炉の火が、乾いた音を立てる。


 セリスは何も挟まない。

 この場では、たぶん彼女も黙っている方がいいと分かっているのだろう。


 レオンは少しだけ肩の力を抜いた。


「分かりやすかったか」


「ええ。かなり」


 フィアナの返事は短い。


「王宮からお越しになった初日から」

「殿下が何か言う前に、周囲は“どうせ第三王子だから”という顔をしていました」


 それは否定しづらかった。


 実際そうだった。

 父王も、兄たちも、王宮の空気も、最初から自分を大きな駒として扱っていない。

 いてもいなくても盤面は動く。

 そういう場所にいた。


「それでも、私は最初」

「殿下を信用する気はありませんでした」


 フィアナは真っ直ぐ言った。


「また王都から、整った言葉だけ持ってくる方だと思っておりました」

「現場を見たふりをして、都合のよい報告だけ残して去るのだと」


「まあ、そう見えるよな」


「はい」


 即答だった。


 少しだけ笑いそうになる。

 笑う場面ではないのに、その遠慮のなさが逆に楽だった。


 レオンは椅子の背へ軽く体を預けた。


「こっちも似たようなもんだ」

「最初は、冷たい人だと思ってた」


 フィアナの眉がわずかに動く。


「噂通りに?」


「半分くらいは」

「でも会ってみたら違った」


 レオンは机の上の配給表を見た。


「冷たいというより、余白がなかったんだろ」

「そういう感じだった」


 フィアナは答えない。


 けれど否定もしなかった。


 彼女の横顔は、相変わらず整っている。

 笑わなければ近寄りがたく見える。

 実際、領都の役人や王都の連中にとっては、その見た目だけでも十分に使いやすい材料だったはずだ。


 厳しい。

 譲らない。

 冷たい。


 そう見せてしまえば、その裏にある事情は要らなくなる。


 レオンは自分の手元へ視線を落とした。


「無能な第三王子、か」


 口にしてみると、妙に乾いた響きだった。


 前世なら、たぶん苦くなった。

 でも今は、それだけではない。


 それで片づけられてきたからこそ、逆に見えるものもある。

 期待されない。

 最初から外されている。

 その位置は確かに軽い。


 けれど、中心から少し外れているから見える歪みもある。


 フィアナが静かに言った。


「私は、殿下が覇気のない方なのだと思っておりました」


「否定しづらいな」


「ですが違いました」


 今度は、レオンの方が黙る番だった。


 フィアナは続ける。


「覇気がないのではなく」

「最初から、押し出されない方へ慣れてしまっていただけです」

「だから余計な言葉を使わない」

「相手の顔色より、何が動くかを見ている」


 そこまで見られていたのかと、少しだけ驚く。


 レオン自身、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。

 ただ前へ出ても意味がない場所で長く働くと、人は必要以上のことを言わなくなる。

 それだけだった。


「買いかぶりだよ」


「そうでしょうか」


 フィアナは初めて少しだけ表情を和らげた。

 笑ったというほどではない。

 けれど、最初に会った時よりは明らかに温度があった。


「少なくとも、今日の処断は」

「無能な方にはできません」


 真正面からそう言われると、少し困る。


 褒め言葉に慣れていないせいだろう。

 前世では、丁寧とか助かるとか、便利に使う側の言葉はよく聞いた。

 でも、きちんと見た上で能力として返される言葉はあまりなかった。


 レオンは視線をずらした。


「一回切っただけだ」

「まだ、続けられるかは別だ」


「はい。私もそう思います」


 そこも即答だった。


 甘やかさない。

 でも、曖昧にも逃がさない。


 その距離感が、今はちょうどよかった。


 しばらく沈黙が落ちる。


 セリスが机の端で書簡を重ねる音だけがする。

 外では夜番の足音が遠くに響いた。


 やがてフィアナが、少しだけ声を落とした。


「私は、好かれることを諦めておりました」


 その言葉は独白に近かった。

 レオンへ見せるためというより、たまたま形になった本音のように聞こえる。


「領地を守るには、断るしかないことが多すぎた」

「貸しを断り、無理な要求を断り、配給の順番を変える」

「そうすれば必ず誰かに嫌われます」


「それはそうだな」


「ですから、悪く思われること自体は構いませんでした」

「ただ――」


 そこで初めて、彼女は少し言い淀んだ。


「それが領地まで傷つける形になるのは、あまりに面倒でした」


 面倒。

 彼女らしい言い方だった。

 痛いとも悔しいとも言わない。

 その代わり、処理しきれない負債のように引き受けてきた感じがある。


 レオンは頷いた。


「分かるよ」


 フィアナが目を上げる。


「殿下も?」


「王都でも、似たような話は嫌というほど見てきた」

「真面目な人間が雑に潰されるのを見すぎたし」

「自分も大してうまく立ち回れなかった」

「だから、そういうのを見ると放っておけない」


 言ってから、少しだけ間が空いた。


 話しすぎたかもしれない。

 でも今の言い方なら、ただの実感として流せるはずだ。


 フィアナは追及しなかった。

 代わりに、静かに言う。


「では、やはり同じです」


「何が」


「本質より、使いやすい評判で見られてきたところが」


 レオンは小さく息を吐いた。


 そうなのだろう。

 無能な第三王子。

 冷たい令嬢。

 どちらも、扱う側にとって都合がいい呼び名だ。


 その札を貼っておけば、何も見なくて済む。

 人も、仕事も、事情も。


「……嫌な共通点だな」


「ええ。かなり」


 今度の返しには、ほんの少しだけ柔らかさがあった。


 レオンはそこで初めて、彼女が本当に自分へ向き直り始めたのだと分かった。

 まだ信頼とは言えない。

 でも少なくとも、王都から来た飾りの王子としては見ていない。


 それだけで、十分に大きかった。


 夜は深い。

 でも、さっきまでより空気は重くない。


 フィアナは紙束を整え、静かに立ち上がった。


「本日はここまでにいたしましょう」

「残りは明日、整理します」


「分かった」


 彼女は扉の前で一度だけ振り返る。


「殿下」


「何だ」


「私はまだ、簡単には人を信用しません」


「知ってる」


「ですが」

「今日よりは、少しだけ話が早くなると思います」


 それはたぶん、この人なりの譲歩だった。


 レオンが頷くと、フィアナは小さく一礼して部屋を出た。


 扉が閉まる。


 静けさの中で、セリスがようやく口を開く。


「かなりの前進です」


「そうか?」


「ええ。初日なら、今の半分も喋っていません」


 レオンは苦笑した。


「比較対象が低すぎないか」


「この領地では、信頼の初期値が低いのです」


 その通りすぎて、何も言えない。


 レオンは残った紙束へ視線を落とした。


 評判で処理されてきた者同士。

 嫌な一致だ。

 でも、だからこそ話が通る部分もある。


 そしてたぶん、ここから先はそこが効いてくる。


 仕事のためだけじゃない。

 互いの見え方を、少しずつ修正していく必要がある。


 そうしないと、この領地は本当に立て直せない。


 レオンは最後の紙を閉じた。


 次に必要なのは、理解ではなく決めることだ。

 この領地をどうするのか。

 誰と、どこまで、何のために動くのか。


 曖昧なままでは、また同じ場所へ戻る。


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