第33話 取り調べ
会議室の空気は、夜の冷えより重かった。
長机の上には、押収した原本が並んでいる。
倉庫の出納帳。
村別配分控え。
徴税記録。
門の搬出許可札。
どれも紙だ。
だが今夜は、それがそのまま首根っこになる。
レオンは上座に座らなかった。
机の中央、帳面が最も見やすい位置へ椅子を引く。
向かいには三人。
倉庫番。
倉庫副書記。
徴税担当。
顔色はそれぞれ違う。
怯えている者。
苛立っている者。
まだ誤魔化せると思っている者。
その横にフィアナ。
壁際にセリス。
扉の近くにはドルクと巡回兵が二人立っていた。
逃げ道は、最初から見せない方がいい。
レオンは帳面に手を置いた。
「順番に聞く」
「長い説明はいらない。聞いたことにだけ答えてくれ」
倉庫副書記の男が、乾いた唇を舐めた。
「い、いったい何のために、このような夜更けに――」
「村を見てきた」
それだけで、男の肩がわずかに止まる。
レオンは続けた。
「帳面と、現場の話が合わない」
「だから今、切り分ける」
徴税担当の男が先に口を開いた。
「殿下、北方の冬をご存じないからそのように――」
「流民も盗賊も増えております。現場には損耗というものが」
「損耗があるのは分かってる」
レオンは淡々と返した。
「問題は、その損耗の残り方だ」
倉庫の出納帳を開く。
村別配分控えを横へ置く。
「この日、倉庫から大麦二十袋が出た記録になっている」
「北道沿いの村へ回した分だな」
倉庫番が頷く。
「は、はい。そう記録されております」
「村には十二しか届いていない」
沈黙。
徴税担当がすぐに割って入る。
「村の申告など当てになりません」
「数え違いもありますし、途中で難民へ回した可能性も――」
「途中で回したなら、その記録はどこにある」
男は詰まる。
レオンは次の頁をめくった。
「こっちも同じだ」
「帳面では十五。村側の受け取りは九」
「さらに次も似た形だ」
フィアナが低く言う。
「兵舎控えにも、粥場控えにも、その差分はありません」
倉庫副書記が眉をひそめた。
「現場は混乱しているのです。帳面通りに運ばれぬこともある」
「その都度、厳密に――」
「ならなおさら、減り方はもっと汚くなる」
レオンは頁を指先で叩いた。
「でもこれは綺麗すぎる」
「毎回、説明しやすい数字に寄ってる」
前世でも見た形だった。
現場が崩れているほど、最後に整えた数字だけが妙に綺麗になる。
怒られないための表。
責任を薄めるための表。
誰かに出すための表。
レオンは倉庫番へ視線を向けた。
「搬出の時、その場で袋を数えたか」
「……数えました」
「毎回か」
「毎回では」
「じゃあ、誰が最後に帳面へ落とした」
倉庫番の目が揺れる。
隣の副書記が、わずかに顎を引いた。
小さい動きだった。
でも十分だった。
「副書記か」
副書記の男が慌てて口を開く。
「整理しただけです」
「読みやすく整えただけで、中身を変えたわけでは」
「整えた数字で、村は痩せた」
レオンの声は強くない。
だが、部屋の空気は少しだけ冷えた。
副書記は黙る。
フィアナが初めて正面から問う。
「私へ上がっていた月次報告も、あなたがまとめていましたね」
「そ、それは書式を揃えるためで――」
「私が確認を求めた差分一覧は」
「後日提出の予定でした」
「出ていません」
短い。
だが、その短さが痛かった。
倉庫番が椅子の上で小さく身じろぎする。
レオンは次に徴税担当を見た。
「配給荷へ徴税側が関わる理由は」
「道中の確認です。関所を通す以上、数量確認は当然」
「当然、か」
レオンは門の搬出許可札を一枚持ち上げる。
「この札、同じ日の同じ荷だな」
「筆跡が二種類ある」
徴税担当の顔が固まった。
セリスが壁際から淡々と補足する。
「前半は倉庫側書記、後半の追記は徴税側です」
「書き足しが後から入っています」
「追記で数量が増えてる」
レオンは札を机へ戻した。
「増えた分が村へ届いた記録はない」
今度こそ、三人ともすぐには返さなかった。
会議室の外で風が鳴る。
扉は閉じているのに、北方の冷えが少しだけ入ってくる気がした。
レオンは息を吐く。
「まだ断罪はしない」
「でも、これはもう不作や盗賊だけの話じゃない」
副書記が絞り出すように言った。
「殿下、現場を回すには……帳尻を合わせることも必要です」
その言葉で、フィアナの指先がほんのわずかに止まった。
帳尻。
たぶんこの領都では、その言葉で色々なものが薄められてきた。
「必要かどうかは、これから決める」
レオンは立ち上がらないまま告げる。
「今夜は全員、ここから自由には帰さない」
「原本は押さえる。部屋も封じる。役室の机も、私物箱もだ」
「続きは明日やる」
徴税担当が顔を上げた。
「拘束するおつもりですか」
「逃げる理由がないなら、困らないだろ」
答えは返ってこない。
ドルクが一歩前へ出る。
それだけで、三人はようやく自分たちの座っている場所を理解したらしかった。
フィアナが静かに付け足す。
「副書記室、徴税役室、倉庫詰所は今夜のうちに封をします」
「印章棚もです。無断で触れた者は共犯とみなします」
その声音に、誰も反論できない。
会議室の空気はもう、言い訳の場ではなくなっていた。
レオンは帳面を閉じた。
今夜はまだ入口だ。
だが、もう後戻りはしない。
扉の外では、封蝋と立会人の準備が進んでいる。
言葉だけでなく、紙の逃げ道まで塞ぐ夜だった。




