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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第31話 配給の消失

 

 木板の刻みは、思っていたより整っていた。


 雑ではある。

 だが適当ではない。


 一本ごとに、その村へ入った袋の数。

 樽の数。

 そして、配った日が村長なりに分かる印で残してある。

 文字ではない分、逆に誤魔化しにくい。


「この山印が、秋口です」

「こっちがその次」

「雪の前は、三回」


 村長が節くれた指で示す。

 横で老婆が補う。

 壁際の痩せた女も、時々頷く。


 三人の話は少しずつ違う。

 でも、ずれていない。


 レオンは木板を机へ置いたまま言う。


「帳面では、その一回目で大麦二十袋」


 村長が返す。


「こっちへ入ったのは十二」


「二回目は十五に対して八」


「三回目は、樽二本と袋十。届いたのは樽二本、袋六」


 フィアナが静かに数字を口の中でなぞっているのが分かった。

 顔色は変わらない。

 だが、目の奥が昨日までより明らかに冷えている。


「入口で減っていたと、先ほど仰いましたね」


 彼女が痩せた女へ向けて言う。


 女は少し迷ってから答えた。


「はい」

「村の前に来た時は、荷車にもう少し積んであったんです」


「見間違いではなく?」


「見間違いじゃありません」

「待ってる側は、ああいう時だけは数えます」


 その言い方に、誰も口を挟めなかった。


「誰かが途中で下ろしたのを見たか」


 レオンが聞くと、今度は老婆が首を振る。


「見とらん」

「でも、分かる」

「橋の向こうで止まることがあった」


「橋の向こう?」


「村の手前の曲がりだよ」

「あそこで待たされる時がある」

「兵舎へ回すだの、札を確かめるだの言ってな」


 話が少しずつ重なる。


 村の前まで荷は来る。

 だが、その手前で止まることがある。

 そのあと減る。

 そして村へ入る量が足りない。


 綺麗すぎる話ではない。

 誰が何袋動かしたか、完璧には残っていない。

 けれど、灰色を黒へ寄せるには十分だった。


「その時、領都側の人間は」


 フィアナが問う。


 村長が短く答える。


「いました」


「顔は」


「毎回同じではない」

「ただ、札を持った男がいた」

「村の人間じゃない歩き方でしたな」


 歩き方。

 その表現が妙に生々しい。


 現場の人間は、よそ者をそういうところで見る。

 服の質より、土の踏み方で分かる。


 レオンは木板の横に、持ってきた控えを書き並べた。


 帳面の数字。

 村側の刻み。

 証言。


 奇跡みたいな証拠ではない。

 だが、逃げ道を狭める線は揃ってきている。


「殿下」


 フィアナが低く呼ぶ。


「何」


「ここまで来れば、村の話だけで終わらせられません」


「うん」


「村長」


 彼女は視線を向ける。

 声は丁寧だが、昨日までの“領地側の整った言葉”ではなかった。


「この村だけではありませんか」


 村長は少しだけ息を吐いた。


「隣も同じでしょう」

「奥の村から来た者とも、そういう話はした」


 それで十分だった。


 一つの村の恨みではなく、流れになっている。

 数字の薄さが、村をまたいで続いている。


 フィアナは目を伏せるでもなく、正面のまま言った。


「……そうですか」


 短い。

 それだけだ。

 だが、その短さの中に、彼女なりの重さがあった。


 レオンは横目で彼女を見る。

 彼女はずっと領内を見てきた。

 実務を背負ってきた。

 なのに、その目の前でも、途中で血を抜かれていた。


 悔しくないはずがない。


 小屋の外から子どもの小さな声が聞こえる。

 扉の隙間から覗いていたらしい。

 護衛に見つかって、ぱたぱたと足音が遠ざかった。


 その小ささが、妙に胸に残る。


 村が何とか生きてきたのは、制度のおかげじゃない。

 疑いながら数え、削られながら畑を狭め、それでも持たせたからだ。


「村長」


 レオンは改めて呼んだ。


「はい」


「領都へ上がった訴えは、何度も握りつぶされたんだな」


「全部が全部、握りつぶされたわけではないでしょう」

「上の方では、ちゃんと読まれたものもあるのかもしれん」


 村長は乾いた声で言う。


「でも、こちらから見れば同じです」

「変わらなければ」


 それは正しい。


 前世でも、途中で真面目に読んだ人間はいたかもしれない。

 だが最後に何も変わらなければ、現場から見えるのは“無視された”だけだ。


 レオンは木板を村長へ返した。


「これ、借りられるか」


 村長が少しだけ眉を動かす。


「持って行くおつもりで」


「写しを取る」

「原物はここに置く」


 フィアナがすぐに続けた。


「こちらで正式な控えを作ります。返しません」

「ただ、今日の話は私どもの側でも記録に残します」


 村長はしばらく二人を見た。

 そして、初めてほんの少しだけ警戒の質を変えた。


 まだ信じてはいない。

 でも、ただの聞き流しだとも思っていない顔だった。


「……分かりました」


 レオンは立ち上がる。


「もう一つ、奥の村も見たい」

「同じ話なら重なるし、違うなら違うで意味がある」


 フィアナが頷く。


「日が落ちる前に出ます」


 小屋を出ると、風が強くなっていた。

 空はもう薄く傾いている。


 村の往来に立つと、さっきより視線が多い。

 ただし、歓迎ではない。

 今度は測る視線だった。


 この王子は、聞いただけで帰るのか。

 それとも、何かを言うのか。


 その空気がはっきりある。


 レオンはその場で一度だけ振り返った。

 集会小屋の前。

 痩せた村。

 老人と子どもばかりの往来。


 数字だけでは足りなかった理由が、ようやく腹の底に落ちる。


 ここまで見て、何も言わずに帰るのはたぶん一番駄目だ。


「フィアナ」


「何でしょう」


「最後に、一言だけ置いていく」


 彼女は少しだけ目を細めた。


「軽い言葉なら、逆効果です」


「分かってる」


「……そうですね。今は、そうでした」


 その返しが少しだけ変わったことに、レオンは気づいた。

 そして、そのまま村長の方へ向き直る。


 言うなら、今しかなかった。


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