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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第30話 痩せた土地

 

 村の中は、外から見た以上に静かだった。


 静かというより、音を出す元気が残っていない。

 そんな空気に近い。


 家はある。

 煙も上がっている。

 だが、往来が薄い。

 軒先に座るのは老人が多く、動き回るのは痩せた犬と、年の小さな子どもばかりだった。


 若い男手が少ない。

 女も、働き盛りの姿が多くない。


「集会小屋へ」


 入口の老人がぶっきらぼうに言う。

 案内というより、立ち話で済ませる気はない、という意思表示だった。


 レオンとフィアナは顔を見合わせず、そのままついていく。

 護衛は外に残した。


 小屋の中は薄暗い。

 火鉢の熱も弱い。

 長椅子が二つと、粗い机が一つ。

 その周りに、村の年寄りが何人か集まっていた。


 誰も立たない。

 礼もない。

 だが、無法という感じでもない。


 もう形式へ割く力がないのだ。


 入口の老人が言う。


「わしが、この村のまとめ役です」


「村長でいいか」


 レオンが聞くと、老人は少しだけ口を曲げた。


「呼びやすければ、それで」


 名前を名乗る気もない。

 たぶん、それで構わないのだろう。


 レオンは小屋の中を見回した。

 壁際に干した根菜が少し。

 樽が二つ。

 どちらも満ちているようには見えない。


「村を見せてもらった」


「見れば分かるでしょう」


 村長の返しは早い。


「痩せました。土地も、人も」

「何年も前からそうです」


 フィアナが口を開く。


「今年の収穫は」


「悪い」

「去年も悪い」

「その前も、よかったとは言えん」


 村長はフィアナを見ても声色を変えなかった。

 遠慮もない。

 だがそれは、彼女を軽んじているからではない。


 恨み方に慣れすぎている声だった。


「耕作地が減っている」


 レオンが言う。


「見てきた。途中で捨てた畝が多い」


「捨てたくて捨てたわけじゃない」


 今度は壁際の老婆が言った。

 声にまだ少し強さがある。


「若いのが減ったんだよ」

「兵に取られたのもいるし、食えなくて領都へ行ったのもいる。隣へ流れた家もある」


 別の老人が唸るように続ける。


「牛が死ねば終わりだ」

「次の春までに買い直す金もねえ。畑を起こせる家から順に、狭くしていくしかない」


 フィアナは黙って聞いていた。

 反論もしない。

 言い訳もしない。


 それがこの人の強さであり、たぶん損なところでもある。


 レオンは机の縁に手を置いた。


「領都への不信が強いのは分かる」


「分かる?」


 村長が乾いた目でこちらを見る。


「なら早い」

「王家も、領主館も、もうだいたい信用されとりません」


 はっきりしていた。


「収穫が減る」

「税は来る」

「兵に持って行かれる」

「配給は来ると言われて、来たり来なかったりだ」


 そこで村長は、わずかに視線を動かした。


「来たと思えば、足りん」


 小屋の空気が少し変わる。


 レオンはその言葉を逃がさなかった。


「足りない?」


「帳面の上では足りてるんでしょうな」


 村長の声は皮肉でも怒鳴りでもない。

 ただ擦れていた。


「こちらでは、そうではない」

「それだけです」


 フィアナが初めて問う。


「いつからですか」


 村長は彼女を見た。

 その視線には、責める色が少しだけあった。


「お嬢さま」


 その呼び方は丁寧だ。

 だが温度はない。


「いつから、ではございません」

「長いこと、そうです」


 フィアナの指先が、外套の縁をわずかに握る。

 ほんの一瞬だけだったが、レオンは見た。


 村長は続ける。


「全部が全部、届かんわけではない」

「だから余計に質が悪い」

「飢え死にが村ごと出るほどではない。だが、毎回少し足りん」

「少し足りんが積もると、人は畑を捨てる」


 その言い方は重かった。


 一度に奪われるより、少しずつ削られる方が逃げ場がない。

 それは帳面でも村でも同じらしい。


 レオンは外を思い出す。

 耕作放棄地。

 痩せた犬。

 老人と子どもばかりの往来。


 全部、今の言葉と繋がっていた。


「配給が来たはずなのに、足りなかったことがあるんだな」


 今度は、壁際にいた痩せた女が口を開く。

 年は三十前後だろうが、それ以上に見えた。


「ありますよ」


 声は小さい。

 でも、諦めきっていない小ささだった。


「樽車で来た日を覚えてます」

「袋は積んであった。けど、村へ入った時には減ってた」


「見たのか」


「見ました」

「入口で数えましたもの」


 村長が低く付け足す。


「この村は、信じないことで生き延びてきた」

「届くと言われた物は、来た時に数える」

「それでも足りん時がある」


 そこまで聞いて、レオンの中で帳面の数字がさらに冷たい形になる。


 村側はもう、最初から信用していない。

 だから数える。

 なのに、それでも足りない。


 紙の外の現実としては十分すぎた。


 フィアナが静かに聞く。


「その話、前にも領都へ上げましたか」


 村長は少しだけ笑った。

 笑いというより、口元が歪んだだけだ。


「何度も」

「返ってくるのは、事情を確認するという札だけです」


 小屋の中の誰も、その言葉を否定しなかった。


 それで分かる。

 この村では、同じ話をもう何度もしてきたのだ。

 そしてそのたび、何も変わらなかった。


 レオンは机の上に視線を落とした。

 粗い木目が見える。

 指先に冷たさが残る。


 王都の書類でも、現場の訴えはよく擦り減る。

 途中で薄められて、誰にも責任が残らない形になる。


 ただ、今目の前にあるのは、その結果で痩せた土地だ。


「具体的な日を聞きたい」


 レオンが言うと、村長の目が少しだけ動いた。


「日付を覚えている分だけでいい」

「来たはずの量と、実際に届いた量。そのずれを知りたい」


 村長はすぐには答えなかった。

 代わりに、壁際の棚から古い木板を取ってくる。


 表面には浅い刻みが並んでいた。

 線の束がいくつもある。


「帳面は苦手でしてな」

「だから印で残しとる」


 レオンは木板を受け取った。

 配給が来た日に刻んだのだろう。

 ただの線だ。

 だが、この村ではそれが生きるための記録だった。


 フィアナもそれを見て、ほんの一瞬だけ言葉を失ったようだった。


「……そこまで、されていたのですね」


 村長は返さない。


 必要だったからやった。

 それだけだという顔だった。


 レオンは木板の刻みを見つめた。


 これなら、次が聞ける。


「その日を一つずつ、聞かせてくれ」


 村長はようやく腰を下ろした。


「長くなりますぞ」


「構わない」


 そう答えた時、小屋の外で風が強く鳴った。


 次に出てくるのは、愚痴ではない。

 紙の外で削られた数の話だ。


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