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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第29話 視察

 

 翌朝の南門は、まだ空が白みきる前だった。


 石壁の内側に冷えがたまっている。

 吐く息が薄く見えた。


 門の前には馬が三頭。

 護衛は四人。

 最小限ではないが、隊列と呼ぶほどでもない。


 レオンが外套の留め具を直していると、先に来ていたフィアナが地図を畳む。


 灰銀の髪は高くまとめられ、いつもの領内向けの実務服の上から防寒の外套を重ねていた。

 華やかではない。

 だが、領都の冷たい朝に不思議なくらいよく馴染む姿だった。


「早いな」


 レオンが言うと、フィアナは目だけでこちらを見る。


「遅れて、村へ“やはり王族だ”と思われる趣味はありません」


「俺もない」


「結構です」


 いつもの調子だ。

 けれど、第20話の初対面の時よりは、言葉の棘が仕事に沿っている。


 護衛の一人が近づく。


「北道手前の村までなら半日弱。ただし、道が乾いておりません。荷車の轍に足を取られます」


「分かった」


 レオンが頷くと、フィアナが地図の一点を指した。


「まず手前の村です。記録と実数のずれが大きいのはこちら」

「奥の村は、その先で」

「日が落ちる前に二つ目まで触るなら、長居はできません」


「今日は見るのが優先だ」


「聞くことも、です」


「分かってる」


 フィアナは小さく頷いた。

 ようやく馬へ手をかける。


 門が開く。

 石の擦れる音が、朝の空気の中で妙に大きかった。


 領都の外へ出ると、風が少し強い。

 だが、それ以上に目に入る景色が寒かった。


 道の脇の草は荒れている。

 踏み固められた轍のわりに、往来の気配が薄い。

 荷がよく通る道は、もっと土が均される。

 もっと馬糞が落ちる。

 もっと人の気配が残る。


 ここは違う。

 通るべきものが減って、壊れ方だけが進んでいた。


 少し進んだところで、横倒しになった古い荷車が見える。

 車輪が外れたまま、脇へ寄せられていた。


「片づけないのか」


 レオンが聞くと、護衛が前を向いたまま答えた。


「今は、壊れた荷車を直す木も手も惜しいので」


 フィアナが続ける。


「通れなくなるほどでなければ、脇へ寄せて終わりです」


「なるほど」


 なるほど、で済む話ではない。

 だが現場は、そういう積み重ねで痩せていく。


 さらに北道を進む。


 畑が見えてきた。

 見えてきて、レオンは少しだけ黙った。


 収穫が悪い、というより、畑の形そのものが崩れている。

 耕した跡のある区画と、途中でやめた区画。

 雑草に負けかけた畝。

 石を拾う余裕もなかったらしい端の荒れ。

 畑として使うのを半分諦めた土地の色だった。


「……これ、今年だけの話じゃないな」


 レオンが言う。


 フィアナはすぐに否定しなかった。


「ええ。二年、三年と崩れた畑もあります」

「一度人が抜けると、戻すのは簡単ではありません」


「働き手が減ったからか」


「逃げた者も、死んだ者も、兵に取られた者もいます」


 答えは短い。

 だが重さは十分だった。


 少し先で、小さな水路が見える。

 橋板は歪み、片側が沈んでいた。


 護衛が馬を緩める。

 荷車ならここで大きく揺れるだろうと、見なくても分かった。


「この橋、直さないのか」


「何度か直しました」


 フィアナが言う。


「ですが、木材を回しても、次に別の場所が崩れます。今のフェルドはそういう段階です」


 一か所を綺麗にしても、他が持たない。

 前世でもよく見た。

 人員も資金も足りない組織の修繕は、たいていそうなる。


 橋を渡った先で、道の脇に小さな祠があった。

 供物はない。

 花もない。

 扉も少し歪んでいる。


 レオンはそれを見て、ふと領都門前の流民を思い出した。

 人は、余裕がなくなると祈る順番すら後ろへ回る。


「殿下」


 フィアナが呼ぶ。


「何」


「黙るときは、たいてい顔があまりよくありません」


「便利だな、それ」


「三度目でしょうか」


「数えてるのか」


「印象が強いので」


 少しだけ乾いた会話だった。

 けれど、そのあとに流れる沈黙は前より悪くない。


 北道の村へ近づくにつれ、人の気配が減る。

 畑に人がいない。

 子どもの声も少ない。

 遠くに煙は上がっているのに、生活の音が薄い。


 やがて、低い木柵に囲まれた村が見えた。


 門というほどのものはない。

 ただ、入口に丸太を渡し、出入りを一応区切っているだけだ。

 その前に立っていた老人が、こちらを見るなり表情を固くした。


 歓迎ではない。

 露骨な敵意でもない。


 また来たのか、という顔だった。


 王族の紋の入った外套。

 フィアナの姿。

 護衛。

 それだけで十分に、村の空気が閉じる。


 家の扉が一つ、二つ、静かに閉まった。


 レオンは馬を止めたまま、その様子を見た。


「……想像以上だな」


「申し上げたはずです」


 フィアナの声は静かだった。


「領都の比ではないと」


 入口の老人が一歩だけ前へ出る。

 礼はしない。

 無礼を働く気でもない。

 ただ、頭を下げる余裕をもう持っていない顔だった。


「何のご用ですかな」


 声は乾いている。

 恨みより、疲れが先にある。


 レオンは馬から降りた。


 王子だからと高い位置にいたまま話すのは、たぶん一番悪い。

 そういう種類の空気だった。


 靴が土を踏む。

 入口の老人――たぶん村長なのだろう――の目がわずかに動いた。


「視察に来た」


 レオンはまっすぐ言う。


「帳面では見えないことを、見に来た」


 老人は少しだけ目を細める。


「今さらですな」


 その一言に、村の扉の向こうの気配まで冷えるのが分かった。


 王族が来た。

 辺境伯令嬢も来た。

 それでも村は動かない。


 それが、この土地の答えだった。


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