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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第27話 複数犯

 

 昼過ぎには、机の上の紙の並び方が変わっていた。


 量の順ではない。

 日付の順でもない。


 誰が触ったか。

 どの印が重なるか。

 そのための並びだ。


 レオンは、搬入控えと倉庫札と徴税控えを横に並べた。

 同じ日の紙でも、筆跡が違う。

 印の押し方が違う。

 紙の端の折れ方まで違う。


 だが、繰り返し同じ組み合わせで出てくるものがあった。


「ここだな」


 レオンが言うと、フィアナが近づく。


「どれです」


「この印」


 彼が指したのは、倉庫搬入札の端に押された小さな確認印だった。

 倉庫番だけの印ではない。

 副書記が確認した時に使う簡易印らしい。


 フィアナが頷く。


「領内書記補の確認印です」


「この印がある時に限って、後の数字が薄い」


「偶然では」


「三回ならそう思う。でも七回続くと、偶然にしては出来すぎる」


 フィアナは紙を引き寄せ、別の束から同じ印のある札を抜く。

 たしかに続いていた。


 さらに、徴税控えへ目を移すと、同じ時期だけ村側の納入評価が妙に甘くなっている。

 本来なら不足として立つはずの分が、曖昧な減免に流れていた。


「……こちらもですね」


 フィアナが低く言った。


「同じ時期に、徴税側の処理も緩くなっています」


「倉庫で薄くして、村では届いてない。なのに税では大騒ぎになってない」


 レオンは紙の間を指でなぞる。


「つまり、途中で数字を合わせてる人間がいる」


 ヘルマンが壁際で唸るように言う。


「倉庫番だけでは無理ですな」


「無理だね」


 レオンは頷く。


「荷を抜く人間。

 帳面を薄める人間。

 その後の村や税の処理を丸める人間。

 少なくとも三つは要る」


 フィアナが腕を組んだ。

 冷えた表情のまま、頭の中で線を引いているのが分かる。


「倉庫番、書記、徴税担当……」


「そのどれかが欠けたら、ここまで綺麗にはならない」


 そこへ、扉の外で迷うような気配がした。

 バルトだった。


「入れ」


 レオンが声をかけると、旧倉庫番はおそるおそる中へ入ってくる。

 顔色が悪い。

 紙束を見るだけで胃が痛む類の人間だろう。


「……お呼びでしょうか」


「少し聞きたい」


 レオンは椅子にもたれず、そのまま問うた。


「倉庫から荷を出す時、確認は何人通る」


「ふ、ふだんは……私か、もう一人の倉庫番が札を書いて、それを書記が確認します」


「徴税担当は」


「村回しの荷なら、あとで控えを見ます」


「あとで?」


「は、はい。すぐではなく……数日あとに」


 レオンとフィアナは短く視線を交わした。

 その遅れがちょうどいいのだ。


 荷を薄くする。

 先に数字を動かす。

 あとから別帳面を寄せる。


「印だけ先に押されることがあると言っていたな」


 レオンが続ける。


 バルトの肩がびくりと跳ねた。


「……あります」


「誰に言われた」


「それは……」


 答えれば終わる。

 その顔だった。


 だがレオンは急かさない。


「今ここで全部吐けとは言わない」


 バルトが少しだけ顔を上げる。


「ただ、確認したい。倉庫の中だけで決まっていたのか」


 沈黙が落ちた。


 暖炉の音。

 紙の擦れる音。

 外を通る荷車の軋み。


 長かったが、永遠ではなかった。


「……倉庫だけでは、ありません」


 絞り出すような声だった。


「書記が先に札を持ってくることが、ありました。あとで数字を合わせるからと」


「誰の指示で」


「名までは……でも、徴税側の帳面と噛み合わせる時があると」


 フィアナの目がすっと細くなる。


「徴税側と、そう言ったのですね」


 バルトは青ざめたまま頷いた。


「は、はい」


 それで足りた。


 レオンは心の中で、ほぼ形が固まるのを感じた。

 誰か一人が勝手にやっていたのではない。

 役所の中で、複数の机をまたいで流していたのだ。


「長期間だな」


 レオンが言う。


「たぶん、一冬や二冬じゃない」


 フィアナが静かに返す。


「私が実務を引き取る前から混ざっていた可能性があります」


 その声に、悔しさが混じる。


 彼女は今の領地を支えてきた。

 だが、崩れた土台そのものはもっと前から傷んでいたのだろう。


 ヘルマンがぼそりと漏らす。


「古い抜け道が、飢えた土地で育ったわけですな」


「育ってほしくないものほど育つ」


 レオンは紙を揃えた。


「しかも、今の苦境で見つけにくくなってる」


 フィアナは机を見たまま言う。


「……一人の横領ではありませんね」


「うん」


「倉庫番を替えるだけでも足りない」


「足りない」


「書記だけでも、徴税担当だけでも」


「足りない」


 一問一答みたいだった。

 だが、互いに同じ線を見ている確認でもあった。


 フィアナは小さく息を吐く。


「最悪です」


「二回目だな、それ」


「二回言う価値があります」


 レオンは少しだけ口元を緩めそうになったが、やめた。

 笑う話ではない。


 これが本当なら、次に来るのは処断だ。

 けれど、まだ紙の上だけだ。


 紙は強い。

 同時に弱い。

 整えた側が、あとから言い逃れもできる。


 臨時搬出だった。

 緊急判断だった。

 盗賊を恐れた。

 関所が閉じた。

 村側の受け取りが遅れた。


 紙だけでは、いくらでも濁せる。


 レオンはそのことをよく知っていた。


 前世でも、表だけでは切れない人間がいた。

 数字が合わないと分かっても、現場へ降りなければ潰しきれない穴がある。


「殿下」


 フィアナが呼ぶ。


「何」


「ここまで見えたのなら、誰かを拘束なさいますか」


 直球だった。

 そして当然の問いでもある。


 レオンはすぐには答えなかった。

 机上の紙を見る。

 バルトの青い顔を見る。

 フィアナの硬い横顔を見る。


「まだだ」


 そう言うと、フィアナの目がわずかに動いた。


「なぜです」


「紙だけで切るには、まだ足りない」


「ですが、今なら帳面の押収は」


「する。でも、首は飛ばさない」


 フィアナは黙る。

 反対したいのではない。

 理由を量っている顔だ。


 レオンは続けた。


「ここで一人捕まえたら、他が隠れる。灰色の人間まで口を閉じる」


「……そうですね」


「それに、村側の現物が要る。届いた荷、届かなかった荷、途中で消えた話。紙の外を見ないと、言い逃れを塞ぎきれない」


 暖炉の火がまた小さく弾ける。


 バルトは怯えたまま立っていたが、今の言葉で少しだけ息を継いだようにも見えた。


 レオンは机の上の一枚を裏返した。


「組織的だ」


 その一言は、部屋の中で妙に重く落ちた。


 個人の悪意では終わらない。

 仕組みに寄生した複数犯。

 だからこそ、紙の中だけで裁くと取りこぼす。


 フィアナは長く黙ったあと、小さく頷く。


「……分かりました」


 彼女の視線は、もう紙の先を見ていた。


「では、次は現場ですね」


 そこまで言われて、レオンもようやく頷いた。


「そうなる」


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