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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第24話 帳簿を見せてくれ

 

 小箱の鍵が開く音は、妙に小さかった。


 それなのに、部屋の空気ははっきり変わった。

 セリスも、壁際でわずかに姿勢を正す。

 フィアナ自身が、この行為を軽く見ていないのが分かる。


 箱の中には、紐で綴じた帳面が何冊か入っていた。

 新しいものではない。

 角が擦れ、何度も開かれた跡がある。


 フィアナはそのうち二冊を選び、机の上へ置いた。

 さらに、別紙を数枚添える。


「倉庫の出納。

 領都内配給の控え。

 それから門外仮設区画の臨時記録です」


「税の帳簿は?」


「まだです」


 即答だった。


「まずはこちらを」


 レオンは紙へ手を伸ばしかけ、いったん止めた。


「最低限、か」


「はい」


 フィアナは真っ直ぐ答える。


「殿下が何を見る方なのか、こちらも知る必要があります」


 試し合い。

 昨日の時点で始まっていたものが、ようやく形になった。


 レオンは一冊を開き、最初の頁へ目を落とす。

 字は整っている。

 だが整いすぎてはいない。

 実務で使われた帳面の字だった。


 日付。

 出庫量。

 宛先。

 用途。


 一見、普通だ。

 ただ、二頁、三頁と追ううちに違和感が浮く。


 同じ週なのに、出庫先の表記揺れが多い。

「南門分」と「門前分」と「仮設分」が混在している。

 書いた人間が違うのか、わざとか。

 少なくとも、そのまま集計するとズレる。


 レオンは頁を戻した。


「これ、まとめ直してないな」


 フィアナが少しだけ目を細める。


「ええ」


「わざと?」


「途中までは人手不足です。途中からは、整理すると逆に消えるものが多いので止めました」


「消える?」


「名目を一つに揃えると、“どこへ出たはずなのに届いていないか”が見えにくくなります」


 レオンは帳面から顔を上げた。


「あなた、最初から気づいてたな」


「違和感はありました」


「でも決めきれなかった」


「はい。現場が先でしたので」


 その答えに嘘はなさそうだった。


 彼女は数字を軽視していたわけではない。

 ただ、数字を掘る余裕すらなかったのだ。

 門外、兵舎、炊き出し、村への配分。

 崩れる順番を止めるだけで手一杯だった。


 レオンは二冊目へ手を伸ばした。

 今度は倉庫の出納。

 こちらも一見は綺麗だが、綴じ方が途中で変わっている。

 紙質まで違う頁が混ざっていた。


「差し替えがある」


「あります」


「原本は残ってるか」


「一部は」


「一部、ね」


 レオンは頁をめくる指を止めた。


「フィアナ」


「はい」


「ここで改めて言う」


 彼は帳面を閉じ、彼女を見た。


「責任を取る立場なら、数字を見せてもらう必要がある」


 部屋が静まる。


 セリスも動かない。

 フィアナだけが、まっすぐにレオンを見返す。


「王都へ報告するためではない」


 レオンは続けた。


「誰が抜いたか、どこが崩れるか、何を先に切るべきじゃないか。その順番を間違えないためだ」


「信じろと仰るのですか」


「まだ言わない」


「では」


「でも、隠したまま一緒に回せるほど、今のフェルド領は丈夫じゃない」


 言葉はきつくしない。

 その代わり、逃がさない。


「俺は王族だ。そこは変わらない。

 あなたが警戒するのも当然だ。

 でも、だからって目隠しされたまま名前だけ置かれるのは、現場にもあなたにも一番悪い」


 フィアナの瞳が揺れた。

 昨日の保留とも、今日の反発とも違う揺れだった。


「……殿下は」


 彼女はほんの少しだけ言葉を探し、やがて整え直す。


「思っていたより、面倒なお方ですね」


「そっちもな」


 すると、ほんのわずかに、本当にわずかにだけだが、フィアナの口元が緩んだ気がした。

 笑ったというほどではない。

 ただ、氷の表面に細いひびが入るくらいの変化だった。


「分かりました」


 彼女はそう言って、箱の中からもう一冊だけ帳面を出した。


「こちらは倉庫の旧控えです。ただし、今はここまでにしてください」


「まだあるな」


「あります」


「全部はまだ無理か」


「はい」


「じゃあ、読んでから次を頼む」


 あっさり返すと、今度はフィアナの方が少しだけ目を瞬いた。


 押し切ると思っていたのだろう。

 だが、ここで奪う形にしても意味がない。

 欲しいのは紙そのものより、今後も出てくる流れだ。


 レオンは三冊を重ねた。


 紙は重い。

 けれど、それ以上に、その向こうに積もった時間が重い。


 フィアナは机の端へ手を置いたまま言う。


「今夜のうちに全部を読めとは申しません」


「読むよ」


「無理は禁物です」


「それ、俺に言う?」


「病み上がりの方には言います」


 少しだけ間が空く。

 妙に自然な間だった。


「……読んで、明日お話を」


 フィアナはそう言って一礼した。

 昨日までのような、完全に冷えた礼ではない。

 まだ遠い。

 だが、こちらを相手として机につける程度には変わっている。


 レオンは帳簿を抱えて実務室を出た。


 廊下の空気は冷たい。

 けれど手元の紙は、妙に熱を持っている気がした。


 部屋へ戻り、暖炉のそばへ座る。

 一冊目を開く。

 二頁、三頁、四頁。


 そして、十頁も行かないうちに、レオンの指が止まった。


 出庫量と残量の計算が、合わない。


 大きくではない。

 ぱっと見では流せる程度。

 だが、前世で嫌というほど見た種類のズレだった。


 綺麗に壊すためのズレではない。

 長く、何度も、少しずつ抜くためのズレだ。


 レオンは帳面の余白へ指を置いたまま、静かに息を吐く。


 やはり来た。

 しかも、一人分の手つきじゃない。


 暖炉の火が小さく鳴る。

 外では風が窓を叩いていた。


 フェルド領を食っているのは、不作だけじゃない。


 その最初の手触りが、ようやく数字になって現れた。

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