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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第21話 悪女と呼ばれた令嬢

 

 翌朝、案内されたのは応接室ではなかった。


 領主館の一角、窓の少ない実務室だった。

 壁には領都周辺の地図。

 机には帳簿ではなく、村ごとの簡易札と、配給量を書き込んだ紙片が並んでいる。

 暖炉はあるが、火は弱い。


 飾るための部屋ではない。

 回すための部屋だと、入った瞬間に分かった。


 フィアナはすでにそこにいた。

 昨日と同じく飾り気の少ない装いで、机の上の札を指先で整えている。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


 礼は正しい。

 けれど温度は薄い。


「こっちこそ。朝から悪い」


「いえ。朝のうちに話した方が、まだ被害が少なく済みますので」


 さらりと言われ、レオンは少しだけ眉を上げた。


「俺と話すと被害が出る前提なんだ」


「王都から来られる方との会話は、たいていそうでした」


 フィアナは視線を上げた。


「現場を見て怒る方。

 数字だけ見て削る方。

 礼儀だけ整えて帰る方。

 どれも珍しくありません」


 一つずつは静かな言い方なのに、積もったものが見える。


 セリスが壁際に控えたまま、何も挟まない。

 今は口を出さない方がいいと判断したのだろう。


 レオンは室内を見回した。

 地図には色の薄い印がいくつも打たれている。

 領都、門外、村、街道、見張り所。

 そして、炊き出しか何かの場所を示す印もあった。


「これは今の領内か」


「領都周辺だけです。全域はまだまとめきれていません」


 フィアナは地図の一角を指した。


「ここが門外の仮設区画です。受け入れ順を作り、状態の悪い者から中へ移しています。ただし、領都内へ一気に入れれば配給が崩れます」


「昨日聞いた通りだな」


「はい。ですので、嫌われても止めています」


 言い切りに迷いがない。


 王都で聞いた“冷たい女”という噂は、たぶんこういうところだけを切り取って育ったのだろう。

 柔らかくない。

 相手を安心させる言い方もしない。

 だが、現実は見ている。


「兵の配置もあなたが?」


「最終判断は私です。兵数が足りませんので、巡回を増やせば門が薄くなります。門を厚くすれば村回りが遅れます」


「薪は」


「不足しています。兵舎、炊き出し、館内で優先順位をつけています」


「薬は」


「もっと不足しています」


 返答が速い。

 しかも迷いがない。


 レオンは机上の札へ目を落とした。

 粗い字で、村名と人数、必要量、補充予定日らしき数字が書かれている。

 乱雑に見えて、置き方には規則があった。


「帳簿より、こっちの方が今の実態に近いのか」


「帳簿が追いつかない時はこちらを見ます」


 フィアナは少しだけ口元を引き締めた。


「本来は良くありません。ですが、紙が整うのを待っていたら間に合わないことがあります」


 そこへ扉が叩かれ、年若い使用人が顔を出した。


「お嬢さま、南門の炊き出しで列が伸びていると」


「粥を薄くしてください。塩は減らさず、刻み菜を増やしてかさを出して。昼前にもう一度人数を数えさせて」


「はい」


「それと、昨日倒れた子は」


「熱は下がったそうです」


「分かりました。後で医師の記録を回してください」


 使用人はすぐに下がった。


 短い。

 だが必要なことが全部入っていた。


 レオンは何も言わず、それを見ていた。

 命令口調ではある。

 けれど威張る感じはない。

 迷っている暇がない人間の言い方だ。


「……忙しいな」


「忙しくない方が異常です」


「王都への不信を隠さない理由は分かった気がする」


 フィアナの瞳が、ほんの少しだけ細くなる。


「分かったつもりになられるのは困ります」


「まだつもりだよ」


 レオンは素直に返した。


「でも、少なくとも“性格が悪いから嫌われてる”だけじゃないのは分かる」


 空気が止まった。


 セリスが視線をわずかに上げる。

 フィアナは数秒だけ黙り、それから静かに言った。


「王都では、そのように聞いておられたのですね」


「聞いた」


「では、警戒なさるのが自然です」


「警戒はしてる」


 レオンは地図の上の印を見たまま言う。


「ただ、今のところ筋は通ってる」


 その言葉に、フィアナの表情はほとんど動かなかった。

 だが、昨日のような露骨な切り返しも来ない。


 代わりに彼女は、机上の札を一つ裏返した。


「筋が通っていても、領地は救えません」


「だろうな」


「必要なのは、人と物と時間です。綺麗な理解ではありません」


「それも分かる」


 レオンが答えると、フィアナは初めて少しだけ怪訝そうな顔をした。


 たぶん、ここで言い返したり、王族らしく気分を害したりすると思っていたのだろう。


「……では、殿下は何をお望みですか」


 ようやく、本題に近い問いが来た。


 レオンは机の上の地図と札を見た。

 門外。

 炊き出し。

 兵の配置。

 足りない薪と薬。


 応接室ではなく、この部屋に通された意味も分かる。

 試されているのだ。


「まずは、今どこが一番危ないのか知りたい」


「全部です」


「その中でも、先に崩れたら終わる場所を」


 フィアナは数呼吸ぶんだけ黙った。

 それから地図の上、領都の外周と北寄りの村を順に指した。


「門外の仮設区画。

 北道沿いの二村。

 それから兵舎です」


「兵舎」


「兵が崩れれば配給も門も崩れます」


 即答だった。


 レオンは小さく頷く。

 やはり、この人はちゃんと順番で考えている。


 王都で聞いた噂より、ずっと話が早い。

 ただし、信用されているわけではない。


 それが今の距離だと、ようやくはっきりした。


 フィアナはレオンを真っ直ぐ見た。


「昨日も申し上げましたが、ここは王都の見た目では回りません」


「ああ」


「ですから、もし殿下が“整った報告”だけをお望みなら、先にそう仰ってください。その方がこちらも無駄がありません」


 遠回しではない。

 ほとんど最後通告だ。


 レオンは少しだけ息を吐いた。


「じゃあ、先に言っておく」


 フィアナの瞳が揺れずに待つ。


「俺は、整ったふりをした報告はいらない」


 その言葉に、彼女の目の奥がほんのわずかに動いた。


「……そうですか」


「ただし、本当にそうかどうかは、これから見せてもらう」


 柔らかい会話ではなかった。

 けれど、ようやく同じ机の端に立った気はした。


 フィアナは地図の札をまとめながら言う。


「では、今日は現場をご覧いただきます」


「案内してくれるのか」


「ええ。口で話すより早いので」


 冷たいままの返事だった。

 だが、昨日までより一歩だけ前に進んでいる。


 レオンはその小さな変化を見逃さなかった。


 この令嬢は、たぶん悪女なんかではない。

 ただ、甘い言葉で回せる場所にいないだけだ。


 そして、そういう人間ほど、簡単にはこちらへ背を預けない。


「分かった」


 レオンは立ち上がった。


「じゃあ、見せてくれ。今のフェルド領を」


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