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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第20話 冷たい出迎え

 

 最初に見えたのは、灰銀色だった。


 灯りの弱い会議室でも、その髪は冷たい光を持っていた。

 長い髪を後ろで低くまとめ、防寒用の濃い色の外套を羽織っている。

 装いは華やかではない。

 むしろ実務の途中でここへ来たと分かる、飾りの少ない格好だった。


 噂にあった通り、美しい。

 そして、噂にあった通り、冷たくも見える。


 だが、扉を入って最初に彼女が見たのはレオンではなく、机上の帳簿と、並んだ役人たちの顔だった。


 そこにレオンは少しだけ引っかかった。


 ああ、この人はまず状況を見るのか。

 そう思った。


「お待たせいたしました、第三王子殿下」


 フィアナ・ベルクラインは礼を取った。

 動きに無駄がない。

 完璧に整っているが、媚びる柔らかさはまるでない。


「本来であれば門までお迎えすべきところ、遅れましたことをお詫びいたします」


「門外のことに当たっていたのか」


 レオンが問うと、彼女はわずかに視線を上げた。


「はい。今はそちらを空ける方が危険でしたので」


 言い訳ではない。

 報告だった。


 その言葉だけで、王都で聞いてきた“冷たい令嬢”の輪郭が少しずれた。


「そうか」


 レオンは短く頷く。


「むしろ、そっちを優先してくれて助かる」


 フィアナの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 驚いたのか、警戒したのか、その両方かもしれない。


「そう仰る王都の方は、あまり多くありません」


「俺も王都育ちだけどね」


「存じております」


 短い会話なのに、温度は上がらない。

 だが、話は通じる。

 それは大きかった。


 フィアナは部屋の中央へ進み、並んだ役人たちを見た。


「倉庫は、もうご覧になったのですね」


「ああ」


「説明は、どなたが」


 その問いに、中年文官が慌てて一歩出る。


「わ、私が」


 フィアナは彼を見た。

 怒鳴りもしない。

 責める調子でもない。

 なのに、その一瞥だけで男の肩が少し縮んだ。


「では、聞かせてください。殿下には、どのような説明を?」


 部屋の誰より冷静なのは、たぶん彼女だった。


 役人がしどろもどろに、先ほどの話を繰り返す。

 流民への臨時放出。

 盗賊被害。

 兵舎分の前倒し。

 村への配分。


 フィアナは途中で止めない。

 全部聞く。

 その間、表情もあまり動かない。


 聞き終わってから、彼女は一言だけ言った。


「足りませんね」


 財務役人が顔を上げる。


「お嬢さま、それは」


「説明が、です」


 彼女の声は静かだった。

 静かなのに、ばっさり切れる。


「その理由だけで今の倉庫の薄さになるなら、もっと前に報告の形が整っていなければおかしい。村配分の一覧も、兵舎分の移動札も、盗賊被害の損耗報告も足りません」


 セリスが横で小さく息を吐いた。

 肯定の代わりみたいな音だった。


 レオンはフィアナを見た。


 噂通り、厳しい。

 ただし、言っていることは筋が通っている。


「あなたもそう見ますか、殿下」


 フィアナが初めて真正面から聞いてきた。


「見る」


 レオンも正面から返す。


「今のところ、理由は全部“あり得る”。でも、都合よく揃いすぎてる」


「同感です」


 それだけ言って、フィアナは視線を帳簿へ落とした。


 彼女は即座に味方へ寄ってきたわけではない。

 だが、不自然な説明をかばう気もないらしい。

 その距離の取り方が、逆に信用できた。


「門外の流民について」


 レオンが言う。


「領都へ入れない判断は、あなたが?」


「最終判断は私です」


 ためらいなく答える。


「入れれば、領都内の配給が崩れます。追い返せば道で死にます。ですので、外で最低限を繋ぎながら、受け入れ順を作っています」


「恨まれてるかもしれない」


「ええ」


 フィアナは否定しなかった。


「ですが、今は嫌われることより崩さないことを優先します」


 王都で作られた悪女の噂は、たぶんこういうところから育ったのだろう。

 柔らかくない。

 愛想もない。

 でも、現実を切らない。


 それを好む人間ばかりではない。

 むしろ嫌う者の方が多い。


「殿下が門外を見られたと聞きました」


 フィアナが言う。


「見たよ」


「それでも、こちらへお入りになった」


「入らないわけにもいかない」


「はい」


 そこで彼女はほんの一瞬だけ、疲れに近い影を目の奥へ落とした。


「皆、何か一つ見て判断します。門外だけ見て怒る方も、館の中だけ見て整えたつもりになる方も」


 王都から来た人間たちのことだろう。

 あるいは、これまでの監査や使者も含むのかもしれない。


「私は」


 フィアナは言葉を選ぶように、少しだけ間を置いた。


「また王都から、事情も知らない方が増えたのだと思っておりました」


 役人たちが息を詰める。

 王子の前で言うには、ずいぶん率直だ。


 だがレオンは腹を立てる気になれなかった。

 門外の焚き火跡と、空いた倉庫を見たあとなら、そう思われても仕方がない。


「まだ事情は知らないよ」


 レオンは正直に言った。


「でも、知る前に整ったふりをする気もない」


 フィアナの薄灰の瞳が、初めて少しだけ揺れた。

 好意ではない。

 判断を保留する時の揺れだ。


「……そうですか」


 彼女はそれ以上踏み込まなかった。

 代わりに役人たちへ向き直る。


「原本を集めてください。搬出入札、村配分表、兵舎控え、関所通過の控えも。欠けているものは欠けていると分かる形で」


 中年文官が青ざめる。


「今夜のうちに、でございますか」


「今夜のうちにです」


 声は変わらない。

 だが余地もない。


 レオンは内心で、なるほどと思った。

 この人が領地を回してきたのだろう。

 怖さではなく、曖昧さを許さない力で。


 だから嫌われもしたのだ。


 フィアナは最後にレオンへ向き直った。


「本日は旅路のお疲れもあるでしょう。正式なお話は明朝、改めてお時間をいただけますか」


 断りではない。

 試しだ。


 レオンは頷いた。


「構わない」


「ありがとうございます」


 礼はする。

 けれど、やはり温度は薄い。


 扉の方へ下がりかけて、フィアナは一度だけ足を止めた。


「殿下」


「何」


「現場をご覧になるのは結構です。ただ、ここは王都の見た目では回りません」


 振り返った横顔は、やはり冷たく美しかった。


「それを本当に理解される方かどうか。明日、見せていただきます」


 そう言い残し、彼女は静かに部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 残ったのは、張りつめた沈黙と、弱い暖炉の音だけだった。


 レオンは机の上の帳簿を見下ろした。

 噂より、よほど話の早い相手だ。

 ただし、簡単に信用してくれる相手でもない。


 それでいい、と少し思う。


 門外の流民。

 空の倉庫。

 取り繕う役人。

 そして、冷たい声で現実を切る令嬢。


 フェルド領は、思っていた以上に壊れかけていた。

 そして、その真ん中には、たぶん一人で踏ん張り続けてきた人間がいる。


 明日からが本番だと、ようやくはっきりした。

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