表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/55

第17話 フェルド領都

 門をくぐった瞬間、レオンが最初に感じたのは、城壁の内側の方がむしろ寒いということだった。


 風の温度ではない。

 空気の温度だ。


 人の動きが少ない場所は、それだけで冷える。


 領都グランフェルの通りは、形だけ見れば都市だった。

 石畳もある。

 市場の区画もある。

 兵舎へ続く道も、領主館へ向かう坂も、一応は整っている。


 だが、どこも半分ずつ死んでいた。


 店は開いている。

 けれど品が薄い。

 客もいる。

 けれど声が小さい。


 市場の端では、干した魚が少し、黒ずんだ根菜が少し、粗い布が数反。

 薪を積んだ荷車の前には人が並んでいたが、値切る元気もなさそうだった。


 通りを歩く兵士の外套には継ぎが当たっている。

 革靴の底も減っていた。

 見張りを怠けているわけではない。

 むしろ、疲れたまま立ち続けている顔だった。


「……思っていた以上だな」


 馬車の窓から外を見たまま、レオンが呟く。


「王都で聞く話は、たいてい少し軽くなります」


 向かいでセリスが言った。


「ここまでとは聞いてなかった」


「聞いていたら、来る者がさらに減りますので」


 慰めにもならないが、事実ではある。


 王族の一団が入ったことで、通りの視線が少しだけ集まった。

 だが、好奇心より先にあるのは警戒だった。

 歓迎でも、露骨な反発でもない。


 また面倒なものが来た。

 そういう顔だ。


 門から領主館までの間で、その視線を何度も受けた。

 子どもは隠れないが、近づきもしない。

 商人らしい男は頭を下げるが、背を伸ばした時にはもう値踏みを終えている。

 兵は礼を取るが、その目の奥には「どうせすぐ帰るだろう」という諦めがあった。


 王都で軽んじられるのと、現場で信用されないのは少し違う。

 だが、どちらも気分のいいものではない。


 領主館の前には、数人の文官と使用人が並んでいた。

 先頭に立つ中年の男が深々と頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました、第三王子殿下。フェルド領都グランフェル、領主館にてお迎え申し上げます」


 丁寧な文句だった。

 だが、声には張りが足りない。

 長く同じ挨拶を繰り返して、どれも報われなかった人間の声に近かった。


「出迎え、感謝する」


 レオンが答えると、男は少しだけ安堵したような顔をした。

 怒鳴られなかっただけで助かった、という反応だった。


「旅路のお疲れもおありでしょう。お部屋と、ささやかな歓迎の席を整えております」


 歓迎の席。


 その言葉に、レオンは門の外の火跡を思い出した。

 乾パンと水を置いてきたばかりだ。

 あれで何かが救われるわけではないと分かっていても、今その言葉は少し重かった。


 館の中へ入る。


 内装は古いが、元は立派だったのだろう。

 柱の木目は美しい。

 壁の織布も、色褪せる前ならもっと見事だったはずだ。

 ただ、暖炉の熱は弱い。

 廊下の敷物は擦れている。

 修繕はされているが、見える場所から順に継いだ感じがあった。


 王都の屋敷なら、こういう傷みは人目につく前に消される。

 ここでは消せない。

 だから残る。


 階段の途中で、窓から兵舎が見えた。

 訓練場には兵がいる。

 だが数は多くない。

 掛け声も低い。

 空腹と寒さを抱えたまま動いている集団の音だった。


「兵の数が足りないのか」


 レオンが足を止めると、先導していた文官が振り返った。


「巡回と門番に回す人数を優先しておりますので、訓練へ割ける者は少なく……」


「装備も足りてないように見える」


 男は一瞬だけ黙った。


「補修でしのいでおります」


「補充は」


「申請は出しております」


 申請は出している。

 つまり、来ていない。


 分かりやすかった。


 部屋へ通される前に、レオンは市場側の中庭へ目を向けた。

 荷台が三つ。

 うち二つは空に近い。

 残り一つに積まれていたのは、樽が数本と、粗末な袋が十いくつか。


 王都で見る納入の景色とは、比べるのも気の毒な薄さだった。


「殿下」


 セリスが小さく呼ぶ。


「何」


「顔に出ています」


「便利だな、それ」


「何度目でしょう」


 彼女は平然としている。

 ただ、視線の先はやはり市場の荷台へ向いていた。

 セリスにとっても、想定より悪いのだろう。


 部屋へ案内され、外套を脱ぐ間もなく、使用人が温かい湯と軽食を運んできた。

 その手は慣れている。

 けれど、皿数を見た瞬間にレオンは眉を寄せた。


 パン。

 肉。

 温野菜。

 薄いが一応、酒まである。


 王族を迎えるにしても、今の外を見た後では多い。


「これは誰の判断だ」


 近くにいた文官が、すぐに答えた。


「殿下をお迎えする以上、体裁が必要かと」


「必要なのは分かる」


 レオンは皿へ手をつけずに言った。


「でも、門の外にあれだけ人がいて、こっちで余計な体裁を積むのは気分が悪い」


 文官の顔が固まる。

 失言だったかと後悔したわけではない。

 ただ、この領地では言葉の置き方を間違えると、すぐに現場へ余計な負担が落ちそうだった。


 セリスが横から静かに口を開く。


「殿下は歓待を拒まれたわけではありません。ただ、優先順位を確認しておられます」


 いつもの平坦な声だ。

 だが助け船ではある。


 文官は急いで頭を下げた。


「失礼いたしました」


「責めてるわけじゃない」


 レオンは椅子へ浅く腰を下ろした。


「ここへ着いたばかりで偉そうなことは言えない。でも、歓迎の形より先に、見たいものがある」


 男の喉が小さく鳴る。


「……何を、でございましょう」


 レオンは窓の外、薄い市場と、継ぎだらけの兵の外套を思い浮かべた。


 門外の流民。

 内側の沈んだ市場。

 痩せた兵。


 この三つを見て、まだ一番奥へ積まれているはずのものが見えてこない。


「倉庫だ」


 部屋の空気が少しだけ止まった。


「今夜はもう遅い。だから明日の朝一番でいい」


 レオンは文官を見た。


「歓迎の席より先に、倉庫を見せてくれ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ