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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第14話 寒村

 宿場村は、思っていたより小さかった。


 王都近くの宿場というと、馬のいななきや商人の声でもっと騒がしいものを想像していた。

 だが、ここは違う。


 人はいる。

 店もある。

 宿屋も、厩舎も、一応は機能している。


 それなのに全体が静かだった。


 賑わいがないのではなく、余計な声を出す余力がない。

 そんな静けさだ。


 馬車が止まると、宿の主人らしい男が慌てて出てきた。

 王家の紋章を見て深く頭を下げる。

 だが、顔を上げた時に浮かんだのは光栄より先に困惑だった。


「お泊まりで、ございますか」


「そうなる」


 レオンが答えると、男はすぐに従業員へ指示を飛ばした。

 動きは早い。

 ただ、その早さに慣れや喜びがない。


 王族だから粗略にはできない。

 でも来てほしかったわけでもない。


 それくらいの距離感がちょうど透けて見えた。


 部屋へ通される前に、レオンは少しだけ村の通りを歩いた。

 護衛が二人つく。

 セリスも当然のようについてくる。


「休まなくていいのか」


「殿下だけを歩かせる方が休まりません」


 もっともだ。


 通りの両側には、木造の建物が並んでいる。

 壁の補修跡は多い。

 窓は小さく、板で打ちつけたままの店もあった。


 一応、宿場としての形は残っている。

 けれど、通り抜ける商人や旅人だけで成り立っていた場所が、少しずつ痩せた時の顔をしていた。


 店先に座っていた老婆が、馬車列を見てすぐに視線を逸らした。

 子どもが二人、干した薪の陰からこちらを見ていたが、親らしい女に呼ばれるとすぐ引っ込む。


 怯えている、とは少し違う。

 期待していないのだ。


「恨まれてる感じもしないな」


 レオンがぼそりと言うと、セリスが隣で頷いた。


「恨むにも力が要りますから」


 ひどく静かな言い方だった。


 宿の裏手では、馬へやる干し草が積まれていた。

 量は少ない。

 質も良くない。


 井戸の近くには水汲みの女たちが並んでいたが、桶の数のわりに会話が少ない。

 そして、皆どこか急いでいる。


 日が落ちる前に終えなければならないことが多すぎるのだろう。


 夕食は薄いスープと硬めのパン、それに少しばかりの塩漬け肉だった。

 王族の食卓としては質素だが、村の事情を思えば文句は言えない。


 レオンが黙って食べていると、宿の主人が恐る恐る口を開いた。


「お気に召しませんでしたでしょうか」


「いや。十分だ」


 本心だった。

 主人はほっとしたように頭を下げる。


 その横顔がやけに疲れて見えたので、レオンはつい聞いた。


「商いは厳しいか」


 男は少し迷った。

 王族相手にどこまで言っていいか、測っている顔だ。


「……北へ向かう荷が減りました」


「逆じゃなくて?」


「南へ下る荷は、まだあります。鉱石や毛皮を少しずつでも運ぶ者はおりますので」


 男は声を落とした。


「ですが北へ運ぶ方は、儲けが薄い。雪前は特に、道も悪くなります。途中で止まれば損が大きい」


「だから行きたがらない」


「はい」


 単純な話だった。

 でも、単純な話ほど深い。


 運ばれない。

 物が足りない。

 さらに北が痩せる。

 痩せるから、もっと運びたがらない。


 悪循環がもう街道の途中から始まっている。


「通行証も、相変わらず面倒ですし」


 男は言ってから、はっとした顔になった。

 言い過ぎたと思ったのだろう。


 だがレオンは気にせず聞き返した。


「面倒?」


 男はセリスの顔色も窺ったあと、観念したように答えた。


「更新のたびに金がかかります。書類も増えました。王都筋は治安維持だと仰いますが、荷が小さい者ほど苦しい」


 セリスは口を挟まなかった。

 否定もしない。


 それで十分だった。


 王都では治安維持の制度。

 地方では小商いを細らせる重し。

 そういうものはいくらでもある。


 食後、窓の外を見ると、通りはもう暗かった。

 宿場なのに明かりが少ない。

 油も薪も節約しているのが分かる。


「王都から一日でこれなら、先は期待しない方がいいな」


 レオンが呟くと、セリスが帳面へ視線を落としたまま言った。


「期待は、現場を見てから決めるべきかと」


「厳密だな」


「無駄な落胆を減らせます」


 合理的ではある。

 たぶん、正しい。


 翌朝、まだ空が白み始めたばかりのころに出立した。

 村を出る時も、見送りらしい見送りはない。

 ただ、通りの端で荷を括り直していた小柄な商人が、こちらを見てぽつりと呟いた。


「この先、昨日も荷車が止まってましたよ」


 護衛の一人が足を止める。


「どのあたりだ」


「北へ半日ほど。川沿いの曲がり道です。見捨てられてなきゃいいんですが」


 その言い方が、少し引っかかった。


 見捨てられていなきゃいい。

 つまり、止まった荷車がそのままになるのは珍しくないということだ。


 レオンは商人へ礼を言ってから、馬車へ乗り込んだ。


「嫌な予告だな」


「ええ」


 セリスが短く答える。


「ですが、殿下がお望みの“現場”ではあります」


 確かにそうだ。

 街道の上で何が止まっているのか。

 それを見れば、紙の上より少しは分かる。


 馬車はまた北へ動き出した。

 朝の冷え込みは昨日より強い。


 そして半日後、彼らは本当に、道の真ん中で止まった荷馬車を見ることになる。



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