第13話 北へ
王都の石畳が途切れると、馬車の揺れはすぐに変わった。
硬く均された道から、少し荒れた街道へ。
それだけで、尻に伝わる衝撃が露骨に増える。
レオンは窓の布を少しだけ上げて、外を見た。
冬の手前の空は薄く曇っている。
王都の外へ出ても景色が急に劇的に変わるわけではないが、整い方が違った。
畑はある。
村もある。
だが、手が入っている感じが薄い。
道端の草は長く、側溝は半ば埋まり、街道脇の柵もところどころ傾いている。
王都の近くなら、こうはならないだろう。
「もう少し綺麗に繕うものかと思ってた」
向かいに座るセリスが顔を上げた。
「何をですか」
「王都の外側」
レオンが言うと、セリスは手元の記録を閉じた。
「王都に近い街道は十分に整っています」
「十分?」
「王都の人間が困らない程度には、です」
言い方が冷たい。
だが、窓の外を見る限り間違っていない。
王都から半日ほど走っただけで、道はもう少しずつ疲れていた。
割れた石。
ぬかるみかけた轍。
壊れたままの水路橋。
使えないほどではない。
ただ、放っておかれている感じがある。
「中央偏重って、こういうところにも出るんだな」
「むしろ、こういうところに一番出ます」
セリスは当然のように言った。
「王都の会議では、地方支出の数字だけが並びます。道がどれだけ割れているか、橋が何日止まれば村が何を失うかまでは、滅多に話題になりません」
「数字になってからやっと問題になる」
「ええ。そして数字になった時には、たいてい遅い」
レオンは軽く息を吐いた。
前世でも似たようなものだった。
現場の悲鳴は、損失として表に出るまで上に届かない。
出た時には、もう誰かが疲弊している。
馬車列は北へ進む。
護衛は必要数いる。
荷も、今のところ問題ない。
それでも、道が悪くなるだけで移動そのものの機嫌が悪くなっていくのが分かった。
昼すぎ、南下してくる小さな商隊とすれ違った。
荷台は軽い。
いや、軽すぎた。
帰りだからかとも思ったが、積み荷の種類が少ない。
一台の御者がこちらを見て、王家の紋章入りの馬車へ視線を止めた。
驚いた顔より先に、面倒そうな顔が出た。
レオンは小さく苦笑する。
「歓迎されてないな」
「王族の一団が街道を通ると、検問や遅延を連想する者もおります」
「それはまた、ひどい評判だ」
「実績の積み重ねです」
容赦がない。
でも、そのくらいの方が話が早い。
夕方が近づくと、風が一段冷たくなった。
王都でも少し感じた寒さが、今はもっと遠慮なく肌へ触れてくる。
外套の襟を上げながら、レオンは窓の外を見た。
木々の色が少しずつ褪せている。
枝は細く、地面は乾いているのにどこか冷えて見える。
北へ向かっているのだと、景色の方が先に教えてきた。
途中の小休止で、レオンは馬から水をやる従者たちの様子を見ていた。
その横で、護衛の一人が道を確かめて戻ってくる。
「この先、今夜は宿場村で休めます」
「問題は」
「今のところはありません」
今のところ。
そういう言い方をする時は、大抵あとで何か出る。
馬車へ戻ると、セリスが地図を広げていた。
「本日の宿場は、王都から見ればまだ北方の手前です」
「手前でこれか」
「本番はもっと先です」
「嬉しくない予告だな」
「慰めをご希望でしたら、別の者をお探しください」
レオンは少しだけ笑った。
この女は本当に、気休めで仕事を濁さない。
だから助かる。
「一つ聞くけど」
「何でしょう」
「フェルド領って、王都から見てどの程度の遠さなんだ」
距離そのものではなく、感覚の話だった。
セリスはすぐに察したらしい。
「王都の上層にとっては、成果だけ欲しいが責任は負いたくない程度の遠さです」
「最悪だな」
「ええ」
短いやり取りのあと、馬車がまた動き出す。
王都の城壁はもう見えない。
代わりに見えるのは、少しずつ痩せていく道と、風の色が変わる空だけだった。
王宮を離れた解放感は、思っていたより薄い。
まだ王命の延長にいるからだろう。
ただ、少なくともここには王都の薄い笑顔はない。
あるのは、整備が足りない道と、手を入れられないまま放置されたものの気配だ。
それはそれで、嫌に現実的だった。
日が落ちる前、遠くに小さな村が見えた。
煙突の煙は細い。
宿場村というより、街道に何とかしがみついている集落に近い。
「あれが今夜の宿場か」
「はい」
セリスが答える。
「王都の外で最初に見る“普通の北”です」
普通、という言葉にしては、見えた景色はずいぶん静かだった。
レオンはその村を見ながら、もう一度だけ外套の襟を直した。
フェルド領へ着く前に、まずはこの国の薄く壊れた部分を見ることになる。
そんな予感がした。




