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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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130/171

第130話 境界税

 


 正午を回っても、試験交易便の二台目が戻らなかった。


 ノアは昼前から北門と実務室を往復していたが、三度目に戻ってきた時には、もう笑っていなかった。


「出ました」

 と彼は言った。


「何が」

 とレオン。


「税です」


 紙が机へ置かれる。

 新しい通達だった。


 境界路補修負担金。

 山道保全のため、今春より徴収。

 荷車一台ごと。

 加えて、工房向け資材と移住職人の帯同荷には特別確認料を加算。


 読み終える前から、嫌な仕組みだと分かる。


「よくできてますね」

 とセリスが言った。

「露骨ですが、露骨すぎない」


 ヘルマンが紙を奪うように見た。


「補修負担金、ですと」

「今まで崩れても直さなんだくせに」


「だから今から直す、という顔でしょう」

 セリスは淡々と返した。

「法の穴を突くなら、こういう名目が便利です」


 ノアが机を指で叩いた。


「小口にはきついです」

「大商会なら笑って払える」

「でも今こっちへ来てるのは、小口と半端な腕ばかりだ」

「札を見て迷ってた連中は、これで止まります」


 フィアナは通達の末尾を追っていた。


「……しかも期間を切っていません」

「春だけとも、今季だけとも書いていない」


「始めたら続ける気だな」

 とレオン。


「はい」

 フィアナは紙から目を離さない。

「“今だけの補修費”なら、もっと額を明示します」

「これは取りやすい形を、先に作っています」


 外で鈍い音がした。

 荷を降ろす音だ。


 一つずつは軽い。

 だが今は、その一つずつが前より重い。


 午後、困った顔の商人が二人続けて来た。


 片方は塩と干し草を扱う小商い。

 もう片方は、冬前に一度だけフェルドへ荷を入れた布商だった。


「この額では、次は考えます」

 と塩の商人が言う。

「こちらも慈善ではありませんので」


「分かってる」

 とレオンは答えた。


「払って終わりにすると、次も乗る」

 と布商が渋い顔で続ける。

「向こうは反発が弱いと見ますから」


 ノアが苦く笑った。


「もう見てますよ」

「十分に」


 机の上に、春の流れが数字で並ぶ。


 試験工区向けの木材。

 鍛冶場向けの鉄材。

 職人用の寝具と炭。

 これから先に動かしたい小口便。


 どれも利が厚い荷ではない。

 だから境で少し乗せられるだけで、すぐ痩せる。


「完全に違法とは言い切れないのが厄介です」

 とセリスが言った。


「路の管理は向こうの領内権限でもあります」

「こちらが感情だけで噛みつけば、“境を維持する金も出さない若い領主”と見せられる」


「事実じゃないのに、言い方でそう見せられるってやつか」

 とレオン。


「はい」


 嫌な答えだった。

 でも正しい。


 今のフェルドは、復興の途中だ。

 少し上向いたからこそ、周りはまだ「持たないだろう」と見ている。

 そこで怒鳴れば、若さと短気の証明にされる。


 フィアナがようやく紙を置いた。


「問題は、ここです」

 と彼女は通達の一行を指す。

「工房向け資材と移住職人への特別確認料」


「狙い撃ちだな」

 とレオン。


「ええ」

「物全体ではなく、“増やす手”を止めに来ています」


 春耕の道具。

 水路の留め具。

 職人の移住。


 いまフェルドが前へ進むために必要なものばかりだ。

 相手は分かっている。

 ただ嫌がらせをしているのではない。

 こちらの伸びる筋を見て、そこへ針を刺してきている。


「路の補修だけが目的なら」

 とフィアナは続けた。

「工房向け資材だけ別扱いにする必要はありません」

「誰が困ると効くか、きちんと分かった上で刺しています」


 ヘルマンが深く息を吐いた。


「嫌な相手ですな」


「嫌な上に、頭が回る」

 とレオン。


 そこへ、昼まで待っていた便がようやく戻った。


 車輪にはまだ泥がついている。

 御者は苛立ちと疲れを隠していなかった。


「書類を三度見せろと言われました」

「荷を降ろして、数を数えて、また積み直しです」

「最後にこの紙を渡されました」


 追加通達の控えだった。

 すでに周知済みのふりで押しつけてくる。

 人に嫌われる手順を、ずいぶん慣れた手でやっている。


「次も通るが」

 と御者は言った。

「このままなら、荷主が嫌がります」

「一日潰れれば、その分だけ別の仕事が飛ぶ」


「分かった」

 とレオンは答えた。

「今日の損は控えに残してくれ」


 御者が下がったあと、部屋の空気は少し重くなった。


 数字の話だけではない。

 もう相手は、こちらがどこで困るかを見に来ている。


 ノアが腕を組む。


「どうします」

「別路を探すにも、今すぐは細い」

「払って通すなら、こっちの利益が死ぬ」


「叩き返す手はない」

 とヘルマンが言う。

「同じことをしても、今度は向こうが“フェルドは商いを妨げる”と騒ぐだけです」


 部屋の空気がさらに重くなった。


 レオンは紙を見た。

 名目は整っている。

 額も絶妙だ。


 怒るには足りる。

 潰すには足りない。


 そういう、嫌らしい線だった。


 その沈黙の中で、フィアナがふいに言った。


「……古い取り決めがあったはずです」


 皆がそちらを見る。


「何の」

 とレオン。


「境界路の相互通行です」

 フィアナは少しだけ眉を寄せた。

「昔、雪で道が死にやすかった頃に、フェルドと隣領で通行と補修の取り決めを結んでいた記憶があります」

「かなり古いはずですが」


 ヘルマンが低く唸る。


「ありますかな」


「見たことがあります」

 とフィアナは言った。

「確か、冬道の維持と相互の荷車通行について」

「全部は覚えていませんが、片方だけが勝手に条件を増やせない形だったかと」


 ノアが顔を上げる。


「あるなら早く出してください」


「あるかどうかを、まず確かめます」

 フィアナは即答した。

「記憶だけでぶつかれば、向こうの思う壺です」


 レオンは彼女を見た。


 焦っていない。

 怒っていないわけでもないはずだ。

 だが先に、切る順を見ている。


「行こう」

 とレオンは言った。

「記録庫だ」


 夕方、領主館の奥はまだ少し冷たかった。


 紙の匂い。

 革の匂い。

 そして、昔の取り決めほど奥へ押し込まれていく記録の山。


 フィアナはもう迷わず、その奥へ向かっていた。


 もし本当に古い協定が残っているなら、境界税はただの嫌がらせでは済まない。


 そして、その紙が出れば。

 次は文句ではなく、別の形で席を作れる。


 夜更け、灯りの下で紙束をめくるフィアナの横顔は、昼よりずっと冷えて見えた。


 怒っているのだと、レオンはそこでようやく分かった。


 ただし、それを声へ出す代わりに、紙へ落としている。

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