第127話 最初の鍛冶師
最初に本気で名乗りに来たのは、若い鍛冶師だった。
昼過ぎ、北門の受付台へ来た男は、二十代の半ばほどに見えた。
背は高くない。
だが肩と前腕に、火の前へ立つ人間特有の厚みがある。
腰には煤のついた革前掛けを丸めて提げていた。
荷は少ない。
道具袋も、旅を続けるには軽すぎる。
「名前は」
とセリスが聞く。
「ユハン」
と男は答えた。
「王都の南工房筋にいた」
“いた”と言い切ったところで、ローエンの目が少し動いた。
鍛冶の世界は狭い。
王都の工房筋となれば、なおさらだ。
「……ああ」
とローエンが低く言う。
「干されたって噂の」
ユハンは否定しなかった。
代わりに口の端だけで笑う。
「噂は早いな」
「喧嘩が早い、親方と折り合いが悪い、納期より口が先に立つ」
ローエンは指を折るように並べた。
「どれだ」
「大体合ってる」
とユハン。
ヘルマンが露骨に嫌そうな顔をした。
「よりによって最初がそれですか」
レオンはユハンを見た。
目つきは良くない。
礼も綺麗ではない。
でも手は嘘をつかない。
「腕は」
とレオンが聞く。
「見ればいい」
ユハンはすぐ返した。
「札にそう書いてあった」
嫌な言い方だが、筋は通っていた。
受付台の横へ急ごしらえの審査台が出された。
ローエンが古い鍬刃と、ひびの入った留め具、それに割れかけた小型の火箸を置く。
「直してみろ」
と短く言う。
ユハンは余計なことを喋らなかった。
火の具合を見る。
炭を寄せる。
温める順を変える。
その動きだけで、鍛冶場の空気が少し変わった。
ローエンも黙る。
トーマスは後ろで腕を組んだまま、目だけを細めた。
時間は長くなかった。
だが終わった時には、鍬刃の反りは抜け、留め具の噛みも戻っていた。
火箸の癖も、前より素直な線へ戻っている。
「どうだ」
とレオン。
ローエンが答える前に、一度だけ火箸を握り直した。
「腕はある」
「少なくとも、王都でただ喧嘩してただけの人間じゃありません」
ユハンはそこで初めて、少しだけ肩の力を抜いた。
「それで」
と彼はレオンを見る。
「腕は見せた」
「次は、こっちが聞く番だ」
「何だ」
「本当に家で決めねえのか」
「王都じゃ、親方筋に嫌われた時点で、次の炉は大体閉まる」
レオンは短く答えた。
「ここでは腕で決める」
「ただし、仕事場を荒らすなら切る」
「喧嘩は」
「仕事を止めるなら駄目だ」
「口が悪いだけなら、まずは使う」
ローエンが横で鼻を鳴らした。
「甘いのか厳しいのか、どっちです」
「両方だ」
とレオン。
ヘルマンがまだ渋い顔をしている。
「問題児ですぞ」
「知ってる」
とレオン。
「でも今のフェルドは、行儀の良い空席より、役に立つ問題児の方がましだ」
ユハンの目が少しだけ動いた。
笑ったようにも見えたが、はっきりはしない。
「寝床はあります」
とフィアナが言う。
「綺麗ではありませんが、炉の近い離れを一つ空けられます」
「最初の一季節、税も軽くします」
「その代わり、働いてもらいます」
「それでいい」
とユハンは言った。
「どうせ王都へ戻っても、今の俺に空く炉はない」
夕方、簡単な契約控えが作られた。
日数。
当面支給。
仮住まい。
確認者。
そして、仕事場で問題を起こした場合の打ち切り。
ユハンは最後まで読んだ。
読める男だった。
それだけで、少し扱いやすい。
「明日から入れるか」
とレオンが聞く。
「入れる」
と彼は答えた。
「炉が空いてるなら」
ローエンは嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。
むしろ鍛冶場の奥を一つ、先に片づけ始めていた。
最初の鍛冶師は、礼儀の良い男ではなかった。
だが火の前で嘘をつかない手をしていた。
今のフェルドに必要なのは、たぶんそういう人間だった。




