表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
111/134

第111話 領都発の言葉

 



 公開査定の翌々日、実務室の机には紙が三つに分かれていた。


 レオンはその真ん中の束を見ていた。


 王都向けではない。

 監査局向けでもない。

 近隣領と取引筋へ、こちらから初めて揃った形で回すための短い文だ。


 短いが、難しい。


 長く書けば言い訳になる。

 熱を入れれば弁明になる。

 勝ったように書けば、読む側は半分しか信じない。


「盛らない方がいい」

 とレオンは言った。


「同感です」

 セリスが答える。

「今回はこちらが勝った、という顔を出した瞬間に軽くなります」


 机の向かいで、フィアナが控えを見ていた。


「では、事実だけを置きます」

「公開査定実施。主要論点。現地証言。冬期運営継続」

「その程度で」


「あと一つ」

 レオンは紙へ指を置く。

「誰が何を担ったかは残す」


 フィアナが目を上げた。


「そこまで書きますか」


「書く」

 レオンは短く答えた。

「今回の流れは、個人賛美にしない方がいい」

「でも責任の所在はぼかさない」


 セリスが羽根ペンを止める。


「ベルクライン令嬢の担当範囲を、簡潔に記載する形ですね」


「そう」

 とレオン。

「村落配給、名簿再編、旧関所整理、現場調整」

「功績として盛るんじゃない。事実として並べる」


 フィアナは少し黙った。


 嫌がっているのではない。

 どう書かれれば、余計な熱を持たずに済むかを測っている顔だ。


「“主導した”では強すぎます」

 と彼女が言った。

「“担当した”の方が良いかと」


「分かった」

 レオンはすぐ頷いた。

「あと、領主館全体の役割も一行入れる」

「君だけに寄せると、また別の歪みになる」


 フィアナの目が、ほんの少しだけ和らぐ。


「ありがとうございます」

 とだけ言った。


 セリスは既に書き始めていた。

 速い。

 だが雑ではない。


 文面は乾いている。


 冬期配給の継続状況。

 領都炊き出しと村便の並行運用。

 見回り再編後の治安維持。

 公開査定が行われたこと。

 複数の現場証言があり、運営継続を確認したこと。


 その次に、短く一行。


 実務分担として、ベルクライン令嬢は名簿再編・村落調整・旧関所整理を担当。


 それだけだ。

 形容もない。

 褒め言葉もない。


 だが、だからこそ消しにくい。


 レオンは一枚を持ち上げた。


「いいな」


「面白みはありませんが」

 とセリス。


「今回はその方がいい」

 彼は紙を机へ戻した。

「読む側が自分で埋める余地を残す」


 王都の紙は、たいてい結論が先に来る。

 だから読む側は、その結論ごと疑う。

 だが北方の領主や商人が欲しいのは、気分ではなく見通しだ。


 今のフェルド領が、冬を回せているか。

 王都との揉め事が、商いの邪魔になるか。

 次に話をする価値がある相手か。


 見られているのは、そこだった。


「近隣領は」

 とレオン。

「ドレヴァン、エルシュ、あとヴァルムへも薄く回すか」


「ヴァルムは商い勘定が先です」

 フィアナが言う。

「余計な感情が少ない分、こういう文は通りやすいかもしれません」


「なら回す」

 レオンは決めた。

「商人筋は前の試験便で繋がった所から」


 セリスが束を分けていく。

 領主向け。

 商人向け。

 修道院連合向けは、もう少しだけ状況寄りにするらしい。

 病人と火の継続の話がいるからだ。


 一つの文を、そのまま全員へ投げない。

 少しずつ角度を変える。

 でも骨は同じにする。


「前より、紙がましになりましたね」

 とフィアナが小さく言った。


 レオンは顔を上げる。


「何が」


「領地から出る文です」

 彼女は束を見たまま続けた。

「前は、謝るか、取り繕うか、どちらかでした」

「今は、足りないままでも立っている文になっています」


 その言い方は静かだった。

 でも少しだけ、嬉しそうにも聞こえた。


 レオンは返す言葉を探しすぎず、ただ短く言う。


「君が骨を知ってるからだよ」


 フィアナは視線を上げない。

 それでも、耳元だけわずかに赤くなったように見えた。

 たぶん気のせいではない。


 セリスがわざとらしく咳払いを一つした。


「その種の会話は、紙が乾いてからにしてください」

「封蝋の前に空気が甘くなると困ります」


「甘くしてない」

 とレオン。


「ええ。今のところは」

 セリスは平然と答えた。


 昼までに、第一便の束ができた。


 封蝋は前より少ない。

 だが向きは明確だ。


 王都に言い訳するための紙ではない。

 外へ、今のフェルド領の輪郭を置くための紙だ。


 領門の内側で、若い商人が荷にそれを差し込んでいく。


「これ、ずいぶん薄いですね」

 と彼が言った。

「もっと“監査使が逃げた”くらい書いても」


「書かない」

 レオンは即答した。

「そこを読むかどうかは向こうが決める」

「こっちが先に叫ぶ話じゃない」


 商人は少しだけ肩をすくめた。

 だが嫌そうではない。


「分かりました」

「こういうの、逆に珍しいんで、たぶん読まれますよ」


 それはレオンにも分かった。


 珍しい。

 だから読まれる。

 派手さではなく、その違和感で。


 第一便が出る。

 荷馬車の軋みが遠ざかる。


 残った机の上には、まだ控えがある。

 次に続けるための控えだ。


「一度きりで終わらせませんか」

 フィアナが言った。


 レオンはそちらを見る。


「続けた方がいいと思うか」


「はい」

 彼女は迷わない。

「噂だけで反転したなら、噂だけでまた戻されます」

「ですが、同じ調子の報せが続けば、向こうは次から“前の紙と違うかどうか”で見ます」


 それは、名簿と同じだった。

 一回の正しさではなく、続く正しさでしか信用にならない。


「やろう」

 とレオンは言う。

「定期便に合わせて出す」


 セリスがすぐに書きつける。


 その時、外の廊下から子どもの声がした。

 領主館へ出入りする使いの少年だろう。

 誰かが門前の掲示板を見て、読み上げてもらっているらしい。


「……ベルクライン、れいじょ……」


 つかえながらの声が、妙に耳へ残る。


 フィアナも聞こえたらしかった。

 手元の紙の端を、ほんの少しだけ押さえる。


 呼ばれ方は、変わる時に一番遅い。

 でも今、紙の上から先に変わり始めているのかもしれない。


 そして翌朝、その変化は、もっと小さく。

 もっと近いところから、彼女の耳へ届くことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ