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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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108/125

第108話 打ち切られた場

 


 証言は、それで終わらなかった。


 旧関所から外された元兵士は、最初フィアナを恨んだと言った。

 だが続けて、徴収と見逃しの馴れ合いを切られたことも認めた。

 若い巡回兵は、夜回りの経路が変わってから死人の出方が変わったと話した。

 鍋場の手伝い女は、名簿が厳しくなって揉め事は増えたが、鍋が空になる回数は減ったと証言した。


 切り口はばらばらだった。

 だから強かった。


 厳しい。

 怖い。

 面倒だ。

 その前提を消さない。

 それでも、前より回るようになったと言う。


 王都側にとって一番扱いにくいのは、たぶんこの種類の言葉だ。

 賛美ではない。

 現場の実感だ。

 しかも、損を被った側まで混じっている。


 ヘルマンまで立った時には、もう流れは明白だった。


「ベルクライン令嬢は書類にも厳しい」

 老人は仏頂面のまま言う。

「こちらが楽をしようとすると、すぐ見つける」

「おかげで今は、どこで数字が減ったか追える」

「前は追えんかった」


「それは記録制度の話であって」

 年配文官が言い返す。


「査定とは、その制度が回っておるかを見る場では?」

 ヘルマンは首を傾げた。

「人の好き嫌いを確定させる場でしたかな」


 会議室のあちこちで、息が漏れる。

 上手い言い方ではない。

 でも正面だった。


 フィアナは席についたまま、その光景を見ていた。


 人前で庇われるのは得意ではない。

 熱のある擁護で押し返されても、あとで冷めることを知っている。

 でも今日は違った。


 厳しい。

 嫌われる。

 反発も出た。

 その上で、何が減り、何が残ったかが並ぶ。

 それなら、呼び名だけで切られない。


「最後に一つ」

 フィアナは自分から口を開いた。


 年配文官がわずかに眉を寄せる。

 だが止める理由はなかった。


「私の判断で、不利益を受けた方がいたのは事実です」

「納得を与えきれなかった場面もあります」

「それは監査されるべき点です」


 会議室が静まる。

 自分の不備まで先に言うとは思っていなかったのかもしれない。


「ですが」

 フィアナは続けた。

「本日この場で確認いただきたいのは、私が好かれているかどうかではありません」

「冬を越えるために、どの判断が何を残したかです」

「そこを見ずに、印象だけで結論づけるなら、次の冬も同じ崩れ方をします」


 年配文官の口元が固くなる。

 アルノーは目を伏せたまま、机の木目を見ていた。


 彼も分かっているのだろう。

 今日の場は、もう最初の形では保てない。


 その時、後方から杖の音がした。


 鍋場で見かけた老女だった。

 小柄で、背は曲がっている。

 だが歩みは止まらない。


「短く願います」

 年配文官が言う。

 露骨に嫌そうな声だった。


 老女は聞き流した。


「最初、このお嬢さんは嫌な子だと思ったよ」

 と彼女は言う。

「顔はきれいだし、声は冷たいし、寒い寒い言っても、まず人数を聞く」

「この子、自分より帳面が大事なんだろうってね」


 何人かが困ったように笑う。

 フィアナ自身も、少しだけ目を伏せた。


「でも違った」

 老女は杖を握り直す。

「人数を聞いたのは、次の鍋を決めるためだった」

「火の近い席へ寄せろって言ったのも、この子だ」

「優しい顔かどうかなんて、冬には二番目でいい」

「先に残す順を決める人が要る」

「この子はそれをやった」


 言い終えると、老女はそれ以上何も足さずに戻った。

 拍手は起きない。

 でも、その沈黙は最初のものとは違っていた。


 年配文官は書面を整えた。

 整えながら、場を閉じる言葉を探している顔だった。


「……本日のところは」

 ようやく口を開く。

「証言が多岐にわたり、監査局としても整理を要する」

「よって公開査定は、いったんここで区切る」


 早い打ち切りだった。

 続行日も言わない。

 結論も出さない。

 このまま続ければ、さらに不利になると見たのだろう。


 会議室の後ろで不満が漏れる。


「もう終わりか」

「まだ言えることがある」

「聞きたいことだけ聞いて帰る気か」


 向いている先が違う。

 最初、監査局が集めたかった不満とは、もう別の熱だった。


 アルノーが立ち上がる。


「本日の発言は記録として持ち帰ります」

「監査局として整理後――」


「削るなよ」

 と後ろから声が飛んだ。


 市場の商人だった。

 怒鳴りではない。

 でも、よく通る。


「今日の話を、また都合よく削るな」


 今度は別の場所からも声が上がる。


「鍋場の札も見た」

「北門の見回りも見た」

「前より回ってるって言ったの、俺だけじゃない」


 若い書記官が慌てて筆を走らせる。

 年配文官の顔は明らかに固い。

 だが、もう押し戻せない。


 会議室を出る頃には、外は薄く暮れ始めていた。

 雪の縁が青い。

 石段の下でも人が解けきらず、まだ何人も今日の話を続けている。


「ベルクライン様」


 振り向くと、鍋場で見かけた若い母親だった。

 子どもを抱いたまま、ぎこちなく頭を下げる。


「今日のこと、その……」


 礼を言いたいのか、うまく言葉にならないらしい。

 フィアナは首を振った。


「今は、子どもを温かい場所へ」

 とだけ言う。


 女は何度も頷き、去っていった。

 その背を見送りながら、フィアナはゆっくり息を吐く。


 名誉が回復した、とはまだ思わない。

 王都の噂はそう簡単に消えない。

 監査報告も、婚約の件も、終わっていない。


 でも少なくとも、沈黙のまま決められる段階ではなくなった。

 それだけで十分に大きい。


「疲れた顔してるな」

 横でレオンが言う。


「しているでしょうね」

 フィアナは正直に返した。

「ですが、立てなくなるほどではありません」


「ならいい」


 それだけだった。

 でも、今はその短さがありがたかった。


 そこへセリスが早足で追いつく。

 手には小さな走り書きがある。


「もう回っています」


「何が」

 とレオン。


「噂です」

 セリスは紙を差し出した。

「市場筋の早馬が、夕刻便でドレヴァンとエルシュへ」

「公開査定でベルクライン令嬢への風向きが変わった、と」


 レオンは紙を受け取る。

 簡潔な文だ。

 でも、それで十分だった。


 王都は紙で向きを作る。

 ならこちらは、人の口と便で返せばいい。


 石段の下で、商人の若い声が上がる。


「急げ、夜道が締まる前に出すぞ!」


 小荷車が一台、領門の方へ動き出す。

 積んでいるのは布と乾物。

 それに、たぶん今日の話だ。


 フィアナはその荷車を見た。


 悪意で広がった名なら、事実でもう一度追えばいい。

 今日ここで起きたことは、会議室の中だけでは終わらない。


 そしてその夜、公開査定で起きた逆転の噂は、監査局の報告より早く、近隣領へ走り始めた。


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