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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第107話 現場の証言

 


 最初に前へ出たのは、マルタだった。


 鍋場で人を並ばせる時と同じ足取りで、会議室の中央へ来る。

 礼は浅い。

 声は普段通り。

 それが妙に強かった。


「配給管理の補助をしています」

「で、先に言っときますけど、ベルクライン様は厳しいです」


 あちこちで空気が揺れる。

 王都側は、その一言だけなら歓迎しただろう。

 だがマルタは止まらない。


「列は譲らせないし、札がなきゃ鍋は渡さない」

「泣かれても順番は変えない」

「腹の立つ日なんていくらでもありましたよ」


「では、やはり現場の反発は――」

 と年配文官が口を挟む。


「ありました」

 マルタは即答する。

「でも、前はもっと酷かった」

「顔見知りが割り込む。声のでかい奴が先に持ってく。鍋の底が見えた時だけ皆が騒ぐ」

「今は違う」

「嫌われても、抜かせない人間が前に立つようになった」


 後ろで数人が黙って頷く。

 鍋場の列にいた顔だ。


「その“抜かせない”を、誰が決めたのですか」

 年配文官が聞く。


「ベルクライン様です」

 マルタは言った。

「でも、勝手に思いつきでやったわけじゃない」

「何人来て、何杯足りず、どこで揉めたか、毎日見てから決めてる」

「少なくとも、暖かい部屋で紙だけ見て決めたんじゃない」


 会議室の空気が少し変わる。

 皮肉として十分に効いた。


 次に出たのはドルクだった。


「巡回隊長、ドルク」

 それだけ名乗って、監査局側を見る。

「先に言うが、俺も最初はこの人が嫌いだった」


 フィアナは表情を動かさない。

 でも、レオンにはそれが少しだけ可笑しかった。


「夜回りを減らすな」

「北門寄りに兵を回せ」

「関所で顔を利かせる連中を切れ」

「言われた時は面倒でしたよ」

 ドルクは腕を組んだまま言う。

「でも、やらなかったら今より襲撃は多かった」


「それは推測では」

 とアルノーが言う。


「現場の推測を軽く見るなら、もう監査じゃなくて占いだろ」

 ドルクはぶっきらぼうに返した。

「減った件数は紙に出てる」

「減らした時の手順は、俺が回した」

「その上で言ってる」


 年配文官は嫌そうに黙った。

 アルノーもそれ以上は追わない。


 次に呼ばれたのは、ローデ村の村長ハンスだった。

 話し上手ではない。

 だからこそ、言葉が飾られない。


「ベルクライン令嬢は愛想がない」

 と彼は最初に言った。

「村へ来ても、まず人数と薪を見る」


 会議室の端で小さな苦笑が漏れる。

 だがハンスは続けた。


「でも、来る」

「前の連中は来なかった」

「雪で道が切れそうな日に、紙だけ寄越して終わる奴はいくらでもいた」

「この人は、来て、見て、足りん分をその場で持ち帰る」

「儂は、そういう人間を悪いとは言わん」


 その言い方は地味だった。

 でも、よく残る。

 褒めちぎらないからだ。


「商い再開を遅らせた件については」

 年配文官が次の紙を取る。

「不利益を受けた商人もいたはずだ」


「いた」

 と、今度は後方から別の男が立った。

 市場の小商人だった。

 許可を待つ前に口が動いていた。


「俺もその一人だ」

「雪の前に仕入れを回したかった」

「止められて、正直頭に来た」


 王都側の書記官が慌てて筆を走らせる。


「ですが?」

 アルノーが促す。


「ですが、ってほど上等じゃない」

 商人は頭を掻いた。

「その時は恨んだ」

「でも、後で分かったんだよ」

「荷を先に回した村から春先の注文が戻った」

「こっちだけ先に開けてたら、道が切れた村は死んで、結局商いも戻らなかった」


 会議室が静かになる。

 目先の損と、春の戻り。

 商人の口から出ると重みが違う。


 フィアナはそこで、初めて自分から言葉を挟んだ。


「商い再開を止めた時、私は全員を納得させられませんでした」

「その責任は私にあります」

「ですが、止めた理由は備蓄と道の問題です」

「今の証言は、それが目先の裁量ではなかったことを示しています」


 守られているだけではない。

 証言を、自分の判断の説明へ繋げる。

 その姿に、さっきまでの硬さとは別の芯が見えた。


 レオンはそこで立った。


「私からも言う」


 視線が集まる。

 第三王子の言葉を待つ空気が、会議室にはまだ残っていた。


「フィアナ・ベルクラインは厳しい」

「それは事実だ」

「私も、言い方がもう少しあるだろうと思ったことは何度もある」


 マルタが小さく鼻を鳴らした。

 ドルクは顔をしかめたまま黙っている。


「だが」

 レオンは机へ手を置く。

「彼女がいなければ、フェルド領は冬を越せなかった」


 はっきり言い切る。

 会議室の空気がそこで一段変わった。


「私がこの領地へ来た時、帳簿も倉庫も流通も壊れていた」

「それでも、完全には切れていなかった」

「現場へ行き、残った線を繋ぎ、誰がどこで詰まるかを拾っていた人間がいたからだ」

「それが彼女だ」


 年配文官が何か言いかける。

 だがレオンは続ける。


「独断だった場面はあっただろう」

「だがそれは、利のための独断じゃない」

「誰も泥を被りたがらないところで、先に責任を引き受けた判断だ」

「そこへ“冷酷な女”の札だけ貼って切るなら、査定じゃなく印象操作だ」


 最後の一言だけ、少し硬くなった。


 会議室の後ろで、一人が頷く。

 もう一人も。

 小さな動きだが、連なると流れになる。


 若い書記官が書く手を止めかけ、慌てて書き直した。

 年配文官の顔は崩れない。

 けれど、最初より明らかに進行が重い。


 そして、後ろからまた別の声が上がった。


「俺も見てるぞ」

「関所の整理の時の話なら言える」


 一つ立つと、次が続く。

 それが現場だと、レオンは思った。


 向こうが作ろうとしていた“厳しい女の再演”は、もう元の形へ戻らない。

 会議室の空気そのものが、別の方向へ傾き始めていた。


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