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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第101話 届いた写し

 


 翌朝、実務室へ入ると、机の真ん中に見慣れない封筒が置かれていた。


 王国監査局の印。

 紙は上等だが、封の仕方は急いでいる。


「来ました」

 とセリスが言う。


「何が」

 レオンは外套を脱ぎながら聞いた。


「確認用の写しです」

「数値誤記があれば午前中に申し出ろ、とのことでした」


 確認用。

 便利な言い方だと思った。


 確認していいのは、たぶん数字だけだ。

 文の向きまでは含まれない。


 レオンは封を切った。

 フィアナも手を止めて寄ってくる。

 暖炉のそばではヘルマンが鼻を鳴らし、マルタは控え板を抱えたまま嫌そうな顔をした。


 一枚目を見た時点で、空気の悪さは十分だった。


『フェルド領においては、冬季非常対応の一環として臨時救済措置が実施されつつある』

『一部の配給・治安・名簿整理に改善の兆候を認むるも、依然として継続性に疑義あり』


「綺麗に嫌ですね」

 とセリスが言った。


「もっと別の言い方なかったのか」

 レオンは紙から目を離さずに返す。


「ございますが、たぶん選ばれません」


 フィアナが隣から二枚目を取る。


 彼女の目が、そこだけ少し冷えた。


『配給は一部村落への到達を回復しつつあるが、未達地域なお残存』

『領都内救済も鍋場の設置により最低限の体裁を整えた段階に留まる』


 最低限の体裁。

 昨日、あれだけ見て、そう来るか。


 マルタが露骨に顔をしかめた。


「体裁、ね」

「腹減ったやつに鍋よそってる側からすると、便利な言葉だこと」


 ヘルマンが手を伸ばす。


「どれ」

 老人は紙を受け取り、数行だけ読んでから鼻を鳴らした。

「間違ってはおらん。だが、読ませたい方向が最初から決まっておりますな」


 それだった。


 嘘ではない。

 でも、読み終わった時に残るのは“まだ駄目な辺境”の印象だ。


 レオンは次の頁をめくる。


『治安は局所的な改善を示す』

『ただし依然として襲撃事案一件を確認』


「前月七から今月一、だろ」

 とレオン。


「ええ」

 フィアナは即答した。

「減少比較を落として、“一件ある”だけ残しています」


「一件は一件ですからな」

 ヘルマンが言う。

「その一件だけ見せれば、“まだ危ない”で済みます」


「危なくはあります」

 フィアナは平坦に返した。

「ですが、危なさがどれだけ減ったかを落とすのは、書き手の意思です」


 レオンはさらに後ろを見た。


 昨日セリスが差し出した担当表。

 マルタ、ドルク、ヘルマン、各村担当へ役割を分けた一覧。


 それが、ない。


「担当表は」

 と彼が聞く。


 セリスもすぐ気づいたらしい。


「添付一覧から外されていますね」

「本文では“ベルクライン令嬢への実務集約が見られる”だけ残っています」


 マルタが低く言った。


「昨日あんた、ちゃんと出したろ」


「出しました」

 セリスは淡々と答える。

「年配文官の手へ渡したところまで確認しています」


 フィアナは紙の角を揃えた。

 その手つきは静かだったが、昨日より少し硬い。


「やはり」

 と彼女は言った。

「最初から、改善を見るための報告ではありませんでしたね」


 レオンは黙って一頁目へ戻った。


 前世でも見たことがある。

 数字は合っている。

 文面も、事実だけ拾えば間違いではない。


 でも、上へ上げる時に並びを変える。

 減った方ではなく残った方を先に書く。

 比較ではなく不安を残す文へ寄せる。

 補足表は落とす。


 そうすると、責任の向きだけが綺麗に決まる。


「これ、確認用って形にしてるのが嫌だな」

 レオンは言った。


「ええ」

 セリスが答える。

「こちらが数字だけ訂正して返せば、“内容は了承済み”と扱いやすくなります」


「やらしい」

 とマルタ。


「王都の実務は、たいていそうです」

 セリスの声はいつも通りだった。

「殴る前に、判子で逃げ道を塞ぎます」


 フィアナは三頁目へ目を落としたまま、静かに言う。


「この書き方だと、公開の場でも使われますね」


「公開?」

 レオンが聞く。


「ええ。まだ断定はできませんが」

 彼女は紙の余白を指で押さえた。

「“継続性に疑義あり”“令嬢への実務集約”“非常対応の域を出ず”」

「どれも、会議で繰り返しやすい文言です」


 セリスも頷いた。


「査定や照会の席で、非常に使いやすい」

「しかも、完全な嘘と違って切り返しづらい」


 そこへ、扉が軽く叩かれた。

 カイルが顔を出す。


「失礼します」

「監査使の方から、人を一人」


 後ろから入ってきたのは、昨日見た中年の書記だった。


 彼は必要以上の愛想もなく頭を下げる。


「確認期限は正午までにございます」

「数の誤りのみ、赤で記入を」

「その他の意見があれば別紙で賜りますが、採否は局で判断いたします」


 言い方まで綺麗だった。

 つまり、文句は受け取るが、通すとは言っていない。


「分かった」

 とレオンは返す。


 書記は一礼して去る。

 扉が閉まると、部屋の空気がまた少し下がった。


 ヘルマンが吐き捨てるように言う。


「赤で直せるのは数字だけ。黒で曲げるのは向こう、ですか」


「そういうことだろうな」

 レオンは答えた。


 机の上の写しを、もう一度見た。


 正面から斬る書き方ではない。

 だが、それが厄介だ。


 “まだ苦しい”

 “まだ足りない”

 “非常対応だ”


 どれも本当だ。

 だからこそ、本当の向きだけを変えられる。


 その時、セリスが綴じ穴の位置で手を止めた。


「……妙ですね」


「何が」

 レオンが聞く。


「頁数です」

 彼女は写しの下端を指差した。

「四枚綴じの体裁なのに、参照記号の飛び方が不自然です」

「二枚目にあるべき添付記号が、三枚目で急に別番号へ飛んでいる」


 フィアナも覗き込む。


「本当ですね」

「担当表と比較表を指すはずの符号が消えています」


 セリスは紙束を持ち上げた。


「提出時の控えを出します」

「昨日、こちらが何を渡したかと照らせば、抜かれたものが分かる」


 レオンは短く頷いた。


 ただ嫌な文だ、で終わらせる気はなかった。

 ねじ曲げられたなら、まずはどこで曲げたかを掴む。


 セリスが控え棚へ向かう。

 その背を見ながら、レオンは思った。


 向こうはたぶん、こちらが怒るか諦めるかを見ている。

 だったらその前に、手口を見つけるしかない。


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