第74章
正夫はホームページの彼女の挨拶を思い出した。
「ホームページのお別れの文を読んだよ」
「ああ、やだあ、あれ読んだの。なんか恥ずかしい」
彼女は顔を赤らめた。
「元旦に読んだ」
「もう。正月そうそう一体何をしてるんですか」
「実は一人で家にいることになってね」
正夫は家族がみんな不在だった事情を説明した。それから、昼も夜も雑煮とスーパーで買った安いおせちを一人で食べたことを話した。
「えー!そうだったんですね。かわいそう。私が近くに住んでいたら、おせちを作って持って行ってあげれたのに。
あ、そうそう、おせちと言えば、私はね、年末から彼の家に行って、おせちを作るのを手伝わされたの。彼のお母さんから「うちの味を覚えてください」と言われて。本当にそれもあるのかもしれないけど、なんかお手伝いさん代わりにこき使われただけのような気がするの。
まあ、私は料理は好きなので、料理を教えてくれるのはありがたかったけど。それでね、黒豆を炊いたり、田作りや昆布巻きやお煮しめを作ったり、鰤を焼いたりしたの」
「へえ、そうなんだ。大したもんだね」
正夫はそう言いながらも見知らぬ婚約者が羨ましく、嫉妬で心がささくれ立ちそうな気がしたので、話題を変えた。
「それで、あの文、本当に君が書いたの?ゴーストライターがいるとか、店長が書いたとか」
「ゴーストライターなんていません。店長も書いていません。正真正銘、私が書きました。どうしてそう思うんですか?」
「大人びた立派な文だったから。あんな文も書けるんだと感心した」
「大人って。私、もう二十六にもなるんですよ。あ、川村さん、私のことをバカにしているでしょ?私、理数はさっぱり駄目だけど、国語は得意だったんですよ。言ってなかったですか?」
そう言われれば、プロフィールの趣味の欄に読書とあったし、詩を書くことが好きだと言っていた記憶もある。
「お客様に対する最後の挨拶だし、ああいうところに載せるのだから、きちんとした文を書かなくちゃあと思って、時間をかけて、しっかり考えたの」
「そうかあ。偉いなあ」
挨拶の文に関して、気になっていたことがあった。その文では、客に対して「貴方様に感謝します」と書いていた。皆様とか貴方様達と複数形で書かずに、貴方様と単数で書いていた。
「なぜ、貴方様達ではなく、貴方様と書いたの?貴方様というのはもしかして僕のことかな?」
違うとは分かっていたけど、花蓮をからかいたくなった。
「違います。お客様みんなです。そんなプライベートなことはああいうところには書きません。あー、しょってますね。もしかしたら、自分一人だと思っていませんか?……あ、でも川村さんも1万分の1の貴方様になるのかな?」
小首を傾げる。
「1万って。そんなにたくさんの人の相手をしたんだ」
正夫は目を丸くした。
「さすがに1万はないか。数えたことないけど」
チラリと舌を出して、目を細めた。
「貴方様達というと、お客様をみんなまとめてという感じになるでしょ。また来るからと言ったけど、二度と来なかったお客さんはいっぱいいたし、私をおもちゃのように扱った人もいたし、怒鳴った人もいた。
でもね、そういう人もお客様はお客様。お金を使って、時間を使って、わざわざ私に会いに来てくれたのだから。
だから、お客様一人一人に感謝を伝えたかったの。それで貴方様にしたの」
正夫は感心した。こういう思慮深いところもあるのだと思った。鈍感で単純で何も考えない子なら、未来のことなど憂えもしない。
色々なことを真剣に考えるので、心配し、苦しくなり、怖くなるのだろう。




