第69章
ホテルに入ると、花蓮ははしゃいだ。
「わあ、すごく大きくて豪華なホテルね」
天井から吊るされたシャンデリアを指差した。
「ほら、キラキラ光っているよ」
もの珍しそうに周りをキョロキョロ見渡して、「お客さんもいろんな国の人がいるね。あそこの着物を着てる女の人はホテルの人よね?」
見ると、着物姿の日本人女性が外国人相手に何かを案内していた。
「そうだね。外国人客のお、も、て、な、し、のためだね」
「へえー、そうなのね。高級なところはやっぱりすごいね」
「うん、大したもんだね」
冗談が通じなくて、彼は苦笑いをしながら言った。こういうことはしょっちゅうなので、慣れてはいたが。
「川村さんは東京に来たら、いつもここに泊まっているのですか?」
「まさか。初めてだよ」
「娘さんの入試の時はここでなかったの?」
「ここの近くのホテルで、そこもまあまあ一流だけど、ここまで高級なところではないよ」
「確か前に出張で東京に来た時があったでしょ?私に操を立ててくれた時。あの時はどんなホテルに泊まったの?」
よく覚えているなと思った。
「最近は色々厳しくなって、出張はほとんど日帰りだよ。あの時も日帰りだったし。もし泊まることがあっても、それこそ寝るだけの狭いビジネスホテルだよ」
「ふーん、そうなの。でも、今日ここにしてくれたのは、もしかして私のため?」
「もちろん。そうだよ」
彼女との最初で最後のデートなので、高級ホテルの有名なフレンチレストランでディナーを食べて、一生の記憶に残るような思い出を作りたいと思い、清水の舞台から飛び降りる覚悟で奮発した、と言うと、
「え、舞台から飛び降りたりしたら、ケガしないの?」
清水寺の舞台は崖の上にあるので、ケガするどころか死んでしまう、そのくらい思い切ってするという意味だと説明すると、
「嬉しい。私のために飛び降りてくれたんだ」
そう言って、指を絡ませて手を握ってきた。
「恋人繋ぎよ」
周りの人がどう思うのか、どぎまぎしながらも正夫もそっと彼女の手を握り返した。




