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花とたゆとう ふたたび  作者: 御通由人
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第68章 三月

 カフェに向かっていると、窓際の席に座っている花蓮が見えた。なにか物思いに耽っている彼女の姿は知的で、物静かで、少し澄ましたような感じがあり、店で会う彼女とは全く印象が違っていた。

 みんながOLだと信じるのも無理ないなと思った。


 店に入ると、花蓮は溢れんばかりの笑みを浮かべて立ち上がり、手を振った。

「ありがとう。ホントに来てくれたんですね」

「うん、久しぶり」

「お久しぶりです」

 そういえば、服を来ている彼女と会うのは、初めて見かけた時以来だ。いつもと何か印象が違っているように思われて、正夫は緊張した。

  ホワイトゴールドに紫色の宝石のついたペンダントを下げ、薄いアイボリーのセーターの胸元には花を形取ったシルバーのブローチをつけていた。

 どちらも正夫が贈ったものだ。それを彼女が身につけているのを見るのは嬉しいものだった。

「そ、それ、してくれているんだ」

「うん、もちろんです。 私の宝物だから、大事に使っています」

  そう言うと、ペンダントの紫色のトップを指先で触れ、小首を傾げて、にこっと微笑んだ。

 その愛らしい仕草に正夫はどきりとして、ますます緊張が募ってくる。

 そんな彼の気持ちも知らず、花蓮は上機嫌で饒舌だった。


「私、痩せたんです。そう見えませんか?」

  言われてみれば、少し痩せて顎のラインがスッキリして、幼さが消え、知的な大人の女性の雰囲気が増している。そのために自分は緊張しているのだろうか?

「うん。少し痩せたね」

「でしょ?なんか色々することがあって、ずうーっと忙しかったの。一月の結納から始まって、式や披露宴の衣装や料理はどれにするかとか、引き出物は何にするか、出席者は誰を呼ぶか、席順はどうするかなど、決めなければいけないことがいっぱいあったの。

 それから、招待状を出したり、前写しをしたり、もうくたくた。

 彼と二人ならまだいいけど、向こうのご両親もいつもついて来るし、うちの家族も来たりして、すごく気を使うことばかり。こんなに大変だとは思いもしなかったわ」

「そりゃあ、人生の一大イベントだからね。で、もう落ち着いたの?」

「うん。やっと。それで、連絡が遅くなってごめんなさい。……実はね、クリスマスとお正月にはメールしようと思ったの。でも、川村さんの迷惑になるといけないし、川村さんに依存せずに、川村さんのいない生活に慣れなければいけないので、連絡するのはずうーっと我慢していたの」

 正夫は驚き、吹き出した。

「えっ?私、今、何かへんなこと言った?」

「いや、実は僕もまったく同じことを考えていたので、びっくりした」

 花蓮は嬉しそうに笑った。

「へー、そうなのね。不思議ね。それって、い、い、一心同体。……ではなくて」

「以心伝心」

「うん、それ。以心伝心。すごいね。離れていても同じことを考えているなんて。運命の糸で結ばれているのかしら」

 運命の糸か。彼女と出会ったのも彼女が落とした名刺を拾ったのも、今思うと運命のような気がする。

 運命の女神が平凡な自分の人生の、それも終わり近くになって、気まぐれでほんのひと時の夢を見させてくれたのかもしれない。


「あ、私、今思ったんだけど、一心同体って、もしかしてエッチなことなの?」

「一心同体ってのは、心を一つにして、協同して何かをするという意味で全然エッチではない。心が一つになるのであって、体が一つになるのではないよ。そもそもエロい四字熟語とかあるのだろうか?」

「そう。ないの?ええとねえ、あ、四十八手なんかはどう?」

「それはただ漢字四字というだけで、四字熟語とは言わないのじゃないかな?」

「そっか。学校のテストで体に関する四字熟語を書けという問題で、四十八手とか書いたらダメだよね」

 彼女はチラリと舌を出し、猫のように目を細めて楽しそうに笑った。

 店でよくしていたような会話を交わし、店と同じ彼女の表情と仕草を見て、正夫の緊張は一気に解けた。

「そんなの書いたら、先生がびっくりして職員室に呼び出されて、説教されるよ」

「そうだよね」

 時間は巻き戻り、数ヶ月前と同じような気分になった。


「今日はもっと早く来れれば良かったのだけど、色々と用意に手間取って、こんな時間になってしまってごめん」

「川村さん、今日は東京に泊まるんでしょ。じゃあ、まだまだいっぱい時間があるじゃないですか」

 正夫はまだ注文していないことに気づき、注文をしに席を立とうとしたら、

「どこに泊まるんですか?」と彼女が尋ねた。

「すぐ近くのホテルだけど」と答えると、「じゃあ、お部屋に行きましょう。ここでは話しにくいの」

 彼女は立ち上がった。


 歩きながら、正夫はこうして花蓮と歩くのは初めてだということに気づき、なんだか可笑しくなってきた。

「ねえ、何か面白いことでもあるの?」

 彼の笑みを見て、彼女も嬉しそうに尋ねた。

「いや、こうして君と並んで歩くのは初めてだね」

「うん。そうですね。でも、一年も会っているのに、一緒に歩くのが今日が初めてなんて不思議ね」

「よく言うよ。それは君がいつも店外デートをするのを断ったからだろ。客が僕だけだったのに、一緒に帰ろうと誘ってもいつも断られた。見送って欲しかったのに、一度もしてくれなかった」

「あー、それは言わないで。でも、明日は見送るからね」

 腕を正夫の腕に廻しながら、そう言った。

「明日って……。また明日も会いに来てくれるのかい?」

「バカねえ。今晩一緒に泊まるのに決まってるじゃない」

 正夫は彼女の大胆な言葉に驚き、狼狽えた。

「おい、そんなことをして、大丈夫なのか?」

「大丈夫。母には地方に住んでいる親友が式の日はどうしても都合がつかなくて来られないので、今日会いに来てくれることになって、その子と一晩ゆっくりお話して過ごしたいから今日は帰らない、と言ってあるから」

「その親友とは、僕のことかい?みんな、親友だなんて言うと、若い女の子だって思うぞ」とあきれて言うと、

 彼女は笑いながら「そう、エッチなことが大好きなおじさんの親友なのです」と答えた。

 

「話を戻すけど、大丈夫と言ったのはそういう意味ではなく、君と一晩同じ部屋で過ごして、何もしない自信はないっていうことだけど……」

「そんなことは気にしないで」

 彼女は澄ました顔で言うと、話題を変えた。

「ねえ、今日はどんな用事があって、東京に来たの?」

「今日じゃなく、明日、部下の女の子の結婚式があって、披露宴に出席するために来たんだよ」

「へぇー、私と一週間違いで式を挙げるなんて、奇遇ね」


 正夫は「気にしないで」と言った彼女の言葉がどういう意味なのかが気になって仕方がなかった。


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