第65章
時計のブザーが鳴り、彼女は目覚めた。
「ああん、もう少し眠りたかったのに……」
「これでお別れだね」
「あの、お願いがあるのですが……」
彼女は少し躊躇った後に言った。
「結婚する前に、もう一度会ってください」
驚いた。
「いいのかい、結婚前の花嫁がそんなこと言って」
「いやだあ。エッチしたいって言ってるんじゃないんです。会って、お話をしたいだけなの。でも、もっと長い時間が欲しいから、泊まりがけで来てくれたら嬉しいんだけど。それは無理なお願いですか?」
「うーん、泊まるのは難しいけれど、なるべく長い時間東京にいられるようにはするよ」
「ありがとう。わがままばかり言って、ごめんなさい。じゃあ、また連絡するから。約束だよ」
そう言って、花蓮は小指を立てて右手を差し出した。
「うん、指切りげんまん」 正夫は小指をからめた。
正夫が部屋を出ようとした時、花蓮はもう一度言った。
「約束ですからね。さっきはあんなこと言ったけど、もしかしたら、私、抱いてほしいって言うかもしれない。でも、それはないかもしれないから、あまり期待はしないでね」
店の出口の前に、店長が立っていた。
「お客さん、今日が最後ですね。もう来ることはないですね」
正夫は彼には名前を教えてはいない。
「うん、たぶん、もう来ることはないと思う。短い間だけど、お世話になったね」
「いえ、こちらこそ、大変ありがとうございました」 店長は深々とお辞儀をした。
薄暗く湿った階段を下りながら、もうここに来ることはないんだと思うと、妙に感傷的な気分になった。




