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花とたゆとう ふたたび  作者: 御通由人
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第56章

 シャワーを浴びた後、花蓮はサンドイッチの入ったパックを持って来た。

「ごめんね。今日はお弁当を作る気にはならなくって。これで我慢してください」

「十分だよ。……そういえば、最初に君とこうして食べたのもサンドイッチだったな」

「うん。そうだった。懐かしいね」

  花蓮は目を細めて笑った。

 彼女のこの表情を見るのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。


サンドイッチを食べ終わると、花蓮は美鈴との電話のことを話し始めた。

「あの日、夜の11時過ぎに携帯が鳴ってね。私、寝ていたのね。それで誰だろうって思って出たら、美鈴さんだったの。

 彼女、いきなり、「風俗やってんのに、こんな時間に寝てるなんて、あんたぐらいよ!」って怒鳴ったの。

「だって、明日もお仕事が早いから」って言ったら、急に彼女、おとなしくなって、

「ごめん。私、あんたに嫌味を言うために電話をしたんじゃなかったわ。あんたに謝ろうと思ってたのに……。

 ねえ、花蓮、私、今まであんたにさんざん意地悪なことをしてきたけど、ごめんね。

 本当はあんたのことが羨ましかったんだ。こんな仕事をしているのに、汚れを感じさせない、あんたの天真爛漫なところが憎たらしくもあったけど、本当は羨ましかったんだ。

 私もあんたのように素直になれたら、もっと幸せになれるのにと何度も思ったわ」

「それは私がバカだから。何も考えていないから」

「あんたはバカじゃないよ。自分の生き方というものをきちんと持ってる。私なんかよりもずっと利口だよ」

「そんなことないよ。美鈴さんは字も上手だし、私よりもいっぱい色んなことを知っているし」

「そんなの、なんの自慢にもならないわよ。それよりも、私はずっとあんたのことを好きだったわ。

 私、中二の終わりぐらいからグレて、高校も途中でやめて、家出同然に東京に出て来たんだけど、キャバクラから始まって、いろんな夜の商売の店を転々としたわ。それで、二十歳の時に今の店に入ったんだけど、それから店を変わらなかったのは、あんたがいたからよ」

 そうだったのかと花蓮は思った。以前、美鈴が大手の高級デリヘル店からスカウトされたと言っていたのを思い出した。その店に行ったら、今の倍は稼げる。その時は、なぜ彼女が断ったのか分からなかった。


「あの頃は仲良かったよね。一緒に東京タワーに行ったり、浅草に行ったり、横浜の中華街に中華を食べに行ったりしたよね」

「うん。楽しかったよね」

「あんた、東京生まれだから、東京タワーや浅草なんて、何度も行ったことがあるだろうけど、嫌な顔一つせずに付き合ってくれたよね。ホントにありがとう」

「そんなことないよ。私も何度も行ったことがあるわけじゃないし、私も本当に楽しかったのよ」

「私の人生であの頃が一番幸せだったのかもしれないな」

「今日の美鈴さん、なんか変よ。だいぶ飲んでるの?」

「酔ってなんかいないわよ。ちょっと薬を飲まされたみたいで、まだぼんやりしているけど」

「えっ、薬って、なに?美鈴さん、一体、今、なにをしてるのよ?」

「客とスナックで飲んでたんだけど、その人何か気持ち悪いのよ。それで、自分のアパートに来いって言うから、嫌だって断ったんだけど、車に無理矢理乗せられて。……信号かなんかで止まったら、隙を見て逃げようと思ってたんだけど、ビールの中に睡眠薬かなんか混ぜられていたのね。なんだかぼうっとして、力がなくなり、逃げ出せずに、気が付くと、ここにいたってわけ。

 私、今、右手は手錠で冷蔵庫に繋がれているのよ。左手は何もされていないから、左手で電話しているんだけど。……ただのSMプレイのつもりならいいんだけど」

「そんな、手錠だなんて、異常よ、その男。男は今どこにいるの?」

「どこかに出掛けたみたい。私がまだ眠っていると思って、油断してるんじゃないかな」

「警察に電話した方がいいよ」

「そうね。でも、私、何度も補導されたことがあって、マッポは嫌いなのよね。それに、へたにマッポに連絡したことがバレたら、キレられて逆に危ないんじゃないかとも思うし」

「だったら、今から私が行くよ。そこの場所を教えて」

「あんたみたいな弱っちいのが来ても、なんにもならないわよ。すぐに奴に捕まるだけよ」

「そりゃあ、そうだけど……。それなら、弟を二人連れてゆくわ。下の弟は柔道をしているので強いよ。相手はごつそうな奴なの?」

「ううん、大したことないと思うわ。おかっぱ頭の背の高いひょろひょろとした奴よ。店の客だけど、見たことない?」

「ううん、見たことない。でも、そんなのだったら、弟で大丈夫だよ」

「あんた、弟には今の仕事をしていること内緒にしているんでしょ。そんなことしたらバレるよ」

「大丈夫よ。友達を助けてくれって言うから」

「まだ友達って言ってくれるんだ」

「当たり前じゃない。親友じゃない」

「色んな酷いことしたのに、まだ親友って思ってくれてるんだ」

「そんなの。当然よ」

「ありがとうね。……でも、来て貰いたくても、ここがどこか分からないのよ。たぶん男のアパートだと思うけど」

「だったら、やっぱり警察に連絡した方がいいよ」

「うん。でも、大丈夫よ。うまく騙して、隙を見て逃げるから。痛い目には合うかもしれないけれど、さすがに殺されたりはしないだろうから」

 

 それから、美鈴さんは川村さんのことを話し始めたの。

 そのうち、男が戻って来たみたいで、「また掛けるわね」と言って、電話を切ったの。

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