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花とたゆとう ふたたび  作者: 御通由人
55/86

第55章

 猟奇的な殺害方法だったので、美鈴の事件は世間の耳目を集め、連日ワイドショーで取り上げられた。

 

 翌日から店は大変だったようだ。

 花蓮の話によると、店の周りにはマスコミがいっぱいいて、店に入ろうとするとレポーターが押し寄せて来るし、野次馬や怪しげなユーチューバーのような輩が客で来て、女の子はただでさえ動揺して不安なのに、美鈴さんのことばかり聞かれて、みんな疲れ切っているとのことだった。


 金曜日の夜、犯人が逮捕されたとのニュースが流れた。

 すぐに花蓮からメールが来て、文面からもずいぶん安堵した様子が感じとれた。

 もう大丈夫だろうから、明日はどうしようか?と尋ねると、会ってほしいと言う。場所はどこがいいかと聞かれたので、店でいいと返事をした。


 店に入ると、店長がやつれた顔をして出てきた。

 正夫は社交的な性格ではない。馴染み客になっても必要のない話はしないし、出来ない質であった。が、店長のあまりに憔悴した様子が気の毒だったので、思わず声を掛けた。

「今回は大変だったですね」

「お気遣いありがとうございます。色々大変で、参りました。ご心配をお掛けしまして、申し訳ありません」

 店長は丁寧な口調で言った。


 部屋に入ると、花蓮はいきなり正夫の胸に飛び込んできた。

「恐かったの」と幼子のように言った。

「でも、犯人が捕まってよかったね。安心しただろう?」

「うん、ほっとした」

 彼女は顔を上げて「ねえ、キスして」と言った。

「まだ、シャワーも浴びていないし、うがいもしていないのに、キスしてもいいのかい?」

「いいの。今日は特別なの」

 そう言って目を閉じる。

  正夫はやさしく唇に触れた。

 彼女はまた彼の腰の辺りに両手を廻して、胸に顔を埋めた。

「私、ずっと、きれいな身体だったの。今週は誰もお客さんを取らなかったのよ」

「へぇー、今週は常連客は誰も来なかったんだ」

「だって、私の常連客って、川村さんしかいないんだもの」

「嘘だろう?」

 花蓮はクスっと笑って言った。

「うん、嘘」

がっかりした。


「でも、好きなのは、川村さんだけ。これは本当よ」

  正夫は狼狽えた。そんなことを花蓮から言われたのは初めてだった。

 正夫は両手で彼女の両肩を掴み、彼女の身体を離した。彼女の顔を見たかった。

「今、好きだって言ったのか。また冗談だろう?」

 彼女はそれには答えず、また顔を胸に寄せて、「今日は最後までしてほしいの」 

 甘えたように言った。


「据え膳喰わぬは男の恥」という古い文句が頭の中に浮かんだが、結局、最後まではしなかった。

 ベッドに仰向けに横たわると、花蓮はいつものように正夫の腕の上に頭を置いた。

「ねえ、どうしてしなかったの。いつもはあんなに本番させてくれって言ってたくせに」

「本番をしたいという気持ちは今もあるよ。でも、それは性欲のためでも快楽のためでもないんだ。キザな言い方になるけれど、君と一体になりたいからなんだ」

「だったら、なぜしてくれなかったの?」

「それはこんな事件が起きて、今、君は普段の精神状態じゃないだろう。それにつけ込むような真似はしたくなかったんだ」

「ふーん、川村さんってなんか不思議なんですね。だって、失恋したりして、女の子が落ち込んでいる時が口説く絶好のチャンスだってよく言うじゃない」 

「それは身体が目当ての遊びの場合だろう?」

「じゃあ、川村さんは私の身体が目当てじゃないっていうこと?」

 花蓮は目を大きく見開いた。

 ああ、真剣に愛している。だからもっと大事にしたいんだ。そう思ったが、それは口に出せなかった。

  

 正夫が黙っていると、

「川村さんみたいな人は初めて。きっとすごくやさしいんだ」

「いや、やさしいというのとは違うな。やせ我慢というか、昭和の男なんだな。武士は喰わねど高楊枝ってやつだ」

「なに、それ、全然分からない。川村さんって面白いね。いつもへんなことばかり言うんだから」


 自分は真面目な話をしているのに、彼女には冗談と取られる時が時々ある。そういう時はいつも如何ともし難い年齢差を思い知らさる。

 正夫は苦笑しながら、彼女の首に手を回し、彼女の顔を引き寄せた。


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