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花とたゆとう ふたたび  作者: 御通由人
53/86

第53章

 県庁を出て、すぐに電話をすると、花蓮はワンコールで出た。

「今、大丈夫ですか?……お仕事がいそがしい時に本当にごめんなさい。それに、この前しばらく連絡はしないって言ったのに。またすぐに連絡してしまって。……怒っていませんか?」

「いや、怒る訳ないよ。こちらこそひどいことを言ってしまった。本当にごめんなさい。もう二度と連絡が来ないのではないかとすごく心配してたけど、連絡をくれて、すごく嬉しいよ」

「許してくれるのですか?」

「許すに決まっているというか、僕の方こそ許してください」

 

 そう言ってから気になっていたことを切り出した。

「で、急にどうしたんだい?電話で話したいって。何かあったのかい?」

「あのね……」

 花蓮は言い淀んだ。

「女の人が冷蔵庫に入れられて、東京湾に沈められて殺された事件のことを知っていますか?」

「ああ、知ってるよ。四、五日前に起きた事件だろう?テレビのニュースで大きく取り上げられていたから覚えてるよ。全裸で手錠を掛けられて殺されたってやつだろう?」

「そう、その事件なんだけど……」

 花蓮は再び口ごもった。

「あれ、実は、美鈴さんなの」

 正夫は頭から血がひいてゆくのを感じた。


「でも、遺留品がまったくないから、身元が分からないって話じゃないか」

「ううん、間違いないの。今朝、社長と店長が警察に行って確認したの。それでね、その後、警察が店に来て、美鈴さんのロッカーにあった持ち物を持って行ったり、女の子も全員事情聴取されたりして大変だったわ。でも、それよりね、美鈴さん、私に電話を掛けてきたの」

「いつ?」

「それがね、殺される直前だったみたい」

 正夫は言葉を失った。

「検死をしたら死んだ時間が大体分かるんでしょ?それでね、刑事さんにその時話したことを色々聞かれて……。それから、美鈴さんの携帯がなくなっていて、犯人が持ち去った可能性が高く、発信記録に私の番号が残っているから危険だって言うの。

 それで、私、すっかり恐くなって。刑事さんが私の携帯を預かってもいいかと言うから、こんなものはいりませんと言って、お店を早退して、刑事さんと一緒に携帯ショップに行って、スマホを買って、アドも変えたの」

「そうだったんだ。それは恐いな」

「でしょ。すごく恐いの。それで、誰かに相談したくって。でも、内緒で仕事をしているので、家族や友達には言えないし……。相談出来る人は川村さんしか思いつかなかったの。でも、この前あんなことがあったので、怒るか冷たく無視されるかなと思ったんだけど、思い切って電話してしまいました。ごめんなさい」

「怒るなんてことないよ。逆に僕みたいな男を頼りにしてくれて嬉しいよ。この前、あんなひどいこと言ったのに」

「この前のことは言わないで。もう忘れて」

「そうか……。なかったことにしてくれるのか」

「もちろんです。私こそ意地悪ばかり言って、反省しています。……仲直りしてくれますか?」

「うん。もちろん!」

 正夫は思わず大きな声を出した。

 歩道の脇のビルの端に立って電話していたのだが、道行く人が彼の方を振り向くほどだった。

 携帯の向こう側で、花蓮がクスッと笑う声が聞こえた。

  正夫は頬が緩むのを感じた。

 が、今は浮かれている場合ではない。真剣な表情に戻って、訊ねる。

「それで変な電話はなかったかい?」

「うん、刑事さんからも同じことを聞かれたけど、別になかった。……ねえ、私、明日からどうしたらいいと思う?警察の人からは、なるべく出歩かないでほしいと言われたけど、家族の手前、家の中に引きこもることも出来ないし、いつまでもお仕事を休むわけにもいかないし」

「警察は身辺警護というのかな、守ってくれてるんだろう?」

「うん、今もたぶん家のそばの道路に車を停めて、見張ってくれてると思う」

「それだったら、いつものように店に出たらいいよ。水曜日も料理教室には行かずに出勤した方がいい。それで、店の中でずっといるのがいいと思う。

 お母さんも弟さん達も出かけていないんだろ?一人で家にいるより店の方がみんながいるから安心だろ?それで、常連客だけにして、初めての客や知らない客は取らないようにするのがいいと思う」

「そうね。分かりました。そうします。ありがとうございます。やっぱり連絡して良かったです。……それと、あと、お願いがあるのだけど……、今週の土曜日、会ってくれませんか?」

「分かった。お店に行くよ」

「ううん、お店でなくっていいの。お店ならお金がいるでしょ。そんなの申し訳ないから、どこか別のところでいいの」

花蓮の口からそんな言葉が出るとは思いもよらなかった。店外デートを出来るなんて夢のような申し出であった。が、今はそんな場合ではないし、彼女の弱みにつけ込むのも卑怯なように思われた。


「いや、店に行くよ。それが一番安全だって言っただろ」

「分かりました。お店で待ってます」

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