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花とたゆとう ふたたび  作者: 御通由人
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第50章

 しばらくして興奮がだいぶ治まってきたのだろう。時折嗚咽を洩らしながらも、彼女はゆっくりと話し始めた。

「ごめんなさい。……私なんかに、他の子と遊ぶなっていう権利はないことは分かってたんです。それなのに……。他の人ならこんなこと言ったりしなかった。たぶん、川村さんに甘えていたのだと思う……。だけど、他の子ならともかく、美鈴さんだけはどうしても嫌だったの。川村さん、私達が最初に会った時のことを覚えてる?」

「ああ、もちろん。はっきりと覚えているよ」

「あの時、私、名刺を落としたでしょ?あれは私が書いたのじゃなく、美鈴さんが書いたの」

  そういえば、以前、花蓮がペットのハムスターの絵を描いてくれたことがある。それに書いた文字とあの時拾った名刺の文字が違っていたことを彼は思い出した。絵の下の文字は稚拙だったが、名刺の名前は綺麗な文字だった。


「どうして、美鈴さんがそんなことをするんだい?」

「私がこの店で働き始めたのは19の時で、1年後に美鈴さんが入ってきたの。同い年だったこともあるのかもしれないけど、なんかウマが合うというのかな、すぐに仲良くなったの。 

 美鈴さんは美人で積極的で明るくって、頭も良くて、私が落ち込んだ時にはいつも励ましてくれて、彼女と一緒にいると嫌なことを忘れられたわ。

 だけど、一年前ぐらいから、急に意地悪をされるようになったの。

 私のことを卑怯だというの。  

 私ん家、お父さんが借金を残して死んで、お母さんの少ない給料だけでは食べていくのがやっとだったわ。

 弟達の学費など出るわけなかった。

 私はバカだけど、弟は、特に上の弟は利口なので、大学まで行かしてやりたかったの。  

 それでこの仕事についたのだけど、前にも話したと思うけど、それは家族には言っていないの。

 お姉さんが男に身体を売って得たお金で、自分が大学に行っているだなんて知ったら、嫌でしょ。

 お母さんは普通のOLがそんなにたくさんお給料をもらえる筈がないことを分かっているから、うすうす感づいているようだけど……。  

 弟が二人とも卒業したら私もこの仕事は辞めて、まっとうな仕事に就こうと思っていたの。

 だけど、それを美鈴さんに話してから、急に私を目の敵にしてイジメるようになったの。

 こんな仕事をしているくせに、何もしていないような顔をして、お嫁さんにいけるわけないじゃないの。そんなの虫が良すぎるって言われたわ」

 正夫はホームページに載っていた花蓮のプロフィールの将来の夢の欄のところに、「お嫁さんになること」と書かれてあったことを思い出した。


「だから、あの名刺も私の知らない時に、コートのポケットに入れられてたの。家族がそれを見つけたら、私の仕事がバレるわけでしょ?」

「そうだったか」

 正夫は女の子の間で、そんな確執があるとは夢にも思わなかった。

「でも、私、美鈴さんの気持ちもまるで分からないわけではないの。

 入店して、すぐの新人の頃は指名がすっごく多くて、何もしなくてもどんどん指名が入ってくるの。それで、自分は人気があるのだと勘違いするんだけど。

 後で知ったのだけど、新人キラーと呼ばれる人達がいるんです。その人達は新人ばかりを指名するのね。そして、二ヶ月ほどしたら、その人達は来なくなるの。で、指名はパタリと止まるの。

 それからは指名を取るのに必死。だけど、いくら頑張っても歳を取るにつれて、潮が引いていくみたいに、年々指名も減ってゆくの。

 お給料は固定給プラス歩合給だから、指名数が減れば、歩合も少なくなるのね。それで焦ってくるの」

「何言ってるんだ。君はまだまだ若くて、きれいだし、19なんてまだ尻の青いガキで、本当の女の魅力が出てくるのは30歳を過ぎてからだよ」

「そんなこと言ってくれるのは、川村さんぐらいよ。19や20歳の子からしたら、私なんかもうおばさんよ。

 うちのお店、新規で雇うのは25歳までなの。定年が25ってわけではないから、今まで勤めていた子が25になったから辞めてくれって言われることはないし、指名さえ多ければ、年齢なんて誤魔化してくれて、ずっと働けるの。だけど、指名が少なかったら首を切られるわ。 

 川村さんは遊んでいないから分からないでしょうが、うちのお店、こういう業種の店舗型では一流って言われているランクに属しているの。

 それを辞めさせられたら、もっと給料の安い不潔な店に勤めるか、地方に行くかしかないわ。それで、どんどん落ちぶれてゆくの。

美鈴さんは若い時から、お金を稼いで、いつか自分の店を持って、この業界で成功してやるんだと言っていたから、だいぶ焦ってるんだと思う。 

 サイトで美鈴さん、顔を出してるでしょう? そうするとお店の宣伝になるから、宣伝料をくれるのね。

 それでも足りないのか、これまでも何度か他の子のお客さんを取って、その子ともめたことがあったの。店長も注意するんだけど、美鈴さん、全然言うことを聞かないの」

正夫は、この間美鈴を指名した時、店長が浮かぬ顔をしていたのを思い出した。

「それに噂では、美鈴さんはお金持ちのお客さんには本番をさせたり、店外デートをしたりしているみたいなの。それで、そんなことはしない方がいいよ、とそれとなく注意したことはあったのだけど……。

 でも、美鈴さんは、まだずいぶん人気があるのよ。本当のことを白状すると、私、全然人気がないんです」


  そういえば、初めてこの店に来た時、若い男達が1時間待ちとか45分待ちとか文句を言っていたのを思い出した。花蓮はこの前の一回を除けば、待たされたことはなかった。

 しかし、こんなにきれいな娘が人気がないとは信じられない。

 そう言うと、花蓮は弱々しい笑みを浮かべた。

「ありがとう。ホントにそんなことを言ってくれるのは、川村さんだけ。

 以前、リピーターの話をしたことがありましたよね。私はほんとに少ないんです。

 これも言ったことがあるけど、私、あまり感じないの。それで、人形を相手しているみたいで、お客さんは楽しくないのだと思う。

 中には怒るお客さんもいたわ。お前、やる気がないだろ。もっと気を入れろって。でも、自分じゃどうしようもないの。

 以前は、平日しか出ていなかったの。家族に分からないように普通のOLと同じ生活をするためだけど、月末は給料日後なのでお客さんが多いの。それで、収入を増やさなければいけないと思い、月末の土曜は出ることにしたの」


帰る時、花蓮は言った。

「ねえ、しばらく連絡はしないことにしましょう。

 私、川村さんに甘え過ぎていたことが分かったわ。ほんと反省してます。しばらく冷却期間をおいて、頭を冷やして、お仕事のことや今後のこと、川村さんのことをゆっくり考えてみたいの。

 川村さんも、奥さんや娘さんに嘘ついて、いっぱいお金を使ってここに来ているんでしょう。本当に私にそこまでする価値があるのか、どうか、もう一度、冷静になって考えてみて」


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